カメラと「おさんぽ」第16弾 鉄道博物館4 | kentaのブログ

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サラリーマンを卒業するのを機にブログを始めました。
自分の周囲で気づいたことがあれば書いていこうかと思っています。
趣味の野菜作りと写真、それと可愛い孫について書くことが多くなってきたようです。

鉄道博物館ヒストリーゾーン 1F 展示車両2

大正期 - 日本の鉄道の黎明期


☆デ968号電車ハニフ1形式客車 甲武鉄道飯田町工場製造1904年


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甲武鉄道(現在のJR東日本鉄道の中央本線の一部)が1904年電化された際製造された。

1906年甲武鉄道は国有化され国鉄に引き継がれた。

日本国有鉄道最初の電車であった。


1914年から1915年にかけて信濃鉄道、佐久鉄道、三河鉄道、南薩鉄道に売り渡される。

デ968号は信濃鉄道に売り渡され、ハ6号と改名されさらにロハフ1号となった。


1925年廃車となるが、筑摩鉄道(のちの松本電気鉄道、現在のアルピコ交通)に譲渡された。

鉄道博物館の開園を記念し、保存車両が松本電気鉄道から寄贈された。


☆ナデ6110形式電車


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ナデ6110形式電車は1913年から1914年にかけて製造された木製で、両運転台式制御電動車。

1914年8月29日付でデハ6285形に改称された


その後転々と譲渡されていき1972年日立電鉄で廃車となったデワ101号は国鉄に引き取られてナデ6141に復元された。


☆キハ41300形式気動車


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キハ41000形 1936年までに138両が製造された。

ディーゼル機関搭載車として計画されたが燃料事情の悪化により木炭ガス発生炉を搭載するに至るも燃料の手当てが出来ず車両の運行中止していた。


戦後ディーゼル気動車として復活した。

塗装は最初ぶどう1号で塗装されたものの、1935年には上半黄褐色、下半青の2色塗となった。


☆9856号蒸気機関車


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スイスの技師アナトール・マレーが発明した関節式機関車の方式であるマレー式機関車であり、石炭および水を積載した燃料運搬車両(炭水車=テンダー)が接続された形式の機関車


この車両は1913年8月東京鉄道管理局に配属されている。

急行直行列車や貨物列車の補助機関車として一部線区を担った。


その後各線区を転々とした模様、1924年3月23日交通博物館の前身である鉄道博物館に展示するため廃車となった。

(鉄道博物館は東京駅北口に仮設された。神田に移転後1936年中央本線万世橋駅に移転し、その後交通博物館と名を改めた)


☆ED40形電気機関車


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鉄道院が1919年から製造を開始した直流用電気機関車

信越本線横川-軽井沢間(碓氷峠)用のアプト式電気機関車、国鉄が初めて導入した国産電機機関車。

この投入により碓氷峠での蒸気機関車の運転が廃止される。


東武鉄道、伊豆箱根鉄道、南海電鉄、古河電気工業等に譲渡されていった。


鉄道博物館に展示されているED40形は東武鉄道で使用されていたもので、1968年大宮総合車両センターで保管されていた。


☆ED17形電気機関車


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1930年から1950年にかけて製造改造された直流用電気機関車


1923年から1925年にかけ英国イングリッシュ・エレクトリック社から輸入された28両(ディック・カー工場製のため「ディッカー」「デッカー」と称ばれた。クロコダイルとも呼ばれた)の電機関車(のうち27両)を改造してED17形とした。


輸入当初は電装品等に故障が頻発したが、次第に国産技術による改装により1970年代まで使用された。

展示車両は1970年の廃車後山梨県甲府市の舞鶴城跡公園に静態保存され、1997年大宮工場に移され、2007年鉄道博物館で展示された。


次は御料車を中心に見学します。