おはようございます。

 

飛び石連休に休まないで

いつ有休取るんやろか

と、今日も仕事に向かう

 

よしけんこと

仕事くらいしかすることが

存在しないマンです。

#ワーカホリックではない

#単なる賃金付き暇つぶし

 

さて、今朝は。

分岐点、という話を。

 

自分が生きてきた日々というのは

事細かな選択肢を自身が

選んで過ごしています。

 

例えば、朝起きる時間や

食べるもの。

 

身支度の順番、

着て行く服、履く靴、

髪をどちらで分けるか、

髭を剃るかどうか、

 

水にするか

炭酸水にするか、

白湯にするか

 

テレビは点けるか、

電気は点けるか、

 

音楽を鳴らすか、

鳴らさないか…などなど。

 

家に出るだけでも

これだけの選択肢を

意識的に、また無意識的に

自分で選んでいます。

 

この選択の結果が、

鏡に映る自分自身であり

それが今日の僕の結果

というわけです。

 

これまでの人生において

選んできた

無数の選択肢の中でも

特に大きなものは?

 

つまり、人生の節目は

どこに存在したのか?

と、自問すると、

 

まず出てくる大きな節目は

15歳での進学先選択。

 

その春に半ば強制的に

(いや100%強制的に)

始めたラグビーとの出会い

 

交通違反で免許停止し

保護観察がついた結果

夢を諦めた19歳

 

入社とともに

大阪に出てきた20歳

 

妻と結婚した22歳

 

営業に配属されて

無茶苦茶厳しい指導を受けた

地獄の始まりの24歳

 

出向した33歳

 

東京での単身赴任を

始めた34歳

 

コロナで死にかけた後に

今の部署に来た41歳

 

この辺りが人生の

大きな節目だったと思います。

 

あの時に「違う」選択を

していたのなら

 

全く違う人生に

なっていただろうし

 

下手したら

人生が閉じていた

かもしれません。

 

人間は忘れることができる

からこそ、生きていける

という言葉を

聞いたことがありますが

 

その節々に受けた

辛辣な扱いですら

 

いい思い出と補正できる

美化できる能力があるからこそ

長らく生きられるんだと

改めて思います。

 

辛かったこと、

厳しかったこと、

悔しかったこと、

正義に反し絶望したこと、

酷い仕打ちを受けたこと。

 

その時のドス黒い怒りを

思い出そうとするのですが

うまくいかない自分が居て

 

呆れて笑いが出てしまいます。

あんなに嫌だったのにね。

 

間違った選択に思えたとしても

それは今の僕を作るために

重要な出来事だった、と

 

憎々しかった出来事が

今や綺羅星のように思えて

不思議なものです。

 

次の節目が見えてきた今

きっと、様々な嫌なことが

僕の周りに起きるでしょうが

 

そのどれしもが、将来の糧になり

綺羅星になるのであれば

 

どんとこい、って感じっすかね。

 

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