さのよいファイアーカーニバル
7月12日の日曜に、熊本県は荒尾のグリーンランドでよさこいファイアーカーニバルが行われました。
恋龍水俣のよさこい祭りへの参加はちょっと久しぶり。
朝は6時半に出発。
9時半には受付を終えましたが・・・最初の演舞は12時前![]()
70チームも出ていると1発目の演舞も開会から1時間半後ですよ(笑)
最初はシティモール会場なので、10時半まで時間をつぶしてシャトルバスで移動。
曲目は「男なら」。
今回、恋龍水俣は踊り子7人、旗振り1人、プラカード持ち(入ったばっかりでまだ踊りを覚えていない子)が1人という構成で、右肩に不安のあるオイラは煽りに・・・と思ったけど、踊り子の人数も少ないし、ワイヤレスマイクだったし、踊りながら煽ることに。
右手でマイク持てば右手温存できるしね。
で、前列4人後列3人、後列のセンターに入りました。
後列の両脇の2人はまだ「男なら」には不安があるので、あえてオイラが真ん中に。
思いっきり踊れはしましたが、やっぱ右手を動かさないと左手の動きがわからなくなる箇所もあって、苦戦しましたが、踊りながらでも煽りはそれなりに出来たかなぁと。
でも、山口県勢が見守る中の「男なら」でしたが、やや不甲斐ない出来になってしまったと思います。
最近入ったメンバーは「流風」の練習をメインでしていて「男なら」の習熟度がまだまだです。
「男なら」はまだこれからも踊っていきたい曲目なので、もっと底上げして頑張っていかなければいけないなぁと思いました。
2回目の会場はレインボードーム。
曲目は「流風」。
1回目で右肩を温存したので体調はMAX![]()
が、この会場には「流風」の振付師お二方が![]()
先日、最初に振り落としした時のイメージと違ってきているとダメ出しを受け、再指導をして頂いたばかりなのでした。
あきらっちなんか今まで見たこともない緊張した顔。
ここは少しなりとも努力の後を見せるべくガンガンいこう!と思いきや、下がツルツルすべるんですよ。
かといって滑らないように慎重に踊るわけにもいかず、内腿の筋肉でこらえる感じ?
演舞後はガンガン踊ったこと+滑らないように踏ん張った疲れで息も絶え絶え、給水所で受け取ったアクエリアスがなかなか喉を通らない状態でした![]()
その後、振付師のお1人に感想&気になったところを聞き、3番目の会場へ。
3回目の会場はメイン会場。
曲目は「流風」。
先ほどの演舞で燃え尽きた感もありましたが、しっかり給水&休憩し、なんとか気力をプラスして体調MAX状態に。
振付師お1人がまたメイン会場に移動してきておりましたので、みんなでさっきの指摘された部分を打ち合わせしながら順番待ち。
よくみると長州よさこい連 崋劉眞さんもメイン会場正面に陣取っていらっしゃるではあ~りませんか。
緊張が高まる中、いよいよ順番がまわってきました。
メイン会場はメインなのに奥行きがかなり狭くなっておりました。
(その代わりヒーローショーで使う上の段とかで煽りや旗振りが可能でした)
慎重に場所取りし、いざ演舞開始。
もちろん個人賞狙いでバリバリ踊りました。
とれませんでしたが・・・![]()
個人としては、まぁ、現段階では満足の行く踊りだったと思います。
でも、バリバリに踊り過ぎて、演舞後に袖に引っ込む時の小走りで手をちょこっと振った時に右肩に痛みが走りました![]()
う~む、ここ数ヶ月では飛び抜けた痛みが![]()
まぁ、今回の感想は、底上げが必要だなぁと思いました。
最近入ったメンバーが祭り慣れしていないのと、振りが完璧に入っていない感がぬぐえませんでした。
早く振りをバッチシ覚えてもらって、祭り慣れしてもらって、楽しんで踊れるようになって欲しいものです。
あきらっちが九州男組の演舞に参加するので、りえぶーと二人残ることに。
だって3回目の演舞終了が17時で、全プログラム終了が20時なので帰り着くのがとんでもないことになります。
で、残りのメンバーは帰ることに。
やっぱりさのよりファイヤーカーニバルは楽しかったです。
次に参加するよさこい祭りからは、去年入院していていけなかったやつになるので、これからも楽しみです![]()
チッソの分社化
水俣病未認定患者救済法案が通りそうですね。
地域限定解除が民主党案に歩み寄る形で削除されましたが。
水俣病が起こったこと自体は風化させてはならない問題だとは思います。
が、まず「水俣病」と言う名を付けたことは大いに問題があり、地域限定解除が見送られたことで「水俣病」という言葉が水俣病ではない水俣市民に重く圧し掛かります。
水俣病は有機水銀中毒です。
公害性有機水銀中毒症ぐらいの名前にしておけばよかったのではないでしょうか。
水俣市民は「水俣病」という名前のせいで、被差別部落的差別を被ってきたと思います。
公式発見50年を迎える数年前、熊本県の中学生の水泳大会において、水俣代表が泳いでいるのを余所の中学生が「水俣病のくせに」的なヤジを飛ばし問題になったことがありました。
修学旅行先でのトラブルはよく聴いたことがありますが、公式発見から40数年が経った後でも、同じ県内においてさえ、そのようなことが起こるのです。
今、未認定患者問題でもめている方々はほぼ水俣外の方々です。
水俣内においては解決していても、水俣外でもめているため、今もなお「水俣病」という名前が水俣市民に圧し掛かっているのです。
未認定の水俣病患者の方々のことも大事でしょう。
しかし、同じ年月のあいだ「水俣病」という名前の風評被害を受けている水俣市民が2万数千人いること少しは考えて頂きたい。
チッソの分社化は、赤字(県や国への負債)を抱えた現チッソから新(優良企業)チッソとなり水俣を盛り上げていくのではないかと思います。
水俣市が「水俣病」から脱却できる日が早く訪れればと思います。
とりあえず、「水俣病」という病名の改訂をして欲しいです。

