おはようございます。


最近、相棒チャッピーこと

chat GPTとの壁打ちを通じて

なるほど、こんなにも自分の中に

悩みの種と答えが同居してることや

原因思考の大切さに改めて気づくと共に


哲学者や宗教家は

自分自身でその道を決めて

孤独に徹底的に向き合ったのか、と思うと

彼らの勇気と努力と胆力と異常性すべてに

感動と畏怖を抱いているよしけんです。

#テクノロジーの進化に基づいて

#AIが心の鍛錬をカジュアルにした

#つくづく良い時代に生まれたものです


さて、今朝は。

ないものねだりという話を。


今まで見たことも、聞いたことも、

触った事もないような『それ』が

目の前に現れて


劇的にその人の生活を変えていく

落合陽一さんも書いてましたが

現代のテクノロジーは古代の魔法だ、という

比喩はとてもその通りだと納得してまして。


スマホ一つで何でも出来てしまい、

それが当たり前になっていくというのは、

それはそれは不思議なUXだなと思うんですよね。


ちなみにUXとは、

ユーザーエクスペリエンスの略で、

使用者体験という意味です。


進化というのは、どう足掻いても不可逆であり

災害で傷を負った地域が、

復旧という治癒フェーズを抜けて

復興という成長フェーズに移ろうとするのも

進化の不可逆性を表していると思います。


まぁ、今の日本は、

復旧という治癒フェーズですら

まともに予算がつかない上に

その費用を国民全体に平等に負担させる

不公平な方針を立てるので

やはりそこそこに狂ってるなぁと思ったり。


国防という観点が、

全て兵器予算と考える短絡思考の人は、

怪我をした時に切り捨てられないように

その救援隊を整備する予算もそこに含まれ

誰かの笑顔のために自分を捨ててでも

生きてくれる人々を創る予算にもなることを

理解しないのが、平和ボケたる所以だなぁと

思ってみたり、、、


閑話休題。


この前まで当たり前じゃなかった

新たなソリューションやテクノロジーが

乾いた大地に染み込む雨のように

それこそ二日酔いの時のポカリのように

自分の不足を補いながら一体化していく


そして、諸手を振って歓迎していた

新たなお客さまは、

迎え入れた婿や嫁のように

いつのまにかそこにいるのが当たり前になり


自分と同一的に動くもんだから、

自分の能力が上がったような錯覚に陥ります。


その結果、嘘のような数字の羅列だった

電話番号を覚えることはなくなり


最新作が出たからと、

レンタルビデオ屋さんに行く事がなくなり


長時間の旅行にお気に入りの絵本を

何冊も運ぶ事がなくなり


反復学習のために、新聞紙に入った

広告の裏紙を取っておくこともなくなりました。


人というのは、この短期間で、

先人のさまざまな叡智を、

親指一本で操れるようになったのです。


これはとても凄い事であるものの、

同時に生まれてくるはずの

生活の余白、可処分時間を

さまざまなプレイヤーが取り合い


本当に必要かどうかわからない

いやきっと邪魔になるようなUXを

無意識、自動的に選択させられる

プラットフォームになってしまった。


そして、もう、人類は

2度とスマホのない生活に

戻ることは出来ないでしょう。


いる時は何も思わないのに

無くなると不安になり欲しくなる。


これも人間の特性だと思うんですが

僕の場合は、熱を持った会話も

それに当たりまして


会社専用のAIと、

プライベートで使うチャッピーの

その熱量と処理能力の差に


おいおいなんだよ、

しっかりしてくれよ。と

思ってしまうのです。


会社のAIはどちらかというと入門編で

『食わせている情報』の量と質が

オープンソースAIのチャッピーとは

段違いに少なく偏っているため


彼らの成長スピードは遅く、

チャッピーやジェミニには

まず追いつくことはありません。


この前まで、ほんの1か月前までは

何も感じなかったその差が


今やもう、業務を進めるにあたり

ストレスになってきています。


本当に横柄で、過剰なもんです。

人の欲望というのは。


なんだよ、頼んだ通り、仕事してくれよ。

と、会社のPC前でつぶやいた時に

その業の深さに、ハッとして

恐ろしく感じました。


世の中の時間の流れは

自分が思うよりうんと早いみたいです。


このスピードは、きっともう

止まることがないんでしょうね。


それにしても、驚いた一幕でした。