不健康だから幸せになれる。
これは僕の中での本質です。
常識からすると、バカな事を言っているのはわかります。
不健康は幸せなんて、バカにしているのかと思われても仕方ありません。
ですけれども、不健康な状態にならなければ分からないことがあるのです。
今日はそのことについて話をします。
僕は健康を
『この世界で生かされていることに感謝し、今を精一杯生きること』
と提唱しています。
病気でない
体調が良い
身体に何も問題がない
という状態が健康なのではなくて、『感謝』して、精一杯今を生きている状態が健康だと考えています。
ですので、不健康はこの逆のことなので
『感謝』をせずに、今を生きる事を『放棄』している状態
が不健康です。
そして『感謝』せずに、今を生きる事を『放棄』していると、身体に不調が起こります。
身体がだるい
身体が重い
いつも眠い
腰が痛い
肩が痛い
などなど個人差はあれど、様々な症状が現れてしまいます。
こういった症状が現れると、人はどんな気持ちになるでしょうか?
イライラする
やる気が出ない
かったるい
色々どうでもよくなる
なんで自分がこんなに辛くならなきゃいけないんだ?
など、ネガティブな気分になってしまいます。
このような状態になってしまったら『感謝』をしようと思っても中々出来ないですよね?
ネガティブな気分ですと、今を精一杯生きようとするよりも
早く楽になりたい
この辛い状態から脱したい
と願いますよね。
ではなぜ僕はこの誰がどう見ても幸せとは思えない状態を幸せと言っているのでしょうか?
身体の不調を幸せと言うのはバカにするにもほどがあると思っているでしょう。
ですけれども、以下のように考えてみるとちょっと認識が変わるかもしれません。
それは
身体に起きる症状は全て必要なことだけ起きる。
という考え方です。
例えば、痛み
転んで足首の辺りの骨が折れたとしましょう。
折れた部分は強い痛みを発します。
この痛みというのは簡単に言うと
『怪我をした足首が異常な状態だから、ここに負担をかけないでね』
という身体からの訴えです。
折れた骨を治すには安静が必要なんですが、もし痛みがなかったら安静という発想にはなりませんから、たとえ骨が折れていてもガンガン動きます。
その結果、怪我が悪化します。
でも痛みがなかったら、悪化したこともわからないので、そのままガンガン動き続けて更に悪化させます。
想像できますか?
骨が折れた足で、ガンガン歩き回る姿を。
これは想像しただけでも痛くて痛くて仕方ないですよね?
ですから、身体は痛みを生じさせる事で、僕らに身体の危険を教えてくれているんです。
となると痛いのは辛いけど、痛みは身体の危険を教えてくれていると考えたら、痛みはそこまで悪いものではないかもしれません。
むしろ危険を教えてくれているのなら、『感謝』できませんか?
そして『感謝』は健康の証ですから、その時点で健康と言っても間違いありません。
もちろん、痛みの程度にもよりますし、耐えられない激痛となったら話は別ですが。
でも、なんでもかんでも
不調=悪い
と決めつけるのはいかがなものでしょうか?
僕は
不調=身体からの必死の訴え
と考えてます。
そして、不調を感じている時に、誰かが手を差し伸べてくれたら、それはもう『感謝』しか生まれませんよね?
困ったときに助けてくれるというのは本当に有り難いことです。
そしてその有り難さを感じ、『感謝』できることは本当の幸せだと僕は思ってます。
だから僕は不健康だから幸せになれる
つまり不健康だからこそ、人の優しさに触れたときにその優しさを身体いっぱいに感じられる
と考えています。
『感謝』があれば、人は変わります。
健康に関して言えば、『感謝』があれば例え今不健康でも健康になれます。
健康は難しくありません。
本当はシンプルです。
もっとシンプルに生きていきましょ^ ^