去年の春の話。

大阪から宮崎に進学する長男と
そのことをお世話になった人に報告するために
京都に向かいました。

3月も下旬。
一日置きに暖かいと寒いが
繰り返されていた中

その日は汗ばむ陽気で。

冬物を着ていた僕と彼は
季節外れの汗を額に浮かべ
せっせと歩いていました。

待ち合わせの時間には
まだ少しある。

ちょっと喉を湿らせようか、と
何気なく入った喫茶店。

ギィィと響く重たい木の扉を
押して中に入ると

店内は薄暗く、無音で。
昼間なのに夜のような空間に
橙色の間接照明がポツリポツリ。

雰囲気はあるなぁとカウンター奥の
戸棚に目をやると、洋酒がずらり。
夜はバーにでもなるのだろう。

ふと、目をやると、
いかにも気難しそうな口髭の店主が
バーテンダーとも取れる服装で
立っていました。

お水をそっとこちらに出し、
ご注文はと目線を向ける。

とにかく喉が乾いてる上に、
次の予定もあるので。

水だし珈琲を2つと注文すると、
『あ、今季節じゃないのでやってません』

変わらぬ仏頂面でそう返されました。

え、ああ、じゃあホットコーヒー二つで。

返答もなく、奥に引っ込む店主。

豆を挽く音と共に表に現れ、
布フィルターをパン、パンと2度叩く。
まるで僕らを威圧するかの様に。

喫茶店なんてあまり行かないであろう
長男は、大きな体を屈めつつ、
借りてきた猫の様に大人しく
その様子を見つめている。

はい。

目の前に出された漆黒の熱い珈琲。

すでに出されたお冷を飲み尽くしていた
僕ら親子にお代わりをせがむ暇すら与えず
素早い動きで店の奥に去っていく店主。

味は、まったく覚えていない。
不味くはないが、それ以上でもなかった
そんな感じですかね。

ただ、その日の暑さと、その対応の冷たさ、
そして、一杯700円ほどの値段だけは
忘れようとしても忘れられません。

せめて一言。
外暑いですもんね。でもいい。
水だしは、5月からなんですよ。でもいい。

黙ってでもいい、せめて
お冷やが欲しかったなぁ。

その後お会いした方にその話をすると
とにかく偏屈というか、
こだわりの強い店主がお客さまとの
しばしばトラブルを起こしているそうで。

ある意味とても有名なお店でした。

まぁいいや、話のネタになったし。
そう思いその日は終えました。

年末、家族でそのお店の前を通りかかると
すでにもぬけの殻になっていて。

あぁやはりそうなんだなぁ。

商売って自分がやりたいだけではなく、
お客さまがどう感じて、
どうしてもらいたいかを
常に知っておく必要があるよなぁ。

改めて身をもって感じました。

聞くと、どうやら移転されたらしいのですが
行き先は明示されていなかったそうで。

こだわりがあるのは大切。
ただ、それを押し付けるのは、
やっぱ違うよね。

改めてそう感じる事例でした。