おはようございます。
夏に向かって
やたらとライザップのCMが
流れるよなぁと感じてるよしけんです。
#マーケティングだなぁ
さて、今朝は。
耳が痛いと、こいつ嫌いについて。
歳を重ねると、どうしても
耳が痛い事を言ってくれる人というのは
減っていきます。
それは成長したから、というより
語り手の方が
まぁ、この年齢の人に言っても
仕方ないなぁと感じるからかな、と
思ったりします。
僕もそう思う時がありますから、
僕にそう思う人もいるのは
当たり前ですよね、残酷ですが。
アドバイスというのは
その人が求めていないと
どれだけの金言であっても
心には届かないですし
その人が実質的な
ヘルプを求めてる時だと
とても嫌味に聞こえてしまいます。
パスの出し手は、
相手の状況や心境を鑑みないと
自分の言葉やその時間自体
無駄になってしまう事も
しばしばありますから、
悲しいかな
歳を取れば取るほど、
耳あたりのいい言葉しか
自分には届きにくくなります。
だからこそ、
耳の痛い話や
厳しいアドバイスをもらえる
環境を持つというのは
成長に繋がるのですよね。
営業という仕事の
いいところは
年齢や立場の上下関係なく
お客様からそういった
言葉をもらえますから
しんどい反面、
逃げなきゃ人間成長に
繋がりやすいです。
お客さまとのいい関係性というのは
なんでも話せる間柄というより
その人にとって難しい事について
常に相談を受けられる関係であり
それを共に考えて進めていける
間柄なんだろうなぁと
最近よく思います。
さて。
他方、嫌なやつって居ますよね。
嫌な言い方するやつ。
僕は他人の手柄を奪い
自分の手柄のように出したり
自分のミスを他人に押し付け
涼しい顔をしてる人というのが
昔からあまり得意じゃなくて。
(そんな人得意な人いないか)
でも、そんな人の方が
偉くなるところが
とても興味深いです。笑
ただ、単純にこいつ嫌いだな、と
思って聞き流していたら言葉にも
実は本質をとらえている金言は
あったりします。
僕も
嫌いだった人から
過去に投げられた言葉でも
何年後かに咀嚼できて、
ああ、確かに。
あれは僕が悪いなぁと
その人には届かない場所で
反省した事があるくらいです。
つまり耳が痛いを
こいつ嫌いに変換して
逃げていたんですよね。
人というのは人と生きていく上で
なぜそのタイミングで
そんな人々と出会ったのか
理由が必ずあると思いますから
やはり、あぁなんかこいつ嫌だな、
という人からは、
学ぶチャンスがあるんだろうなと
つくづく感じます。
この前、冷や水を浴びせられるような
言葉を頂いたのですが
それも、表面的なことだけに
とらわれず
なぜ、それを彼に言わせたのか
彼は、僕に何を伝えようとしてるのか
よくよく理解すべきだなと
思ってるよしけんでした。
耳に痛い、って
やはりこの年齢になると
チャンスでしかないです。
