初めて彼女を見たのは、
入社して間もなく。
オフィスの隣の島をハイヒールで闊歩する
どことなく気の強そうなお姉さん
って感じの人でした。
最初に言葉を交わしたのは、
同じ職場になった28歳のころかな。
剛腕、辣腕で鳴らした
バリキャリウーマンの彼女は
社長賞を毎年受賞する様な
努力家で
僕は密かに、いや表立って尊敬してました。
産休に入るタイミングで、
今まで組織を牽引してきた
その人から仕事を引き継いだけど
若輩者の僕には力不足甚だしく
その時の人事異動で現れた上司に
結局半年で担当を外されました。
その後、育児休暇から復帰した彼女は
子育てと両立しながらも
本当にいろんなサポートをしてくれたし、
指導もしてくれました。
納得できないことには
徹底して議論してくれました。
育ててもらった恩は忘れないし、
ずーっと尊敬していました。
そう、あの日までは。
僕が現業を外注化すべく出向した先で
クライアントになった彼女は、
ことごとく、本当にことごとく、
僕たちを苦しめ
言うなれば、武器防具道具
全てを取り上げ、勝率を下げた上で、
勝てない僕らを罵り、追い詰めます。
僕は貴方を尊敬しています。
そしと、頼りにしています。
また昔みたいに仲良く
一緒にやれませんか?
そんな言葉は鼻で笑われると共に
甘いと一蹴されました。
立場が変わると人まで変わるのか。
薄寒いものを感じました。
ただ、今でも
僕自身に問題があったのだろう
そう思うようにしています。
奢り昂らないようにと、
注意を払ってはいたものの
端々に溢れるそれが、鼻についたのか
それとも実は昔から単純に嫌われてて、
無理して付き合ってくれてたのか
どちらにしろ、人間関係の改善は
もう2度と無理だなと思うくらいの
待遇を受け暴言を吐かれた僕は、
せめても処遇の改善を
出向元の親会社に求めたものの
その環境は最後まで変わりませんでした。
あれから6年の年月が流れました。
今でもごく稀に、彼女とオフィスで
すれ違う時があります。
言葉はおろか目も合わせずに、
お互い知らない人間かの様な
立ち振る舞いと距離感ですが
好きだった人に振られ、
数年後に道端で
偶然出会ってしまった時のような
鈍い胸の痛みに似たものが
その度に僕に到来するのです。
管理職の風上にも置けないような
偏ったマネジメントを得意とする彼女は
片手落ちのダイバーシティに担ぎ上げられ
今も大きな組織の管理職に就いています。
今思えば、彼女からの辛い仕打ちが
お前のいる場所はそこではない、という
一番初めのサインだったのかもしれないな。
その後、逃げるように東京に行った僕は
その数百倍の苦悶を味わうなんて
その時は知らなかったんだから。
他人を怒ったり憎んだり悲しんだり
し続けるってのは
褒め称えたり尊敬し続けるよりも
何百倍も困難な事なのです。
彼女へのネガティブな感情も
表面上は僕にはありません。
ただ、生駒山のトンネルを抜ける時に
たまに昔の光景が浮かんできては、
頭を振るのです。
結構辛いもんですね、
尊敬した人から嫌われるのは。
