地震の被害報告が続く中、三月に正式に大学を卒業し改めて社会人となった。正直言うと実感はあまりない。19歳から20歳になるとき、体がいきなり酒・タバコをやっても平気になるわけではないのと同様、今までと何ら変わらない。普段は自宅勤務、週2回の営業についていったりする。現在は今までと同様、プロジェクト管理、コンテンツ作成、プログラミングの勉強(趣味の範囲でスペイン語、英語の勉強も続けているが)に追われている。どれも無難にはこなせている(もちろん半人前、修行の身としてだが)。がしかし、このようなベンチャーに入った以上自分が突出した何かを持っていなければならないということを改めて自覚した。

実は昨日上司がお酒のせきで、僕の同僚に対しての不安を述べていた。「言われたことはできるのだが、それ以上はしないんだよな。。。。」というものであった。今まで僕は言われたことをきちんとすることが大切だと思っていたけれど、ステップアップを常に心がけ、常に情報に敏感になり、努力を常に重ねる。今から一年後の自分が現在の自分に毛が生えた程度ではダメなのだとはっきりわかった。

ここ最近、プロジェクトも終盤にかかり、だらけムードになっていた自分を刺激するものだったんでしょう。

一年後の自分になって欲しい姿を目標として掲げ、一ヶ月後にどのようになっていなくてはならないのかを具体的にピクチャーし、一週間でやらなければならないことを決め、それをこなすための一日のタスクをこなしていく。これしかないのだと思った四月の初めでした。
まず、3月11日、東北関東大震災。死亡者・不明者は1万人以上。
地震・津波被害と原子力発電所の損傷。

不謹慎かもしれないがこの出来事からすでに多くのことを学んでいる。さらに、これからの考え方にも影響するであろう。

こう考えられるのは自分自身本当の被災者ではないからかもしれませんね。。。一回の計画停電ですら「少し不便だな」と思うくらいなので、実際の被災者との生活と僕が震災後に送っている生活は天と地の差のギャップがあるといっても過言ではないとおもいます。

しかし、僕の残りの人生で、今回僕なりに学んでいることを糧にして生きていこうと思います。

学んだこと:ニュースと実態の(ニュースで言われていることと実際に自分の感じること、または予測)
      正確な情報をソートする(多くのチェーンメールやイソジンの件等の誤った情報)
      過去の事例と今のケースを比較(チェルノブイリの事例)
      予備知識(単位:シーベルト、放射能と放射性物質の違い等)
今まで、知らないこと、やっていなかったことの多さに改めて気づきました。。。。。。。。
サンフランシスコに行っていました。
町並みはアメリカ独特の道が縦横整頓されていて、映画のワンシーンの中に自分がいるような気持ちでした。

また町にはチンチン電車のようなものが走っていて観光客が行列をなしています。

。。。。。。。。。。
。。。。
。。

思い出はこれだけです。なぜなら、六日間缶詰状態だったので。セッションやセミナーに参加し、帰って仮眠をとり今朝方(インターネットが込んでない時間帯)に記事を書くという日が連続して続きました。僕の目に映ったサンフランシスコはその行き帰りの町並みのみ。唯一の楽しみはセッションでの貴重な情報を収拾できることと、帰り道を変えて少し冒険することです。

坂の多い町なので、地平線が一段とくっきり見えます。その先にはなにがあるのどうと毎日考えながら歩いていました。

最終日、空港で日本人のかたと少し会話、僕は何気なくその人と観光の会話をすると、どうやら同じ待ちに数日間滞在していた様子。なにげなく坂のことをきいてみると、その地平線の美しさに共感してくれました。さらに、その先には海があってそこから眺める景色は最高だそうです。。。。。。。

無念。

ゴールデンゲートブリッジ、フィッシャーマンワーフ等はもちろんのこと自分のいた町すら十分ディグリ切れなかった自分がなさけないです。ひとっ走りしてでもみてくればよかった。


帰国後はまた、iPhoneのアプリケーションのプロジェクト管理とスペイン語の勉強、プログラミングの勉強をこつこつしいます。

ちなみに大学は無事合格していました。明日iPad2を買いにいこうかと思っています。