チャラ男 その2
さて、経験のない会社がいきなり外食事業に乗り出すのは基本的に無理である。いくら参入障壁が低かろうが、やはり飲食業界には飲食業界特有の利益構造があり、素人が手を出すとひどい目にあうのである。賢明にもうちの会社はその辺のことは良く分かっていたようで、手始めにまず、フランチャイズに加盟することにしたのである。全国チェーンのとんかつやに加盟することにしたのである。ということで、俺と桐谷はそのとんかつやの小田原店に研修に派遣されることになったのである。当時俺は杉並に住んでおり、小田原に関する知識は、ただただ果てしなく遠いであるとか、『小田原評定』という言葉を何となく聞き知っている程度でしかなかったのである。しかも、2か月泊まり込みという話を聞くに及んでは、もう暗い気持ちになるばかりであった。店の近くに会社がライオンズマンションを借りてくれて俺と桐谷はそこから通うことになったのである。あくまでも研修である。ちょとした旅行なんかではもちろんない。緊張の面持ちで俺は初出勤したのである。片や桐谷は、「いやぁ、久しぶりに働くから何かダルいっすね、ミムラさん今日終わったら小田原城に行ってみましょうよ」なんて言っている。完全に旅行気分である。小田原店の店長は20代半ばの男であった。ヌベーっとした顔立ちで、無駄に背が高かった。190センチ近くあったと思う。これは、後々判明するのであるがこの男、実はそのフランチャイズ本部でも有数の『使えない男』であったのである。初日は、今後のシフトに関しての相談やガイダンスで早い時間に終了した。それで、さすがに小田原城に行こうという桐谷の誘いは断ったけれど、晩飯を一緒に食べることになった。そこで、前回書いたカラオケ屋の話をはじめ、ロクでもない話のオンパレードを聞いたのである。こうして俺の桐谷に対する評価は定まったのである。こいつはクズだ・・・女性諸氏の反感を覚悟で書きますが、例えば桐谷はこんなことを言う。「女なんて、付き合おうって言っちゃえばすぐやらしてくれるじゃないですか」「へえ、そうなんだ」と俺。「それで、やっちゃってすぐ別れればいいんですよ」「でも、付き合うっていうところまで持って行くのも大変でしょ」「いやあ、簡単ですよ、ドライブに誘い出せればだいたい大丈夫ですね」「へえ、そういうものなんだ」まあ、確かに桐谷が話が上手いのは認める。利害関係がないならば、俺も笑って聞いていられたことだろう。「じゃあ、同時に何人かと付き合っていたりするんだ?」と俺。「そうですね、一人ってことはないですね、多い時には5人くらいいたりしますね」もし、桐谷がいい男だったらもっとすんなり聞けたかもしれない。しかし、桐谷はネズミに似ているのである。俺に悪意があるからかもしれないが、確かに似ていると思う。翌日から、俺たちの研修が始まった。その時点で、3か月後にオープンする店の店長は決まっていなかった。社長と事業部長の浅井さんがどういう基準で店長を選ぶのか俺には皆目見当がつかなかった。この業界で何年も生きてきた俺としては、もちろん、あんな素人のチャラ男に負けるわけにはいかなかった。自分で言うのも何だが、仕事に関しては俺は相当真面目である。基本的に仕事中に無駄口はたたかない。一方桐谷は店長が事務所に引っ込んだ瞬間に、べらべらとしゃべり始める。うっとおしいから俺は適当な相槌を打っていた。だからそのうち彼は俺に話しかけなくなった。その代り、桐谷はバイトの女の子にベラベラベラベラ話しかけ、場合によってはイチャイチャしている風にすら見えるような状態になってしまっていた。こいつ何しに来てんだか・・・俺はただただあきれるのみであった。隙があれば何とか楽をしようとし、楽しけりゃそれでいいという桐谷の働きっぷりは、若いバイト連中の間では受けが良かった。そりゃあそうだ、あの年頃の優先順位は、きちんと教育しない限りどうしたって楽しいことが上位に来てしまうものである。バイト連中はまあ言ってみれば、そんなに悪くない。要は、そういうことをキチンと教育していない店長が悪いのである。しかし、一週間、二週間と時間が経つうちに、桐谷の化けの皮が徐々にはがれ始めたのである。どうやらスケコマシの桐谷は、アルバイトの女の子の2人にすでに手を出してしまっているようであった。それは、女の子の様子を見ていれば分かるし、尚且つおばちゃん連中の店外での目撃情報からも明らかであった。ホントこいつ女好きにも程があるだろ・・・俺はあきれるのみであった。こんな奴に負ける気はまったくしなかった。確かに実力だけで判断するならそうであったろう。しかし、俺はまだ桐谷のことをキチンと理解していなかったのである。奴が権謀術数を張り巡らせる男であることを・・・そして、小田原店の店長が『使えない男』であることを・・・そのことを俺は後々思い知ることになるのである。長くなりそうですので、続きは次回。あ、ちなみに今回の『チャラ男』に関しては笑いどころはほぼ無さそうです。