おはようございます。
階段登って通勤してる事を
妻に話したら、
妻も長年そうしてると聞いて
絶句したよしけんです。
#そりゃ太らないよ
#早く言ってよ
さて、今朝は。
存在意義、という話を。
先般、とあるヘルスケア業界の人から
現状への嘆きを耳にする機会がありました。
その法人が創業以来、最も大切にしていて
たくさんの従業員が賛同していたクレドが、
経営陣の入れ替わりと共に
非常に蔑ろにされている、と。
やることなすこと、
求められるのは経済合理性のみ。
ホスピタリティが心情だった
従業員はその現状にショックを受け
あるものは泣きながら退社し
あるものは抗議するも
前の経営者は死んだのだと罵られ
あるものは心を無くして
業務だけをやり通すだけの存在になることで
そのクレドが犯されるのを護ろうとしてました。
リブランディングを狙って、
様々な施策を講じている様子でしたし
その経営陣に直接聞いてないから
その真実はわからないし
財務表でも見たら、
どこに問題があるのかは
わかるのでしょうが
でもやはり、人が真ん中の
企業において、
熱心な働き手がここまで疲弊し
心を無くすというのは、
あまりよろしくないようには
感じました。
変化を恐れるな、変化し続けろ
というのは、ビジネスの常套句ですが
一度失った信頼(=ブランド)は
簡単には取り戻せないという考えは
それよりも上位方針であるべきだ
と、僕は
その現状を目の当たりにしては
同じように憤りを感じてしまいます。
そんな話を聴きながら
二つの視点で思いを巡らせてみました。
一つは経営の視点。
この状況は、自分が当時置かれた環境と
酷似してるなぁと。
先人からもらったバトンを
自分のところでは落としたくない。
そして業界のルールの根底が
大きく変わる潮目があった。
では、どこから『稼ぐべき』なのか
どうやって『資金調達』すべきなのか
それを見直したのです。
結果、どうなるか。
お得意様の概念が変わります。
今まで大切にしてきた関係を
一方的に反故することも厭わない
多少血が流れても構わない
それが未来への糧になるとでも
いわんばかりに
大きく変貌を遂げました。
結果、ぐんと抜きん出た存在には
なったのでしょうが、
これまで大切にしてきた事は
もう少ししたら全て無くなるでしょう。
株価も上がり続けており
今日も絶好調でしょうが
そんな会社に何の意味があるのかが
矮小な社員の立場からでな
何も見えなくなってしまいました。
まぁでも、そうか。
どこかの鉄道会社も採算合わないからと
ガンガン廃線にしてるもんな。
民間というのは残酷なもんだなぁと
思う日々です。
そして、もう一つの目線は
個人としての目線。
自分の地盤として大切にしてきた
なんなら育ててもらった人から
一方的に突き飛ばされた今回の現象は
いわば、自分の人生が
変わり始めた前兆。
行きたい方向、やりたい事が
見つかってきたけども
次の一歩が踏み出せずにいる。
だから、背中を押してくれるために
そんな出来事が目の前で繰り広げられる。
このサインを見逃していると
どんどん大きくしんどいものになり
終いには強制的に中断させられるような
そんな出来事がおきます。
僕がコロナで倒れた時に、
『あいつ何でそんなもんにかかってんねん』
と、言い放った当時の上司※のような人が
僕に現れたように。
※デルタ株時代にまだ罹患者がゼロだった
当時の組織において、1人目が僕だったので
その上司は会社に迷惑かけたと
本気で思ったらしいです。
こっちは死にかけたのに。社畜怖い。
まぁでもあれが、最後の最後、
決定打になったので
あれ以来、僕はこの組織に
一縷の望みもありませんから
ある意味出会えて良かったのかもしれません。
つまり、何かが大きく変わる時は
やはり、個人的な目線で言えば
契機、なんですよね。
話を聴きながら、
あぁきっとこのタイミングで
僕もこの話を聴かなければならなかったんだな
と、その人の存在に感謝しつつ
世界は圧倒的に個人主義に傾いてて
そこで大切なのは、道徳と倫理だなぁと
改めて痛感したよしけんなのでした。
