駅前の古いビルの

喧騒を形にしたような居酒屋で

 

座持ちの悪い椅子の上で

大きなジョッキを酌み交わし

 

ラストオーダーの声を

かき消しながら

 

仕事とはさもありなんと

放談と共に酒を煽り

お疲れ様と席を立つ。

 

何気ない、一日。

いつもの、放課後。

 

ただ、その日は、興奮が止まらなかった。

 

いつぶりだろうか、

彼と会うことが決まっていたからだ。

 

その時まで、まだ3時間はあるから

 

一旦、自分を整えに

風俗の呼び込みを巧みに交わしつつ

 

20歳の頃に初めて行った

カプセルホテルに僕は向かった。

 

今では連絡が取れない当時の先輩社員から

女遊びを教えてもらい、ここで夜を明かし

翌朝少量の酒を煽って、職場に行ったのだ。

 

人としてダメなことなのに

大人だなあと、ドキドキしながら

楽しんだ独身時代を思い出しながら、

 

今日はお風呂とサウナだけを

味わいにチェックイン。

 

3時間後の逢瀬のために

その身から強制的に酒を抜くために。

 

高温のサウナには

テレビが点いていて

 

日本国中が復帰を待望する

芸人を待ち侘びながら

 

その相方や後輩が

盛り立て続ける番組が

流れていた。

 

つい見入ってしまった結果

とんでもない汗を流し

 

その後、温水プールと銘打った

ぬるめの水に体を浸す。

 

これだけ汗を流しても

微塵も小さくならないタフなボディを

優しく撫でるように洗い、髭を剃る。

 

熱めの浴槽でしっかり

体を弛緩させ、外に出る。

 

どうせ、あの人の中で

また酒を煽るのに、


可笑しなもんだなあと

一人ごちながら、

新しいシャツに袖を通す。

 

外に出ると、

夜のとばりは降りきっていて

 

終電に向けて足早に歩く人、

相変わらず嬌声を上げては

異性との情事を期待する人、

 

神か仏かに深々と

感謝の意を表するように

膝を折り、頭をつけて

かの方向に向けたまま

動かなくなっている人と

 

その手には大きすぎる

ペットボトルを持って

介抱する人。

 

縦軸をいかがわしさ

横軸をわずらわしさで

区切ったかのような

キタ東の空間で

 

恐らく一番冷静に

恐らく一番興味なさげに

目的地に歩みを進める私。

 

一蘭の看板に

少しだけ心を動かされるが

 

いやいや、これからだから

と、足を早める。

 

日本人なんて殆どいない

狭い狭いコンビニで、

 

500mlのハイボールと

カチ割り氷の入った

コップを買い込んで

 

いよいよ、彼との

再会のためにゲートをくぐる。

 

雑駁なステージが縦列する中

そこだけは特別な照明に

照らされていて

 

いかにもムーディーな空間を

演出している。

 

高鳴る胸を弄ぶかのように

ヒーローは遅れてやってくる

とでも言いたげなのか

 

待ち合わせに20分以上

遅れることがわかる。

 

初夏の生ぬるい空気と

自分の熱気も相まって

たまらず氷のメルトダウンが始まったその時。

 

待たせたね、と言わんばかりの

彼が顔を出した。



待ってたよ。3年ぶりかな。

今日も凛々しいね。

会いたかった。

早くあなたに寝たい。

 

そんな言葉をまとめて

一言、「お久しぶり」と

声にならない声を掛ける。

 

待ち侘びた人々が

次々と彼にカメラを向け

 

シャッター音、

録音開始の音が

あちらこちらで鳴り響く。

 

ようこそ、お出まし。

サンライズ瀬戸・出雲。

 

私は君に乗って眠るのは

今回で3回目。

 

明日の朝までの短な逢瀬だけども、

何卒よろしく、と願いながら

 

個室に向かい、窓を開ける。

 

まるでようやく眠りについた

新生児をベビーベッドに

運ぶかのように、

 

彼はそろりと、

その身を勧め始めた。

 

全ての電車を停める

新大阪、京都を通過する

不思議な光景を見つめながら

 

溶けかけた氷に、

ハイボールを注ぎ、

一息で流しこむ。

 

ほてった体と、

ガタンゴトンという

リズミカルなBGMが

 

疲れた体に

とても心地よい。

 

室内の明かりを落とし

静かに車窓を眺めては

 

旅という言葉の意味に

改めて向かいあう。

 

新幹線で2時間40分

飛行機で1時間足らずで

辿り着くその街に

 

あえて7時間弱をかけて

移動する。

 

タイムイズマネーの

この世の中で、

こんな贅沢なことったらない。

 

昔はたくさんの寝台列車が

日本国中を走っていて

今そのほとんどが

廃止された、と聞いた時

 

なんてことを、と

絶句したことを、今でも覚えている。

 

日本に現存し、比較的誰でも簡単に

予約ができる非日常。

 

この路線が廃止されないように

僕は約束する。

 

また会いにくるからね。

おやすみなさい。