急転直下。

これまでの人生で何度も何度も

経験してきたけども、

 

京都の奥座敷で体験した

それは、他の何よりも

僕をひりつかせている。

 

だって、それは今でも

リアルに覚えているのだから。

 

公家課長がその風貌にピッタリな

お猪口をちびりとしながら

 

Aさんに目配せをした。

Aちゃん、そろそろ。

公家の声が響いた気がした。

 

よしけん、お前、異動や。

 

ははは…え?マジで?

若手のホープとして

可愛がってもらい

 

既に次年度の仕込みを終え

新たなチャレンジを始めようと

大掛かりな物件に

手をかけ始めた時期に

 

まさか異動なんて…

 

公家は重そうな口を

ゆっくり開く。

 

難攻不落なエリア担当として

もう一つ上の仕事を

してくれないか。

 

そしてそこの

組織の活性化も図りたい。

 

お前の力が必要だ、

お前ならできる。

 

いや違うな、

お前しかできない。

 

わしら二人の首を

お前に預ける。

だから、頼むわ。

 

次のステージで

大暴れしてくれないか。

 

いつしか、Aさんの肩も

震えていた。

 

僕は不思議な感情に

包まれていた。

 

不良社員として扱われ

希望のしない営業に行かされ

 

そこで気を吐いて

独自手法を編み出して

全社にその名を轟かせ始めた矢先

 

厳しくも優しい、

兄のような先輩方と

毎日死に物狂いになって

かけずり回っていたあの日々が

 

一瞬でフラッシュバックする。

 

行き帰りの車中に延々と

ロープレトレーニングされ

 

できない自分が悔しかった日や

初めて受注できたあの日

 

やればやるほどお客様が

味方になってくれて

 

自分がやった仕事が

どんどん地図に刻まれた日々。

 

その組織を、去って

山を越えた先のエリアへ

単身乗り込むわけだ。

 

ただ、難攻不落のエリアは

その当時3つあり、

うち2つはベテラン先輩達が

既に動き出していた。

 

最後の矢を僕のような

若輩者に託してくれるのか。

 

Aさんは、鼻声で僕に声をかける

「お前の頑張りは俺がよく知ってる

 お前の凄さもよく知ってる

 本当はうちから出したくない。

 

 でも、よしけんのこれからの

 成長を鑑みると、

 この決断は間違いじゃない

 

 だから、頼む。

 あっちでもその名を

 轟かせてほしい。」

 

僕の頬に熱いものが伝う。

仕事の鬼が膝を突き合わせて

皆で泪した。

 

さあ、そうと決まれば、

飲み直すぞ!

 

お前も日本酒飲め飲め!!

 

そこから先は仕事の話は

一切なく、明るく酔いどれた。

 

そして、その1ヶ月後

僕はAさんの元を離れ

難攻不落のエリア担当に

選ばれたのだった。

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Aさんと自分が同じ立場に

立っている今、

このエピソードの

重みがさらによくわかる。

 

彼は本当に僕のことを

大切に思ってくれた。

 

何も知らない僕を

本当に大切に育ててくれた。

 

彼のためなら何でもする。

そこまで思えたくらいだ。

 

尊敬する上司として

いつも顔が浮かぶAさん。

 

彼のあの日の立ち振る舞いは

今の僕の宿題である。

 

あの時の僕みたいに

渇望した未来を持った

若者がたくさん集う

今の組織において

 

適切なタイミングでの

挑戦の場を提供できるように

 

省益を望むな、国益を望め

後藤田五訓の一説だが

 

私利私欲ではなく、

メンバーの成長のために

上司は存在する。

 

彼らの成長が見られるのが

この上なく幸せなのだ。

 

西大寺駅では、今日も

たくさんの乗客が

すれ違っているだろう。

 

手が悴むほど寒くなると

つい、このエピソードを

思い出しては

 

今や会社の中枢にいる

Aさんを思い出してしまう。

 

本当にお世話になりました。

叶うのなら、

ここを出て行くまでに

もう一度、あの店で。