思った以上に辛かった。
そんな感想を抱きながら
店を後にしたのだった。
それは、在宅勤務中の
ある日の午後。
午前中に鬼のような集中力を投下し
あまりにスムーズに
資料作成が終わったことも相まって
非常に晴れやかな気分で
僕は、通い慣れた通勤路を
歩いていた。
くわっと照る太陽と
高く青い空に長く伸びる雲
初夏の微風の組み合わせが
最高に気持ちいいと、
うっすら額に汗を浮かべながら
いつもとは違う時間に
少しだけ呑気に歩く。
お目当ては、最寄り駅前にできた
麺屋さんだ。
サンラータン?ヨンパイタン?
どうやら、麻辣担の店らしい。
日本のベッドタウンの盛衰を
思いっきり体現したかのような
寂れた商店街の一角に
オレンジ寄りの赤色に彩られた
なんとも言えない内装を携えた
店が先日オープンしたと聞き
こんな時しか行けないからと
昼休みに足を伸ばしたのだ。
幸いにも次の会議は13:30
時間的に猶予はある。
店を開けると、開店早々だからか
そもそもこの麺が人気なのか
食べるところが他にないからか
店は黒山の人だかり
僕の予想を遥かに超える
混雑模様だった。
店員全てがおそらく、
彼の国の人なのだろう、
少しカタコトで
ぶっきらぼうな日本語が
異国間を逆に助長している。
3、4、5…7人待ちかと
心の中で指差呼称し、
静かに並んで待つ。
ふと見ると、オープンタイプの
冷蔵庫に、これでもかと具材が並ぶ。
どうやら、自分好みの具材を取って
それを量り売りし、調理する
システムになっているようだ。
350gで700円、と
少しだけ目立つフォントで
レジの横のラミネート加工された
チラシに記載してある。
ほほう面白い。
選ぶ楽しみも与えてくれるのか。
と、遅々として進まない行列と
ほぼ女性が席を埋めて
食べるよりも話すことが
メインになっている客席への
「回転率が命の店でくっちゃべるな」
という、なぜか店主目線の
ストレスを緩和するために
頭の中で、具材をとる自分を
シミュレーションし
麺と向き合う気持ちを高めていく。
軽く目を閉じて、手を動かす様子は
さながら白い巨塔、財前教授の
エアーオペ状況である。
「どぞ〜」
店員から思ったより優しい声がかかり
思いっきり開いた
思ったより大きい扉の音で
我に帰った。
バケツと呼ぶには大袈裟だが
洗面桶にしてはデカすぎる
そんなサイズの器を持って
バルタン星人みたいに
トングをカチカチしながら
食材たちにに対峙する。
ちんげん菜やネギなどの青物
いくら体に悪いと言われても
大好きなソーセージ
奇妙な色の魚肉団子
黒いキクラゲと
緑の山クラゲ、
乾燥春雨と刀削麺
僕に取っての350g
その感覚を信じて、レジに向かう。
にこやかにでも
鬱陶しい奴らだなという表情で
見つめている店員と
それ以上に鬱陶しいと思っている
僕を尻目に
前の団体が
350g以下にするために、
一つ減らし、二つ減らし、と
きゃっきゃと楽しんでいる。
ここは、バカンス中の店ではない。
ただの、平日の地元の駅前だ。
非常に冷めた目で見ている
僕と僕より後ろの圧を気にせず
散々楽しんだ3人は
個別に会計を済ませるという
素晴らしく仕上がった遅延手腕を
見せつけて
4人がけの席に
どしんと3人で腰掛けた。
神様、いくら混んでいても
あそこの空席の相席はやめてね
と、胸で十字を切る。
クリスチャンになった覚えはないが。
そして、僕の350gの番だ。
「マイドアリ、2358円ネ」
なるほど、2000とさんびゃ…
ニセンサンビャクエン!?!?
心の中でうろたえまくる
よしけん今年で46歳
お前それくらい食えるだろ、
こっちは知ってんだよ、という
目配せをしてくる女性店員。
あれだけ、心の中で
旅行気分の集団をバカにした罰だ
ええいままよ、とスマホを差し出す。
それでいい、とほくそ笑む店員。
あれだけ、毎度あり!と聞こえた
PayPayの声は初めてだ。
番号札は7番。そりゃそうか、7人待ち。
「バンゴフダ、イチパンのコキャクサマ〜」
現地感を盛り上げる演出かのように
崩した日本語で呼ばれる1番は
どうもどうも、すんまへんすんまへん
みたいなテンションでカウンターに行き
器を受ける。
プラスティックのボウルに
たんまりと入った赤めの汁が
店内の橙と相まって、
目により刺激を与えてくる。
正直、うまそうだ。
味は確かなのだろう。
色々あったが、水に流そう。
さあ、わしを存分に楽しませてみよ。
と、立ち尽くす僕に、
先ほどの店員が声をかける
「セキ、ナイノカ?」
早く座れ、邪魔だ、という意味だろう。
そそくさと、二人がけの席に
ぽつねんとおっちんするオッサン。
2パン、3パン、4パンノ
コキャクサマ〜
さっきの観光客もどきが
ワーキャー言いながら
取りに行く
5パン、6パンno
コキャクサマ〜
僕の隣の、夫婦というか
最近パートナーになったであろう
少し男女に年代差のある
熟年カップルが取りに行く。
昼下がりのこの街は
なんとまあバラエティ豊かなもんだ。
さあ、いよいよ次は、僕の番。
少し足に力が入る。
8パン、9パン、10パンノ
コキャクサマ〜
立ちあがろうと、
背もたれにかけた手も
そのままに固まってしまう。
抜かされてるやないか!
どないやねん!
おいおい、オペレーション
おかしくないか!
そう困惑するが顔は仏頂面、
感情無しの大男は、
鼻で荒く息をするのみ。
11パン、12パンノ〜
軽快に呼ばれる番号と、
重厚に待たされる自分。
17番あたりで、これは流石に
抜かされているな、と
席を立とうとしたら、
「7パンノコキャクサマ!」
来た来た、なんやねん
もったいぶりやがって。
の、も、の文字あたりで
目の当たりにしたそれは
周囲の器の三倍はある
サイズに収まっていた。
抜かされたのではない
調理の順番上、こうなっただけ。
結局、ほとんどの憤りは
誤解が生んでいるのかもしれないな
と、鼻をかきつつ
そのサイズにどよめく周囲に、
「え、これ僕87回目ですけど何か?」
という、おすましした態度で
席に座るや否や、啜り始める。
味は、予想を超えて非常に旨い。
1辛にしたこともあり、
マイルドの後に辛さが追いかけてくる。
食べ進めると、額から汗を吹き出し、
周回遅れの辛さが口の中を支配するが
それでも、旨い、旨い、旨い。
時代の流れと同じように
僕の箸は簡単に止まらない。
ただ、その時に気づいたのだ。
従来10も啜れば無くなるはずの
それらが、一向に減らないことを。
「乾燥春雨の量が思ったより多くて」
隣の奥様?が口を押さえながら
一人ごちる。
そう、まさにそれだ。と
僕の中の小さいよしけんがひざを打つ。
吸っても吸っても無くならない
無限ループの麺地獄に
どうやら落ちてしまったようだ。
止まりはしない、止まりはしないが
次第に、スピードが遅くなる。
ゾーンに入った時に
何もかもゆっくりに見えると
聞いたことがあるが
まさに、僕は、ゾーンに入った。
自分の右手が、いつもより
相当スローリーに見えている。右手だけ。
刀削麺が辛いスープを
しっかり染み込ませてくれて
この世で最も歯応えのある麺になり
吸っても吸っても、春雨、春雨。
こんなもん、春雨じゃなくて台風だ
そして、食べ進めると、その奥に
取った覚えがない麺が。
ん!?と、顔を挙げると、
1000g以上の方には麺サービス。
という張り紙。
厨房の横に貼ってあるその張り紙を
見ている僕に向かって、シェフもウインク
(まばたきをしただけ)
(こちらも白目になっただけ)
やってくれるじゃねえか。面白え。
勝負はこう来なくっちゃ。
花粉症や副鼻腔炎よりも
ズルズルズルズルしながら、
よしけんことイケ麺ススルは
挑み続けた。
状態は、腹パンどころか
腹ごはんである。
このまま弾けて、
店内に麺が飛び散る
そんな絵面も浮かぶくらいだが
なんとか、なんとか、麺は完食。
ただ、一生の恥で、
スープはほぼ残してしまった。
女子高生の団体、小さな子供連れ、
妙齢のカップル、えせ旅行客。
皆口々に、辛かったね〜と
楽しそうな笑顔と共に退転していく。
ごちそうさまでした、と手を合わせ
立ち上がる僕の感想だけが
思った以上に、つらかった。


