コロナ禍だからこそ続ける意義があった4回目の只見線列車内プロレス | KEN筆.txt

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BGM:P-MODEL『列車』

 

10月3日、昨年に続き「只見線列車内プロレス」の車内実況として参加させていただいた。2011年7月、福島・新潟豪雨により大規模な災害へ見舞われたJR只見線は、現在も会津川口-只見間の運転を見合わせ、バス代行輸送がおこなわれている。2021年全線復旧予定だったのが2022年にスレ込むされるほど復旧作業は困難を極めており、そうした状況でも諦めずに立ち上がる沿線地域と只見線を応援するためのイベントとして、2017年より新潟プロレス協力のもと開催されてきた。ただ、4回目となる今年はコロナ禍が立ちはだかった。

 

人を集めてのイベントが開催できるのか、そこは慎重にならざるを得ない。7月に公式サイトで予告動画が公開され、限定先行予約の受付が始まったあとも、状況によっては中止の可能性もあると聞かされていた。それでも実行委員長の目黒公司さんに聞くと会議上でやるべきではないという声は出ず、どうすれば開催できるかで関係者の思いは一致していたという。

 

 

参加者は出発駅である越後須原駅で受付のさいに検温、消毒しフェイスシールドが渡された。例年は定員60名のところを40名にし密を避け、マスク着用を義務づけ。本当ならば、選手と記念撮影するのが大きな楽しみであるのは重々承知しているが、それもご遠慮いただき列車内における直接的な接触をしないことも協力を仰いだ。

 

 

昨年までは到着駅である只見駅前で「只見町水の郷うまいもんまつり」が催され、それに合わせて列車内プロレスをおこなってきたのだが今年はイベント自体が中止に。地方へいくほどに祭りの重要性は高く、町が一体となる祭事ができない無念さは痛いほどわかる。それでも商工会青年部が「列車内プロレスへ参加した皆さんのために」と、復旧応援チャリティープロレス会場の只見振興センター前広場に屋台を出店。只見のソウルフードであるマトンケバブや焼き鳥、ジンジャーカレーなどでお腹を満たしてくれた。

 

「列車内プロレス自体、プロレスというやられても立ち上がる姿に触れることで諦めない気持ちを持っていただき、またそうした姿勢を全国の皆さんに知っていただくことを目的にやってきたもの。ならば、こういうコロナ禍だからこそ続ける意義があるはず。コロナにも負けないというメッセージを伝えるべく、4回目も開催することになりました」(目黒さん)

 

前日19時過ぎに新幹線浦佐駅へ着き、目黒さんと合流。車内で只見周辺の状況と今回イベントを開催する意図を聞かせていただいた。宿舎は前回と違う「民宿治兵衛」。去年泊まったところにトラさんというミルクティー色をした猫がいたので、再会できるのを楽しみにしていただけにちょっぴりさみしかったが、宿へ入ると新潟プロレス勢と昨年に続いての参加となるシーサー王、そして急きょ初参戦となったHUBの両選手が盛り上がっており、その輪の中に入っていった。

 

 

部屋の方もシーサー王&HUBと相部屋。みちのくプロレス、大阪プロレス時代の話で盛り上がり、修学旅行のような楽しさを2人のおかげで味わえた…まではよかったが、さあ寝っぺとなったところでシーサー王が「すいません…自分、いびきがすごいんで」とカミングアウト。こちらは旅のさい常に耳栓を持っているので問題なかったが、HUBが「自分も持ってきてはいますけど、かなり使っているんで防音になるかどうか…」と不安げ。部屋の電気を消した十数分後には、地鳴りのような爆音が聞こえてきた。

 

川の字で寝たのだが、シーサー王の隣がHUB。翌朝、大丈夫だったか聞くと「夜中の3時ぐらいに起こされました」と頭をかいた。あれほどの音が響きながら、本人はまったくうるさく感じないところがいびきの不思議なところ。かつて、吉田万里子さんが「息吹」という女子の若手による大会を開催していたが、プロレス界におけるいびき自慢の選手たちを集めた「イビキ」という大会をやったらどうかと思った。四方を観客に見られる中、ただひたすらキャンバス上で爆睡し、一番すごいいびきをかいている選手が勝利という、ね。

 

隣の新潟勢の部屋も壁が振動していたという都市伝説ならぬ町伝説を作ったシーサー王は、朝から茶碗5杯分の飯を食べ決戦に備えた。民宿のすぐ前に只見線が通っており、そこから徒歩5分ほどで越後須原駅へ。報道陣も多数集まっており、回を重ねるごとに注目度が高まっているようだ。そこへ只見線のゆるキャラ・キハちゃんも登場し、さっそく愛嬌を振りまく。

 

 

その後、40名の参加者とともに駅のホームへ。新型車両に生まれ変わった只見線列車が滑り込んできて、9:28に駅を出発し、只見駅を目指す。キハちゃんは旧型ボディーのため、リニューアルされた車両内に入ると興奮状態。ちなみにファンの方々はGotoトラベル対象ツアーとしてもちろん有料で参加したが、キハちゃんはタダ見。これほどあからさまに“只見”と開き直るゆるキャラも珍しい。

 

 

2両編成の列車内では笹団子が配られ、決戦を待つ。コロナ対策も皆さんしっかりとやってくれた。

 

 

列車は越後須原から3つ目の大白川駅へ到着。宿舎より車で直接向かっていた選手たちはここから乗車し、単線のため入れ違いとなる只見方面から来た列車が通過するまでにスタンバイ。前回は、この駅へ到着したタイミングで只見駅との間に倒木が発見され、これ以上は進めないということで停車したままの試合となったが、今回は無事出発後にホイッスル(ゴングの代わり)。この列車内プロレスに携わらせていただけなかったら、駅ホームのすぐ隣へ川が流れている絶景には出逢えなかった。

 

 

反対方面からの列車が滑り込んできたところでHUB&シーサー王がポーズ。ローカル線と山の中の風景をバックに沖縄色豊かなお二方というのも、なかなかの味わいがある。そして絵になる。

 

 

大白川駅を出発するや、お待ちかねの列車内プロレス開始。昨年に続き新潟=水島新司先生=あぶさんということで、南海ホークスのユニフォームで車内実況へ臨む。鉄道メイニアの皆様にとっては夢の車内アナウンス用マイクを、私のようなトウシロが使わせていただいていいものなのか。ホントにもう、どうもすいやせん。

 

 

5選手参加の時間差バトルロイヤルは、まず前年度優勝者の“電車王”ビッグ・THE・良寛さん(新潟県民の皆さんは良寛のことをかならず“さん”づけで呼ぶという『秘密のケンミンSHOW』情報に従い、こう表記します)が登場。

 

 

そして2人目、2両目から1両目に姿を現したシーサー王との1対1からスタートし、3人目として新潟の若手・鈴木敬喜が登場し割って入ろうとするが、良寛さんとシーサー王はガン無視。

 

 

そこから3連つなぎのチョップ合戦をリクエストする鈴木だったが、良寛さんもシーサー王も鈴木にしかチョップを返さず、気がつけば1対2のシチュエーションになっていたため、手四つならぬ手六つの攻防に移行してなんとか自分だけが不利になる状況をごまかした。

 

 

4人目は新潟プロレス代表・シマ重野が自らマスクをして登場し、車内コロナ対策を呼びかけながら闘いの輪に。そして最後に1号車インしたのはHUB! 得意の尻尾攻撃をビッシビシと連発したため列車内に快音が響きわかる。そりゃあ、山の中だったらハブが一番強いだろう。中でも前夜、いびきによってさんざん苦しめられた恨みをパワーに変え、シーサー王には特に強烈な尻尾攻撃。試合後、その背中はみみず腫れとなっていた。HUBは生まれて初めて列車内で闘ったにもかかわらず、吊革を利用し一人でダブル・ビッグブーツをサク裂させる。このあたりの順応力はさすがとしか言いようがない。

 

 

実質、縦長の列車内とあれば、当然のごとく首4の字固めの数珠つなぎとなる。だが、シーサー王は最後に加わろうと見せかけてこれまた吊革を使い、寝転んでいる相手を次々と踏み潰した。こんな通勤シーンは丸の内あたりで見られたら嫌だ。そしてそこから全員をひっくり返しての逆エビ固めへ。

 

 

一方、重野も列車内であることを巧みに利用した攻撃に出る。座席の上に登ると、世界一低い位置からの地を這うようなダイビング・ボディープレスを放った。さすがに4年連続出場となると必要以上に列車内での経験値が高い。

 

 

こうした動きをゆらゆら揺れる列車の中でやっているのだから5人ともすごいバランス感覚だ。ちなみに今回、初めて走っている列車の中で実況をやったところ、恐れていたような喋っているうちに気持ち悪くなることはなかった。なので、これからは揺れているところでも実況できる技量をウリにしていくので、船や吊り橋の上でプロレスをやるさいは呼んでください。

 

そんなこんなでバトルロイヤルは続き、最後はマスクマン3人が残る。当然、HUBとシーサー王が結託したが、良寛さんはうまく誤爆を誘い、HUBが消えた直後にシーサー王をスクールボーイ。これでアオーレ長井レフェリーが列車の床を3つ叩き、なんと良寛さんが2年連続電車王に輝いた。

 

 

電車王の座を守った良寛さんには勝利者賞として30kgもある魚沼産コシヒカリの米俵が。昨年も書いたが、電車王になってもこれといったメリットはなく、周りから「いよっ、電車王!」とワッショイされたり、あるいは「電ちゃん」と気軽に呼ばれるようになるぐらいとのこと。でもお米はちゃんといただきました。さすがは托鉢のスペシャリスト、キャリアが違う。

 

 

「第4回福島・新潟県境をまたぐ!只見線列車内プロレス」
★10月3日=JR上白川駅~只見駅列車内(観衆40人)
▼列車内プロレス只見線ランブル(5人参加)
ビッグ・THE・良寛(14:28、横入式エビ固め)シーサー王
※良寛が2年連続電車王となる。退場順=鈴木敬喜、シマ重野、HUB、シーサー王

 

闘い終えて、キハちゃんから健闘を称えられるプロレスラーの皆さん。ちなみに誰よりも只見線を知り尽くすキハちゃんのこの試合に対する評価は「う~ん、40点ぐらいかな」とけっこう辛口(なぜこの数字なのか、鉄道メイニアにはわかるはず)。

 

 

2年連続列車の中で勝利をあげたプロレスラーは世界広しいえど良寛さんたった一人と思われる。それもそのはず、出発前に近くの神社へ寄って昨年度の木製優勝カップを傍らに置き、必勝祈願をしてきたというのだ。仏の教えを唱えるのが本業にもかかわらず、こういう時は神頼みにも走れるあざとさ…いや、したたかさはプロとして見習わなければなるまい。

 

 

そんなこんなで10:32、列車は只見駅に到着。ここでも選手&スタッフは記念撮影。いやー、誰もケガすることなく(さらには列車を壊すことなく、倒木もなく)終えられてよかったよかった。

 

 

駅を降りた一行は徒歩5分の只見振興センターへ。そこには前日のうち新潟勢によって設営されたリングがあった。昨年は前夜に台風が直撃し(それで倒木が発生した)リングが作れず、センター内の体育館で試合をおこなったが、今回は広い空と山の緑に囲まれた中でプロレスが見られる。

 

 

そして客席もソーシャルディスタンスを取るということで四方に並べるのではなくイスを円にして設置。四角いリングを丸で囲むという画期的な形に。リングサイドからこれほど離れれば、鉄柱もさほど気にすることなく観戦できる。

 

 

12:00までは屋台でおいしいものを食べながらくつろぎ、いよいよリングを使った試合へ。ここでも屋台の並びから現場実況をおこなった。リングアナウンサーとの兼任であるのをいいことに、こういう時ぐらいしかじっさいの試合でフザケたコールはできないだろうと、シーサー王の体重を「620kg」と告げたところ、試合後にいたいけな少年がシーサーさんに「ねえ、本当に体重620kgもあるの?」と真顔で確認していた。私は一つ、罪を背負って生きていかなければならなくなった。

 

 

控室に充てられた振興センターから選手が登場するたびにチビッ子たちが狂喜して駆け寄ってくる。というのも、前回は列車内プロレスの前日に只見小学校を訪問していた。今年はコロナ禍により学校行事ができなくなっているため見送らざるを得なかった。その分、子供たちは再会を心待ちにしていたのだ。

 

 

チャリティーマッチは重野&シーサー王vs鈴木&HUB。若い鈴木にとって、HUBとのタッグはいい経験になる。中盤まではやはりローンバトルを強いられたが、列車内プロレスのコンセプトを体現するかのごとく諦めずに耐えまくる。

 

 

その頑張りを受けてHUBも躍動。山の上から、そして家の屋根から舞い降りたかのようだ。

 

 

新潟プロレス代表・重野もニールキックやノータッチトペでやんやの拍手を受ける。最後は、粘る鈴木を垂直落下式ブレーンバスターでしとめ、山をバックに勝ち名乗り。

 

 

★10月3日=福島・只見振興センター前特設リング
▼只見線復旧応援チャリティープロレス(時間無制限1本勝負)
◯シマ重野&シーサー王(21:37、片エビ固め)HUB&鈴木敬喜●
※垂直落下式ブレーンバスター

 

試合を終えた重野代表は、今年も列車内プロレスを開催できたことへの感謝の念と、また来年会いましょうと約束。2022年の全面復旧までは何があっても続けたいというのが、新潟プロレスの思いだ。

 

 

試合後はキハちゃんが只見線復旧復興基金への寄付を呼びかける。どうやら、お忍びで只見町までマスターことザ・グレート・サスケも来ていたらしく、しっかり募金に協力していた。

 

 

13:00には只見駅に戻り、列車の到着を待つ。時刻表を見ると、上りである会津若松方面が不通となっており真っ白。そして路線図には「只見駅~会津川口駅間代行バス」と書かれている。

 

 

13:18、たくさんの思い出とともに只見駅を出発。選手たちが見送ってくれた。HUBさんはハブらしく手ではなく尻尾を振っていた。

 

 

列車が見えなくなると、選手たちは振興センターへ戻りリング撤収。この間も地元のチビッ子たちがお手伝いをしてくれたばかりか、車が去るまでずっと手を振ってくれていたという。こんなことされたら、また来年も会いたくなるやろ。HUBさんがツイートしてたわ。「ヤバい!電車プロレス最高ー!!」「撤収作業もお手伝いしてくれた近所の子供達と。お見送りも見えなくなるまでしてくれてありがとう!癒やされたなぁ~カワイイなぁ~」って。

 

 

一方その頃、こちらは越後須原へ着くまでの1時間10分ほど車内アナウンス用のマイクを使い「列車内プロレス談義」をやらせていただいた。これは去年、倒木により大白川駅での試合を終えたあと急きょチャーターしたバスで只見まで向かった時にやったことを、列車が走行している最中にやれば史上初になるだろうと考え、目黒さんに打診したものだった。JR東日本さんのご理解を得てやらせていただいたのだが、トークショーとは違いラジオのDJ感覚。自分のいるのは2両目の最後部で、1両目の皆さんが遥か彼方に見える。

 

そこでは、先ほどまで奮闘していた鈴木選手が高校時代に文化祭へ大谷晋二郎率いるZERO1を呼びたくて署名を集めながら「当校にプロレスという教育は必要ない」との理由で学校側が認めず、夢を実現させずに終わったこと。しかしそこから中央大学レスリング部へ進み、新潟プロレスの門を叩いてプロレスラーになり、今年2月に大谷選手と一騎打ちで闘った物語を紹介させていただいた。

 

週プロモバイル編集長時、ZERO1のオッキー沖田リングアナウンサーからそうやって頑張っている高校生がいることを聞き「日刊週モバ野郎」でとりあげた。その青年がまさか鈴木選手だったとは、大谷選手とのシングルマッチが実現するまで知らなかった。「あの時の夢は実現せずとも、鈴木選手はプロレスになって違う形で夢を実現させました。そんな鈴木選手のことを、列車内プロレスに参加した皆様に応援し続けていただきたいです」

 

質問コーナーでは、手をあげていただきいったんマイクを置いて隣の車両までいって聞いてから戻って答えをアナウンスるというやり方。出発から到着まで列車の中で喋りが流れているというのもこの空間だけだろう。帰りだけに疲れて休みたい方もいたと思われるが、おおむね聴いてくださったようで何より。これは来年もやらせていただきたいと思う。

 

14:26、越後須原へ到着。そこでは恒例のイベント限定ラベルが貼られた新米コシヒカリの直売もおこなわれた。生産者の「こめ、つくります。」さんによると、まだ4~5割の稲刈りを残しながら列車内プロレスにへ間に合うよう刈り取り、検査、商品化したものだという。一番大きな5kgを購入し、山登り用のリュックに入れたところ浦佐駅で取っ手を持ってあげたらバツン!と切れてしまった。5kgの重みの恐ろしさを知った。

 

 

さっそくその日、家に戻って食べたが日本に生まれてよかったという味わいもいっしょに楽しめます。来年は鈴木健.txtピンのラベルのものをわたくしの購入用に作ってくださるとことに無理やり合意していただきましたので、そちらも楽しみにしております。

 

須原の駅に着いた時、今年は密を避ける理由から参加者の集合写真は撮らなかった。来年こそ、再会したあかつきには思い出の一枚を皆さんと撮影できたらと思っています。
(写真協力:新潟プロレス&只見線県境プロレス実行委員会)

 

【関連リンク】

NHK NEWS WEB「JR只見線 車内でプロレス観戦 “何度も立ち上がる姿で元気を”」(動画あり)