おはようございます。

 

皆様にとって

最もどうでもいい個人情報を

朝から惜しげもなく公開する

よしけんです。

#実は今

#自分史上

#最も髪が長いです

 

さて、今朝は。

風景は自己都合

という話を。

 

人間というのは

本当に曖昧な生き物であり

 

そのくせに、

自分が絶対であり

全知全能だと思い込む

生き物です。

 

僕が好きな

アルベルト・アインシュタインの

この言葉

 

常識とは18歳までに身につけた

偏見のコレクションでしかない

 

この言葉に出会い、

自分の心はいかに晴れ渡り

解放されたことか!

 

自分が見ている世界なんて

自己都合で塗り変わります。

 

雨に打たれると鬱陶しいと

思う時もあるでしょうが

雨音に心癒される日があるように

 

人は気ままで身勝手で

だからこそ、美しく面白い

そう感じることが多いです。

 

自分の見えている世界というのは

そういった過去の経験則に順じ

形成されております故

 

同じ風景を眺めていても

見ているポイントと言いましょうか

 

見えるモノが

個々人によって全く違うわけで

 

僕が見ているこの世界と

彼らが見ているこの世界は

 

パラレルのように

なっている、といっても

過言ではないのです。

(いや、過言かな笑)

 

経験を通じて

手に入れられる情報が

変わってくるものなので

 

結局、人というのは

何を求めて、何を考えて

行動するかによって

 

豊かさ、乏しさが

変わってくる生き物

なのでしょう。

 

なんでこんな話をしたか

というと、

 

僕が過去に手渡したとある本が

数年越しに、今になって

「刺さった!これや!」と

感じた、と感想をもらったから。

 

僕が見えている世界と

彼が見えている世界は

 

同じようで、実は違っていた

という新鮮な結論を得たから

こんなブログを書いています。

 

早く気づくこと

気づくのに時間がかかったこと

 

そんな時間軸にはあまり

問題はないのですが

 

見えているのに

視ようととしない時って

それなりに存在していて。

 

これは僕もよくある経験。

 

ある事柄は問いがあってこそ

答えになるわけで

 

例えば、

カフェオレ、という言葉だけを

見聞きしてもふーんって感じが

 

コーヒーの苦味が苦手な人にも

楽しんでもらう手段は?

という問いを並べると

 

カフェオレに「意味」が

吹き込まれます。

 

ビジネスや夫婦生活

子育て、ひいては

人生においても

 

一つでも多く

問いを立てることで

 

自分の見ている範囲の中に

意味を見出せる部分が増える

ってわけです。

 

今回、問い、すなわち

問題点、課題として表出した

とある事象において

 

本棚に並んだ書籍という風景が

たちまちに、

課題を達成する解説書に変わる

 

灯台下暗しとは

上手いこと言ったもので

 

だからこそ人は万能ではなく

いい加減であり、良い加減。

 

あらゆる事に問いを立てて

考える習慣があると

同じ人生でも、豊かさが変わる。

 

今朝は、そんなお話でした。

 

おしまい。

 

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