おはようございます。


便利な世の中になったもんで

出張の時はほとんどの仕事をスマホで

対応できるようになりまして。


その代償としてスマホの電池の消耗が早く

寝る前にリビングで充電して寝るのですが

夜遅く帰ってきて、朝も早く出て行く日に

そのスマホが充電器と繋がれてる様子を見ると

言い表せない仲間感を抱くよしけんです。

#ただ帰って寝るだけ

#充電してる時は眠ってないもんね

#君の方がタフだな


さて、今朝は。

余人を持って変え難い、という話を。


随分と昔の話。

まだ結婚する前だったかな。


(実際はそんなこと全く無いけども)

我が社で最下層の人間が従事する仕事

と、揶揄されていた職場に

初期発令で配属され


配属一日目から即戦力として

働いていた僕の部署に、


それまでどこぞの上位部門で

管理職として働いていた『偉い人』が、

当時最下層と言われていたうちの部署に

配属されてきました。


わかりやすく言えばリストラです。

子会社への転籍か、早期退職を選ぶよう

伝えられた人たちが、


それを断って、あくまで親会社での

労働を希望し、その結果

『劣悪で恥ずかしい』環境に

変わることを人事部から示唆された結果

うちの部署に来ることになります。


法定点検業務を

劣悪で恥ずかしい部署として

カウントしてる時点で


今思うとその頃から階層思考や選民意識が

しっかりと根付いており、

今の我が社は、その延長選上に位置するので

すごく理解できるのですが


当時の僕は、自分自身にもそうですし

その仕事に対してのプライドがありましたから

そんな人事のやり方に腹を立てていました。


僕の部署に来たAさんは、

いつもきちっとした折り目のついた

スーツで出社してくる人で

それまでは企画関連の課長だったそう。


僕の妻が入社した時に、

キャリアプランを書いたのは僕やった、

と、後に聞かされたくらいですから

えらいさんだったんでしょう。


その人は、若い僕に

良く話しかけてくれました。


こんなところに居たら

君の将来が勿体無いよ、と。


でしょうね。と思う反面

いやいや、そんなことはないよ、と

思う僕。


将来は何したいの?と聞かれ

そうですね、この職場で大車輪になり

30歳くらいで会社辞めて、

青年海外協力隊に行きたいです。


と、話すと、ふん、と鼻で笑われ


こんな職場で培った経験なんて

大したことないし、


そこでお山の大将してるうちは

君はしがない小さな部品でしか無いよ


と、返されました。



ムカッとはしました。

でも、それ以上言い返せませんでした。

だって、その通りなんだもの。


次の長期計画では不要になる人員が

キャリアエンドを緩やかに迎える

養老院のような場所で1位になったとて

それは孫がじいさんと徒競走して勝って

じいさんが、早いねすごいね、と

持て囃すことと同じだもんな。


その元課長の言葉から

そんな学びを得たのです。


それから2年後に営業部門に転属し

月月火水木金金の生活に突入していく

訳ですが、


実力と健康のトレードオフを経験しつつ

なんやかんやで今も生きていて


燃料屋で生きてきながら

今や燃料以外のモノやサービスを

提供することが多くなり


無論それは、そうすることで

自組織の中長期を明るくするためなのですが


そんな仕事は誰もやりたくない、

前からのスキームだけで生きていたい

と思う人だらけなもんで


有り難いことに、

本当に有り難いことに、


『貴方が居てくれないと困る』と

言われる人間になることが出来ました。


もちろん、組織の中からしたら

たかだか小さい部品なのかもしれませんが


その部品は代替の効かない

特殊なものになっているので


まさに余人を持って変え難い

そんな存在なのです。


ただ、あくまでも貪欲な僕は

まだまだ進化したいと思ってまして


人生を100年で考えたら

自分なんてまだ若手。


自分で自分の人生に

彩りをつけるためにも


さらに、変え難い人になるべく

日々の挑戦は勿論のこと


次のステージで戦うことを

心に強く誓っているよしけんでした。