おはようございます。

 

後輩があの、空港にある、

歩く歩道が、歩く歩道が、と

何度も何度も言うんですが

おそらくいろいろ間違ってるよな、と

感じているよしけんです。

#動く歩道だと思うし

#歩道が歩くと人はその上を歩けない

 

さて、今朝は。

期待しないって難しい、という話を。

 

何かにつけてイライラするのは

その人が様々な事に期待しているからだ。

 

自分の期待通りに相手が動かないから

自分がイライラするんだよ。

 

その話を聞いて、目から鱗が落ちて

もう8年くらいになりますかね。

 

何でこんなことをするのだろう

何でこうしてくれないのだろう

 

という自分の無意識な期待が

その相手にかけられており

 

その相手と意思の疎通を

していないもんだから

 

その相手は自分の思う通りに

動かないし、話さないし、

余計な事をするわけで、

 

んもー!!って怒って

はぁとため息をついて

 

勝手にストレスを

溜め込むことになります。

 

普通は気づくやんか。

普通はやってくれるやろ?

 

枕詞につく普通というのも

偏見のコレクションだと知らない

もしくは知ってても抗えないから

結局、イライラは溜まってしまう。

 

他人との仕事、生活、なんであれ

共同で事を成し遂げるとしても

 

気の使い方、気にする部分も

個体差があるから、

 

こちらが地雷を踏むこともあるし

相手が地雷を踏みながらも

ずけずけとこちらサイドに入ってくる

なんてこともあります。

 

そんな人に期待せず、

そんな人と距離を置くことで

 

心の安寧を取り戻すことは

出来るのでしょうが

 

その人は、自分に何かを伝えようと

自分の前に現れた人なので

 

仮にその人を排除したとしても

また次の同じように嫌なことする

同じような人が現れて

 

また違うやり方で

間違いを起こし続けるのです。

 

結局、期待しない、という行動で

避けられるはずの怒りは、

 

内観し自省し、自らを買えない限り

取り除かれる事は無いんだよなぁ。

 

と、改めて感じている毎日です。

 

 

人材育成という仕事は

ある程度スケールしたビジネスには

確実に必要不可欠な行動なのですが

 

いくら同じ組織に属していたとしても

その人その人で、会社に属する目的が

違うわけだから、

 

同じ方向に向かって乗り越えようと

いくら努力を促したとしとも

 

僕を怒らせる人々は、

今日も同じような出来事を起こし

この前よりも乱雑に対応するんです。

 

ここまでは無理だから

ここまではやって欲しいと

線を引いては、裏切られている。

 

何度も何度も期待のバーを下げて

終いにはこの組織のビジネスマンとして

耐えられないレベルで見てもなお

そのバーをくぐってくるような状態。

 

一緒に働く人に期待できない

というのは、僕にとって

すんごいしんどいことだなぁと

最近よく思います。

 

その人の年齢の時の自分と

見比べることは当の昔にやめましたが

 

これくらいやってもらわんとしんどい

という期待を無くすのは

 

やはり難しい(それなら一緒に働きたくない)

なぁと思うんですね。

 

何のために会社があって

何のために組織を成してるのか

今一度考えて欲しいものです。

 

新人の頃、

自分はコストセンターなのだから

さっさと一人前に動けるように

ならないと!

 

という考え方自体が

すでにオワコンなのでしょうか。

 

選ばれたから偉い凄いと

言ってくれるのは親だけで

 

ええ加減ここで与えられた

「最低限の期待」くらい

叶えてくれよ、と感じる

よしけんなのでした。