南国の初春と言っても、山間部の朝は寒い。
ただ、いつもより高く澄んだ空が、
スッキリとした気持ちにさせる。

そんな冬に私は産まれた。

沢山の親戚に囲まれ育った幼少期。

長女であり、早婚であった母の
妹と弟、つまり、叔母と叔父を
姉と兄と慕い、
たっぷりの山の幸以外
何もない田舎町で、幼少期を過ごした。

冬になると家のそばのため池で
スケートをするのが楽しかった。

破天荒な母は、
私にとっては父みたいなもので
彼女なりの処世術で、
世の中を渡り歩いていた。

私は、気がつくと
幼い妹と弟の面倒を見る、
小さな母親だった。

何の都合かわからないが、
うちの家族はたまに大移動をする。

九州の南から北、さらには
難波の街へと移り住んだ。

ゆっくりおっとりとした
話し言葉で育った私は、
あの街に初めて訪れた時の喧騒に
度肝を抜かれた。
テレビで何度か見たことがあったが
本場の関西弁は、とても怖かった。

ただ、慣れとは恐ろしいもので。

当時出来立ての高校に入学し、
その関西弁を駆使する人々達と
一生涯の友達となった。
1時間以上かかる通学も
何の苦も感じなかった。

そんな高校時代に
おぼらげに見えていた未来は
交通事故とともに遠くなってしまう。
その後苦しむことになるウイルスは、
この時の治療で感染したらしい。

懸命にリハビリをこなし、
大好きだった高校を卒業。
生まれ育った土地に帰ることに。

そこで知り合った彼との間に、
2人の子を授かる。

腹を沢山沢山痛めて産んだその子達は、
私が初めて世に残した作品、と
言ったら、あの子達に怒られるだろうか。

そう言わしめるほど、
あの子達は自分らしい道を歩み、
立派な大人になった。

兄は、聡明で優しくて面倒見が良い。
妹は、元気で感受性が豊かで、気がきく。

そんなあの子達の成長だけが、
私の楽しみであり生き甲斐だった。

さまざまな経験や、
さまざまな人の助けを借り、
上の子が高校受験の時に、
学生時代に閉じた夢に手が届いた。

白衣の天使は、
気の遠くなるほどの激務であり、
また健康の尊さを痛感する毎日でもあった。

自分の視野が狭かったことを
気付かされる毎日。

頭を使い刺激を受け、自分が変わる。
狭い街の小さな病院が、
私にとっては楽園になった。

自分が成長するスピードより早く、
子供達はさらに早く大きくなった。
独立、結婚、出産。

40代でおばあちゃんになった。

孫が可愛いという演歌が
流行った事があるが。

本当に孫は可愛い。

子育ての時に気付けなかった、
いや気付いてても、出来なかった事。

自分の子供の人生というサンプルが
育児の枠を広くしてくれていることに、
孫を通じて気づくこともあった。

これが、祖父母の優しさ甘さなんだなぁと。

下の姫が家を出ると、
長年連れあったあの人も出て行った。

わたしに沢山の教えを与えてくれる。
そう思っていたが、

今思えば、
狭い世界に閉じ込められていたなと思う。

子供達には、

彼と出会わなかったら
あなた達に会えなかった。
だから感謝してるよ。

と口には出して生きてきたが、
そうでもしないと
自分の置かれてる境遇に
潰されそうだったから。

頑張った。もがいた。
だから彼から卒業出来たんだと
今は思う。

初めての1人の夜に
ワインのコルクが抜けなくて
号泣したのも今はいい思い出だ。

5人目の孫が産まれた時だったか。
高校の時から抱えているウイルスを
除去する治療を受ける。

副作用の強い薬を使う長期的な治療は、
さながら実習のようなもので。

自らが被験者となることで、
分かっていたつもりの患者の心に、
さらに寄り添えるようになったように思う。

でも、治療は、一度でもう勘弁だ。

今や、7人の孫を抱える
グランドマザーとなった私は、
この春から、また母になる。

人生とは本当に数奇なものだ。

15歳から家を出た長男曰く、
高校時代に彼にしてあげられなかったことを
沢山してあげて。だそうだ。

調子の良さに少し辟易とするが、
まぁ確かにそうだなとも、思い直す。

そんな私は、今日で還暦。
暦を一回りした、というわけだ。

60年の積み重ねのこの人生は、
私だけしか歩めない特別なもの。

誰にうらやましがられようが、
誰に後ろ指を指されようが構わない。

私は、私。
そして、私は今まで出会ってきた
たくさんのあなた達だ。

人生とは、本当に面白い。

新聞を取りに外に出る。
寒い。春はまだなのか。

でも、そんな感覚すら、
生きててよかったなぁと
ありがとう。と思う。

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2月16日は、
僕のルーツである母の60回目の誕生日。
彼女の事を考えながら
このブログを書きました。

思い出補正って言葉があるように、
過去の出来事は、時間を重ねる事で
柔らかく優しくなるものです。
さながら河口にある丸石のように。

うちの母も、
乗り越え難い経験を乗り越え、
今も笑って生きています。

どんな辛い事だって、
生きていけば素敵な出来事に変わる。

この文章を書きながら
改めて感じました。

皆様も様々辛い事
悲しい事あるでしょうが、

それはきっと
さらに良い明日の前兆。

いつかの貴方が笑える事を、
僕は願っています。

そして、母さん(とか呼んだこと無いけど笑)
誕生日おめでとう。

日本の真ん中より愛を込めて。
よしけん