南国と言えど、冬は来るし、
霜は降りる、息は白くなる。
むしろ高床で、風通しの良い
継ぎ足し継ぎ足しで大きくした
古い借家であった我が家の
隙間風は破壊的に寒かった。
冬の朝は開けるのが遅く、
自分の耳が寒くて冷たくて痛くて
目が覚める毎日。
うすら明るい窓辺を睨み、
ノソノソと起き出し。
二段ベットの二階で寝息を立てる
暴れん坊な我が家の姫を起こさぬように
そーーっと蛇腹型の間仕切りを開け、
リビングにある大きなストーブに
火を入れる。
火がつく時の油の匂いが好き。
ブォッと火がつく音も気に入ってる。
真ん中に鎮座するテレビの
スイッチを入れる。
朝早くから民放が無かったからか、
そもそも地域柄民放が少ないからか、
朝は子供の時間、といわんばかり。
再放送のアニメに興じながら、
母が起きてくるまでの時間を
ひとりごちるのが、
暴君の城であった
居場所の少ない家での
数少ない楽しみだった。
走査線が走ったブラウン管の奥に、
実写映画のジオラマが映る。
え!アニメやってないの?
7つのボールをすでに探さなくなった
彼らの戦いを見るのが楽しみな僕は、
かなりの落胆であった。
なんだよ。ゴジラかよ。
壊れた街、燃えている街を
早口でまくしたてる
アナウンスを聞きながら、
悪態を吐く。
いや、なんだ?
ゴジラが出てこない。
ウルトラマンすら出てこない。
スタジオに映像が戻る。
いつもは抜群にスーツを着こなして
冷静に無感情に話す
ニュースキャスターの声が上ずってる。
心なしか、着こなしも鈍く見える。
なんだ?ドラマ…なのかな。
いや、いや。違う。
これは現実なんだ。
自体を掴むまで、3分くらいだろうか
ぼんやり画面を見つめる中学生の僕。
碁盤の目のように整備された街の
原型がなく、至る所から炎が上がる。
被害者の数は不明。
止まらない火。
ヘリコプターの羽音だけが
耳の中に突き刺さる。
『こりゃとんでもないな』
気付くと後ろに、父も母も立っていた。
関西で青春を謳歌した母の
真一文字に詰むんだ口をよく覚えてる。
事の重大性を認識したのは、
学校に行ってからだった。
普段と何も変わりなく登校してくる
みんなに挨拶をする当番。
当時の僕の役割。
時は制度改革の真っ最中で、
生徒代表の僕は校門で毎日
挨拶運動をしていた。
それを一通り済まして、
教室に戻るも。
先生が来ない。
朝の会が始まらない。
そこから、一日中自習となった。
職員室に行くと、
いつもは消えているテレビが灯り、
朝と同じ光景と、時折その他の映像とが
交互に映っていた。
なんだ?何があったんだ?
これが、24年前の僕の記憶。
その後わかっていく被害の大きさ。
橋桁は倒れ、街は壊れ、焼け。
電車は止まり、インフラは壊れた。
たくさんの人が亡くなった。
街が、一瞬で、失くなった。
それから6年後に大阪に移り住み、
改めてその場所を訪れた時に。
壊れた橋桁の高さ。
止まった電車の長さ。
被害のあった街の広さ。
改めて体感した。
自然界のエネルギーの大きさを
改めて感じ、絶句した。
僕にとっての
阪神淡路大震災の記憶。
体感した事無いけれど。
今でもはっきりと
心に刷り込まれています。
