幼い頃から慣れ親しんだ寓話である

スイミーを、ふと、思い出したのは、


彼らのチームカラーが赤色だったから

なのかもしれない。


1/13 大学選手権の決勝。


今シーズン好調を維持した名門校

対抗戦を久々に優勝した

早稲田大学に対して、


3連覇中の絶対王者である帝京大学が

見事なまでの貫禄の試合っぷりで

勝利したのだ。


帝京が勝つとしたら、

自分の強みを徹底的に生かした戦略

フィジカルバトルに誘い込めるか、


早稲田のチーム文化であり

絶対的な武器でもある

多彩なバックスにいかに仕事をさせないか

が、鍵だと思っていたが


まさかその通りになるとは、と驚いた。


正直、僕は接戦の末に早稲田が勝つだろう

そう思っていた。


ただ、準決勝の京産戦、

終了間際の追い上げを許したあのゲームで

後半の中盤〜後半の

チームとしてのコネクトを不安視していた。


早稲田のジャージを着た人間だ、

やわな人種ではないし、一流であることは

まず間違いないのだが、


その、早稲田のジャージという重みが

プレッシャーになったか、過信していたか

綻びが見えたのも確かである。


他方、スイミーと形容した帝京。

まさに、ONE FOR ALLを

体現したような戦いだった。


個々人の名前を眺めても、

中高時代からの有名選手が

ズラリと並んでいるが


その、圧倒的な個の力を

チームのために集約していた。


大海で自分より大きな相手に勝つには

自らの個性を一旦端に置いて、


一縷の乱れもなく、

皆で同じ方向を見て進む事が、

生存戦略として最も確実であることを

皆が知っているように。


楕円級に愛された少年時代、

楕円級に魅了された日々を送ってきた

トップレベルの選手たちが


帝京大学のラグビーを完成させるために

一致団結して戦ったのだ。


赤穂浪士の名前を全部知っている人は

一般的に多くないとは思うが


彼らの行ったチームプレーは

現代の日本にも残っているように、


圧倒的な個が集まって、

そのチームのために戦う。


本来ならば自分の強みは

他にあるのにも関わらず、


その強みすら捨て去り戦う。


あのチームにはそれだけの選手に

それだけの覚悟を持って闘わさるほど

魅力があるのか


それとも、それだけの思考に

到達した選手だけが、

真紅のジャージに袖を通す事を

認められるのか。


無論、徹底した肉体改造、

緻密な戦略、愚直な防御など

様々な面でもハイレベルなのだが


伝統校と言われる早明慶とは違い

歴史は簡単に手に入らない事を

きっちり理解した上で、

あのようなチームを作り上げているのだろう。


戦いに連れションの関係は無用だが

同じ目的を持った仲間になる必要がある。


バラバラなバックヤードを待ち

相互に看過できない人間性もあると思う

メンバーたちが、


いかに高い目線で、一つにまとまるか。


チームスポーツとしての目標であり

経営学にも通ずる凄みのある結果だった

と、僕は感じた。


もちろん個々の能力や戦略なども

あるだろうが、


自分の息子たちのチームに

圧倒的に足りないものは、


そのチームへの帰属意識、

チームを自分がのしあがるための手段ではなく

自分がそのチームの何に役立つか

どんな立ち回りをすれば

チームが強くなれるのか、と

個々人で考え実行する力だな、と

あらためて認識した。


スイミーになるのは

簡単なことではないが


スイミーになろうと

努力する事がすなわちプロ意識であり


その意識を持つ人間が

多数集まらないと、


いくら技術や経験があったとしても

強いチームにはなれない。


勝ちたい、ではなく、

ここで勝ちたい、が、肝要なのだ。


青木選手の長い手が、

トライラインを超えた時に、


その手の後ろには

たくさんの人が押し上げる力が見えた。

そんなチームが圧倒的に強いのだ。


組織は水物だ、来年も同じような

メンタリティでチーム作りが出来るのか

確証などは何もない。


だがしかし、このチームを勝たせたい

そんな思いが強い人が集まる文化を

作り育てる事に


帝京大学は長けている、

のかもしれない。



一人のラガーとしても、

コーチングに携わった人としても、

ラガーの親としても、

マーケッター、ビジネスパーソンとしても


含蓄のある試合であり

天晴れなチームビルドであり

ゲームマネジメントであった。