指
お久しぶりです。桜なんぞが咲くとか咲かないとか、もうそんな季節ですね。俺は相変わらず忙しすぎてあ、そろそろ桜ね、そうねなどと思う程度です。一年なんて早いもんです。忙しいことは良いことだなどと一般には言われておりますが、最近そのことについて甚だ疑問に思っております。自ら望んで忙しいならばそれも良いでしょう、しかし、そうで無い場合は、要は自分の時間管理が出来ていないだけですので、これは問題です。俺の場合は残念ながら後者です。『望まぬ暇無し』なのであります。そうなってくると日々イライラ、イライラ、イライラ、と果てしないイライラ地獄に取り込まれ、色んなことが悪循環にはまりこんでいきます。そんなある日、さらに俺をイライラさせる事態が発生しました。俺は飲食店を営んでおります。辺鄙な場所の小さな小さな定食屋です。そのせいか、人繰りで大変難渋しております。さて先日、昼ごろに俺は出勤しました。すると店の奥から「すいません!指切っちゃいましたぁぁぁぁ」と加藤さんが駆けて来ました。加藤さんはアラサーでフリーターの女性である。大人しくて性格も良く、仕事もなかなかもってそつなくこなし、近年まれにみる当たりの人材なのである。ちなみに美人である。その加藤さんが人差し指を押さえ駆けてきて半泣きなのである。見ると指先からは血が滴っている。あらららら・・・・でも、まあ飲食店では良くあることである。最初のうちは皆、指なんか切ると気が動転して大騒ぎするのであるが、これが数か月もすると、黙って事務所に行き、切ったカ所に黙ってバンドエイドを貼って、そしてまた黙ってネギなんか刻み始めるのである。指を切るなんてことは、飲食店ではそれくらい日常茶飯事なのである。「血が・・・血が・・・止まんないんですぅぅぅ・・・」と加藤さんはうるんだ瞳で俺を見つめる。「あ、はいはい、とりあえず見せてもらえます?」と俺。「うっうううっ・・・」と嗚咽をもらしながら加藤さんが人差し指をギュッとつかんだ掌を開いていく。うん、はいはい、確かに深いけど、まあこれくらいなら俺だって年に2,3回はやっちゃう程度ではある。はっきり言って、軽傷の部類なのである。「じゃあ指の根っこにゴムを巻いて止血しますからね」と俺は輪ゴムを人差し指にグルグル巻いていく。簡単に血は止まった。後はバンドエイドを貼って、水に濡れないようにゴム手袋をすれば、まあ大丈夫なはずである。で、その日は何事も無く終了したのである。翌日、俺は加藤さんの指のことなんて、すっかり忘れてしまっていた。午後、店の電話が鳴った。「はい、ありがとうございます、〇〇食堂でございます」と俺。「あのう・・・加藤です・・・」蚊の鳴くような声である。「あ、はいはい、三村です、どうしました?」努めて明るく俺は言った。・・・嫌な予感しかしない。「あの・・・昨日病院行ったら、指を圧迫固定って言うんですか・・・何か包帯グルグルで止血されちゃって・・・・しばらくどうにもならない感じなんですけど・・・・」俺は心の中でため息である。ハアァァァ・・・・そりゃあ、そうだろ、病院行ったらそうなるだろうな!ていうか、あの程度で病院行くか?!まあ、基準は人それぞれだろうけど、あの程度では俺なら絶対に病院になんか行かない!賛否ございましょうが、あえて言います!医者なんて、基本、大げさなんだよ!俺なんかこれまで2回入院しろって言われたけど、しなかったもんね!それで、ちゃんと治ってるもんね!一度は、ピロリ菌という名前の可愛さとは裏腹の質の悪い、て言うか極悪極まりない菌により十二指腸潰瘍を発症。もう一度は、風邪をこじらせて扁桃腺が鬼のように腫れ、飲むも食うもほとんど出来なくなる迄に追い込まれるという最悪の事態。いずれの場合も薬のみで俺は治したんだよ!その俺が言う!医者は大げさ!「あのう・・・しばらく、ちょっと仕事行けそうにないんですけど・・・」と加藤さん。「・・・ああ、そうですか・・・どれくらいですか・・・?」ただでさえ、人員不足でにっちもさっちもいかない時に・・・「二週間位・・・ですかね・・・」「に、二週間ですか・・・そ、そうですか・・・分かりました・・・」かすり傷で二週間だとぉぉぉ!!!「すいません・・・」「分かりました、お大事にしてください」そもそも加藤さん、傷とか体の不調にめっぽう弱いのである。大したことないのにすぐに心が折れてしまうのである。二三日でなく、二週間・・・どう考えたって二週間もかかるわけがない!きっと医者だって二三日は養生してください、くらいのことは言ったとは思うけどね!かくして、人員不足により追い込まれていた俺は、更に更に追い込まれていくのである。