KEN筆.txt

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鈴木健.txtブログ――プロレス、音楽、演劇、映画等の
表現ジャンルについて伝えたいこと

【著書情報】
〔書名〕虎ハンターの美学
〔著者〕小林邦昭/鈴木健.txt
〔発行〕玄光社
〔価格〕単行本四六版288ページ/2200円+税
〔発売日〕2025年10月21日
〔ネット販売〕Amazon
〔電子書籍〕Kindle 楽天Kobo
〔著者インタビュー〕
カクトウログ 闘魂に憧れ、逸材を導いた小林邦昭


〔書名〕髙山善廣評伝 ノーフィアー
〔発行〕ワニブックス
〔発刊日〕2025年3月15日
〔価格〕単行本四六版432ページ/2500円+税
〔ネット販売〕Amazon
〔電子書籍〕Kindle 楽天Kobo
※本書の売り上げの一部はTAKAYAMANIAに寄付されます。ご購入いただくこと、周知していただくことが髙山選手の支援となります。よろしくお願いします
〔Audible版〕ナレーター:中川典。11時間51分/3500円 Amazon Audible
〔著者インタビュー〕
ダ・ヴィンチWeb “プロレス界の帝王”がリングを降りた日から8年――試合で重傷、リハビリの日々を過ごす髙山善廣を物語に刻む『NO FEAR』誕生秘話
ウェブマガジンVITUP! あの事故から8年…“帝王”たる所以を知る一冊「髙山善廣評伝 NO FEAR」著者に聞く
「髙山善廣評伝 NO FEAR」著者が語る“プロレス界の帝王”の人を惹きつける絶大なパワー
カクトウログ ノシ歩いたはずなのに信用を得た男 髙山善廣評伝著者インタビュー前編
曲別DL時代にアルバムを聞く意味 髙山善廣評伝著者インタビュー後編


【note販売マガジン】
「鈴木健.txtの体感文法講座」テキスト版基本ルール編
〔価格〕8記事/1500円(1記事単価は300円)
文章講座で教えている内容をテキスト化しました。ここでは基本的なルールをわかりやすくまとめています
①1文字=○円のお金を払ってもらっているという意識
②くどい文章にならないためのポイント
③句読点&改行の位置は呼吸によって決まる
④リズミカルな文章はストレスなく読み切れる
⑤同じ助詞が続くのを避けることと、逆接語の使い方
⑥かな、カナ、漢字、数字…一つの言語で複数の表記がある日本語の使い分け
⑦感嘆符における「大技は乱発しないからこそ大技」
⑧括弧の使い分け方&言い切りと推測を一緒に用いない

【イベント出演情報】
チバテレ放送番組「大和ヒロシの千葉プロレス百景」公開収録
★6月25日(木)巣鴨・闘道館(18:30開場/19:00開始)
〔出演〕大和ヒロシ、ジグザグジギー宮澤、望月彩、塚越智朗、鈴木健.txt
〔入場料金〕前売り3500円、当日4000円
〔内容〕
第1部:スペシャルLIVE
第2部:公開収録
第3部:物販
〔チケット購入法〕
◎前売り券ウェブクレジット決済:https://toudoukan.com/products/20260625_yamato
◎メール&電話&店頭予約:闘道館(TEL03-5944-5588/way@toudoukan.com)まで①イベント名②氏名③当日連絡がとれる電話番号④申し込み人数⑤イベントを知った経緯をお伝えください
◎当日券:イベント当日に闘道館にて購入。当日料金が加算されます
※前売り券ウェブクレジット決済→メール&電話&店頭予約→当日券の順での入場となります
〔イベント詳細〕https://toudoukan.com/blogs/event/20260625_yamato


闘道館presents「鈴木健.txt対決シリーズSeason7 Vol.77~渡瀬瑞基の我がトンパチ☆ライフ」
★7月12日(日)巣鴨・闘道館(16:30開場/17:00開始)
〔出演〕渡瀬瑞基(ガンバレ☆プロレス)
〔進行〕鈴木健.txt
〔入場料金〕前売り3500円、当日4000円
〔プレミアムツーショット撮影権〕1人1000円
※当日開場時に2階イベントスペース入り口にてお申し込み&お支払いください
〔内容〕
開演前:鈴木健.txt余興演奏
・第1部:お笑い芸人からプロレスラーへ。DNAとガンプロ、そしてデスマッチ
・休憩時間後、プレミアムツーショット撮影会
・質問コーナー
・第2部:渡瀬瑞基トンパチ伝説を自ら語る
〔チケット購入法〕
◎前売り券ウェブクレジット決済:https://toudoukan.com/products/20260712_versus77
※チケット購入順に整理番号(開場時の入場順)が発行されます。購入後のメールにQRコードと整理番号が記載されます
◎メール&電話&店頭予約:闘道館(TEL03-5944-5588/way@toudoukan.com)もしくは鈴木健.txtメールアドレス kenpitsu.txt@gmail.com まで①イベント名②氏名③当日連絡がとれる電話番号④申し込み人数⑤プレミアム撮影会希望〇or×⑥イベントを知った経緯⑦今後、対決シリーズに出演してほしい選手・関係者をお伝えください
◎当日券:イベント当日に闘道館にて購入。当日料金が加算されます
※前売り券ウェブクレジット決済→メール&電話&店頭予約→当日券の順での入場となります
〔イベント詳細〕https://toudoukan.com/blogs/event/20260712_versus77


闘道館presents「鈴木健.txt対決シリーズSeason7 Vol.78~ガンバレ☆まなせゆうなにエールを!」
★8月9日(日)巣鴨・闘道館(16:30開場/17:00開始)
〔出演〕まなせゆうな(ガンバレ☆プロレス)
〔進行〕鈴木健.txt
〔入場料金〕前売り3500円、当日4000円
〔プレミアムツーショット撮影権〕1人2000円(売り上げの全額をまなせ選手にお渡しします)
※当日開場時に2階イベントスペース入り口にてお申し込み&お支払いください
〔内容〕
開演前:鈴木健.txt余興演奏
・第1部:「“女の自分”だからこそできた戦いと“女の自分”だからこそ伝えられること」
・休憩時間後、プレミアムツーショット撮影会(まなせ選手へのプレゼントがある場合は、直接手渡しできます)
・質問コーナー
・第2部:リングの外から見たガンバレ☆プロレスの仲間たち
〔チケット購入法〕
◎前売り券ウェブクレジット決済:https://toudoukan.com/products/20260809_versus78
※チケット購入順に整理番号(開場時の入場順)が発行されます。購入後のメールにQRコードと整理番号が記載されます
◎メール&電話&店頭予約:闘道館(TEL03-5944-5588/way@toudoukan.com)もしくは鈴木健.txtメールアドレス kenpitsu.txt@gmail.com まで①イベント名②氏名③当日連絡がとれる電話番号④申し込み人数⑤プレミアム撮影会希望〇or×⑥イベントを知った経緯⑦今後、対決シリーズに出演してほしい選手・関係者⑧まなせ選手への応援メッセージをお伝えください
◎当日券:イベント当日に闘道館にて購入。当日料金が加算されます
※前売り券ウェブクレジット決済→メール&電話&店頭予約→当日券の順での入場となります
〔イベント詳細〕https://toudoukan.com/blogs/event/20260809_versus78


「鈴木健.txt対決シリーズSeason7 EXTRA~FREEDOMS横浜武道館大会公開記者会見&佐々木貴デビュー30周年記念トーク」
★8月23日(日)巣鴨・闘道館(12:30開場/13:00開始)
出演〕佐々木貴ほかプロレスリングFREEDOMS所属選手、9・6横浜武道館大会参戦選手
〔進行〕鈴木健.txt
〔入場料金〕前売り4000円、当日4500円(会見出席全選手の寄せ書きサイン色紙&会見出席全選手との集合写真撮影権つき)
〔内容〕
・第1部:FREEDOMS横浜武道館大会公開記者会見
・選手物販&フリーマーケットタイム(30分~45分を予定)
・第2部:佐々木貴デビュー30周年記念トーク
※第2部終了後も一部選手の物販があります
◎前売り券ウェブクレジット決済:https://toudoukan.com/products/20260823_versus_ex
※チケット購入順に整理番号(開場時の入場順)が発行されます。購入後のメールにQRコードと整理番号が記載されます
◎メール&電話&店頭予約:闘道館(TEL03-5944-5588/way@toudoukan.com)もしくは鈴木健.txtメールアドレス kenpitsu.txt@gmail.com まで①イベント名②氏名③当日連絡がとれる電話番号④申し込み人数⑤イベントを知った経緯⑥今後、対決シリーズに出演してほしい選手・関係者をお伝えください
◎当日券:イベント当日に闘道館にて購入。当日料金が加算されます
※前売り券ウェブクレジット決済→メール&電話&店頭予約→当日券の順での入場となります
〔イベント詳細〕
https://toudoukan.com/blogs/event/20260823_versus_ex


【TV出演情報】
■サムライTV「プロレスリングFREEDOMS7・9後楽園ホール大会中継」:7月16日(木)22:00~24:00/リピート放送:7月18日(土)15:30~17:30、7月24日(金)23:00~25:00、7月26日(日)19:00~21:00、7月29日(水)15:30~17:30、7月31日(金)19:30~21:30
※実況;塩野潤二、コメンテーター:鈴木健.txt

■サムライTV「2AW 6・21TKPガーデンシティ千葉大会中継」:7月2日(木)22:00~24:00/リピート放送:7月4日(土)13:30~15:30、7月8日(水)23:00~25:00、7月14日(火)13:30~15:30、7月20日(月)15:30~17:30、7月23日(木)22:00~24:00、7月26日(日)13:00~15:00
※実況;塩野潤二、コメンテーター:鈴木健.txt

■サムライTV「みちのくプロレス6・12後楽園ホール大会中継」:6月24日(水)23:00~25:00、6月26日(金)19:30~21:30、7月2日(木)16:30~18:30、7月5日(日)13:30~15:30、7月8日(水):15:30~17:30、7月17日(金)17:30~19:30、7月21日(火)13:30~15:30、7月27日(月)15:30~17:30
※実況:村田晴郎、コメンテーター:鈴木健.txt

【ウェブ番組出演情報】
■ZAIKO「天龍プロジェクト6・17新木場1stRING大会生配信」:https://tenryuproject.zaiko.io/e/reborn-future-vol2
※解説:天龍源一郎、実況:鈴木健.txt。6月24日(水)23:59までアーカイブ視聴可

■WRESTLE UNIVERSE「DDT×新日本一面対抗戦6・8後楽園ホール大会生配信」:https://www.wrestle-universe.com/ja/lives/eWi5nUvRsbay2N2kTEHBE5
※実況:村田晴郎、ゲスト解説:上野勇希、コメンテーター:鈴木健.txt

■YouTube「GLEAT6・4新宿FACE大会生配信」:https://www.youtube.com/watch?v=Q5TG2Ayr2-4
※コメンタリー実況:鈴木健.txt

【執筆・編集情報】
〔誌名〕2AWオフィシャルパンフレットVol.25
〔価格〕オールカラー20ページ/1000円
〔発売開始日〕6・21TKPガーデンシティ千葉大会より
〔内容〕パンフレットとしては異例の6ページにもわたる吉田綾斗インタビュー「私は悪くない、絶対に!!」を執筆


〔サイト名〕DDTプロレスリング公式サイト
〔6月18日更新〕プロレスラー・青木真也を理解するためのインタビュー「僕もDDTに対する帰属意識があるんだと今、思いました」

〔サイト名〕くいしんぼう仮面note
〔6月18日更新〕「くいしんぼう仮面!万才」連載第32回「ファン時代のあこがれの選手と対面したノア参戦。初の自主興行の裏にデルフィンの進言あり」

〔サイト名〕GLEAT公式サイト
〔6月15日更新〕6・20北沢タウンホールでデビュー…山本丈はこんな男だ!「プロレスファンから当たり前のように自分の名前があがる選手になりたい」

〔サイト名〕ジャスト日本のプロレス考察日誌
〔6月14日更新〕私とプロレス 鈴木健.txtさんの場合 最終回「楽しんだもの勝ち」

〔サイト名〕FIGHTING TV サムライ公式サイト
〔6月1日更新〕鈴木健.txtの場外乱闘番外編
※サムライTV版第112回はみちのくプロレス・MIRAI選手ロングインタビュー。「ハヤトさんとは、修羅行の中でやろうという話をしました」


〔誌名〕月刊スカパー!2026年6月号
〔発行〕ぴあ株式会社
〔価格〕760円
〔発売開始日〕5月25日(月)
〔内容〕連載「鈴木健.txtの場外乱闘」第143回のゲストはみちのくプロレス・MIRAI選手。「岩手×プロレス…自分が好きなものの懸け橋に」

BGM:POLYSICS『Too Much Paranoias』(DEVO COVER)

 

よく自身の歴やのめりこみ度を表す言い回しとして「100回見た」(店の常連だと「100回来た」)というものがありますが、正確に数えた上で本当にそれを達成したのは、人生で初めてかもしれません。私が愛するバンド・POLYSICSのライブ参戦が、昨日のCLUB QUE公演で100回に到達しました。

 

もちろんこれほど多く見たアーティストはほかになく(2番はおそらくP-MODEL+平沢進+核P-MODEL)、ダントツに足を運んできました。しかも以前は東京近圏に限らず“追っかけ”をするほど、のめりこんでいました(正確には過去形ではなく現在形)。

 

これもひとえに、私が初めて見た1999年よりも前から現在まで活動を続けていただいているからこそ。メンバーご一行及びスタッフの皆様には、本当に、感謝しかございません。YMOとP-MODEL、そしてPOLYSICSと出逢わなかったら、自分の人生の中で音楽のプライオリティーは今ほど高くならなかったと思います。

 

以前に何度か書いていますが、私が十代~二十代に夢中となったバンドは軒並み活動休止、解散してしまっていました。YELLOW MAGIC ORCHESTRA、プラスチックス、P-MODEL(ヒラサワソロとして続いているからいいようなものの)、TM NETWORK、REBECCA、バービーボーイズ、JAPAN…最近は時を経て再結成、復活ライブを見せてくれるケースも増えましたが、若い頃はそのようになるなど想像していなかったので一つ、またひとつとライブで見られないバンドが増すごとに落ち込んだものです。

 

POLYSICSのメンバーと初めて顔を合わせたのは、2001年のライブの打ち上げだったと記憶しています。知り合いの音楽ライターさんの知り合いが当時、POLYをよく掲載していた雑誌『GiGS』の編集者・梶原さんで、つないでいただいたことから「じゃあ、メンバーに紹介しますよ」と連れていっていただいたのだと思われます。

 

メンバーの間では「毎回、ライブのアンケート用紙にものすごく長文で感想を書くファンがいる」と認知されていたようで、初対面で「ああ、あなたが!」となったという。あの頃はSNSもなかったから、やたら熱量高めの文を書き殴っていた気がします。

 

初めてお会いしたメンバーだけでなく、スタッフの方々もみな「いい人たちだなー」と思えたのが第一印象。ライブ後の打ち上げってもっと荒れるものだと思っていたので、スマートに楽しく盛り上がる場の雰囲気が、私にとってのPOLYのイメージとなりました。

 

それで、これはリーダーのハヤシ君(馴れ馴れしく呼ばせてください)に今も言うと笑われるのですが、初対面でありながら私は前述した「自分が好きになるバンドは解散してしまう」という話をしたのです。「だから聴くことを避けていました。聴いたら絶対のめりこむようになるのは明らかだったから」と。その時もハヤシ君は笑って聞いていました。初めて会う人間が、まだまだ若くてこれからがあるバンドに対し、何を言ってんだとフツーはなりますよね。

 

黄色いツナギのヴィジュアルインパクトを見た瞬間、一度も聴かぬうちにこっち方面の音楽をやっていることはわかりました。だから“解散バンド製造機”のような自分は絶対、タッチしてはならないと我慢していたのです。

 

でも1999年6月29日、渋谷ON AIR EAST(現O-EAST)で開催された「Future Screen of Tokyo New Wave」なるイベントに改訂P-MODELが出るということで見にいくと、その日の対バンでPOLYSICSが出演していました。嗚呼、導かれてしまった…。

 

その時は白のツナギで、まあどれも一発聴いただけで血中に染みわたり、体内をハイスピードで循環していく曲ばかり。またたく間に持っていかれました。しかも、あとあと考えるとこの日はフミさんがサポートベースで入った一発目のステージというめぐり合わせ。

 

もうこれは、逃れられないとなりました。それでワンマンが見たくなり、1年5ヵ月耐えたものの全国ツアーで東京へ来るまで待てず名古屋に飛ぶという手の平返しっぷり。

 

そこからはPOLY街道(水戸街道みたい)をバク進しました。当時は週刊プロレスへ在籍していたのですが、不思議なもので大阪や札幌など出張へいく前日にちょうどライブがあり、前乗りすればいけるというよきタイミングも何度かありました。

 

好きなバンドが解散するトラウマに囚われた私は、見られるうちに見られるだけ見てやろうという思いでPOLYを追いかけました(それもハヤシ君に言ったことがある)。そして、毎回ライブ後に思うのが「いつまでも活動を続けてほしい」でした。

 

その通り、POLYSICSは今年3月で活動29年を迎えました。これほどのキャリアを重ねながら音楽に向ける姿勢が変わることなく、二十代の頃と同じテンションでギターをかき鳴らし、ベースで空気を振動させ、機械よりも正確なドラムを叩き、ロックなサウンドに電子音がピュンピュン乗せている。本当に唯一無二のサウンドを全身へ浴びせてくれます。

 

POLYSICSの姿勢で何よりも共感するのは、面白いと思ったことを雑談や「くだらない」で終わらせることなく、ちゃんと形にする実行力です。「2日間で100曲演る」や「イントロが鳴るまでどの曲かメンバーもわからない」といったものは、普通ジョークで終わらせる話じゃないですか。でも、POLYは本当にステージで見せてくれるんですよ。

 

この「面白そうじゃん」と思ったらメンバーもスタッフもノリノリでやってしまうのが(労力がとてつもないのをわかっていながら)、私が長くこのバンドを追い続ける上での原動力にもなっていると思うんです。昔は「テクノって飽きるでしょ」なんて言われましたけど、POLYに関してはまったく飽きがこない。まあ、これほどその成分の血中濃度が高くなったら、飽きるはずないんだけど。

29年間で何度かメンバーチェンジもありましたが、今でもたまに元メンがライブに来て和気あいあいとなります。それもPOLYSICSという場所の特性であり、リーダー・ハヤシ君の人間性だと思います。今年2月のライブで、久々にすがいっち(元ドラマー・スガイ。馴れ馴れしく呼ばせてください)に会えたのは嬉しかったなあ。

 

そして、この20年で私が誰よりも思い入れを持って見ているのは、現ドラマーのヤノ(馴れ馴れしく呼ばせてください)なんだと思います。新メンバーとして加入した一発目のライブから見続け、その中で成長していく過程を追っているからです。

そのヤノの誕生日ライブが、記念すべき100回というめぐり合わせ(しかも会場も初ステージの時と同じQUE)。昨日のヤノは凄かった。POLYの誕生日ライブは主役が一番負担を強いられるわけですがw あの体のどこからこんなパワーが湧いてくるのかと思わせるほどの大爆音。「これ、何かに対する怒りをぶちまけて叩いてんじゃね?」と思えるような衝撃音(この言い回しがしっくりくる)をクールに、ソリッドに刻んでいるのは、完全にヤノのオリジナルスタイルだなと思えました。

 

2年前の“ヤノ誕”でプレゼントした高橋幸宏スタイルのスティックを、ライブでも使っていただいています。彼は幸宏さんと同じ誕生日…まるでドラマーになるため生まれてきたような男です。

 

27年間見てきて昨夜は、もっともロックバンドとしてのPOLYSICSを投げつけられた気になりました。当たり前ですが、現在のライブ会場に集うオーディエンスの中で、私は上から数えた方が早い年齢です。ちゃんと、キャリアを重ねるごとに若い世代のファンが入ってきています。

 

彼ら、彼女たちも私のようになんらかの初期衝動でPOLYと出逢い、音を浴びるためにライブへ参戦しているのでしょう。その縦揺れする姿を会場後方から眺めながら「この光景がまだまだ続けばいいな」と思うのです。

 

……あれ? こんなに長く文を書くつもりじゃなかったのに、気がつけば! アンケート用紙にも、こういう感じで書いていたんでしょうね。ただ、これまで見たライブのデータを羅列するだけのはずが、思いのたけを書いてしまいました。お付き合いいただき、ありがTOISU!!!  

 

そして…音楽専門のライターではない、それ以前に単なるファンの自分に対し、何年経ってもフレンドリーに迎えてくれるPOLYSICS。本当に、身に余る思いです。そんな私が返せる恩は、ライブに足を運ぶことぐらいしかできないので、これからもメンバーご一行様、よろしくTOISU!!!  次は101回目、リーダーの誕生日ライブに参戦します。

 

<1999>1
001 06.29渋谷ON AIR EAST
フミ、サポートメンバーとして初ステージ。私にとっての初POLY
<2000>2
002 12.02名古屋CLUB QUATTRO

初ワンマン。1曲目『サニーマスター』をSEではなく生演奏(しかもだんだんBPMが速くなる)で演ったのがカッチョよかった
003 12.19赤坂BLITZ
すがいっちがMCで「ブリッツ~、ブリッツ~、OH、ブリッツ~」と即興で歌い、1曲得した気分w
 

<2001>9
004  04.12NHK505スタジオ

公開収録ライブに当選し、初めてNHK内に。スタジオでのライブだったためステージと段差がなくすっげー至近距離で見られる
005  04.24渋谷TOWER RECORDS
006  06.01札幌ペニーレーン

POLYを見るためだけに札幌へ!
007  06.22名古屋CLUB QUATTRO
008  06.30渋谷AX

確かこのライブ後の打ち上げでメンバーと初対面

POLYSICS WORLD TOUR 2001 NEW WAVE JACKET
009  08.15下北沢SHELTER
010  08.21千葉LOOK
011  09.27渋谷CLUB QUATTRO

この時、対バンしたことでTHE JERRY LEE PHANTOMとも出逢えた。復活して!
012  11.02東京薬科大学記念体育館
大学の体育館にて、体育座りで見るというある意味貴重な体験
 

<2002>9
013  01.18新宿リキッドルーム
014  05.07新潟JUNK BOX mini

この時の打ち上げで、メンバーと初めて撮影(チェキ)

 


 

015  05.28渋谷CLUB QUATTRO
016  06.27NHK505スタジオ
017  09.06横浜FAD
018  09.17前橋club FLEEZ

寒雨が降る中、数十人しかオーディエンスがいなかった。そこから日本武道館まで到達したんだぜ
019  09.18千葉LOOK
020  10.10渋谷CLUB QUATTRO
021  11.02明治学院大学白金メインアリーナ

当時はけっこう学祭にも出演していて、普段のライブとは違う趣きがよかった

<2003>8
022  02.07渋谷CLUB QUATTRO

このライブ後、3月19日にリリースされた『DVDVPVDVLIVE!!』の裏ジャケに起用していただく。ヤノいわく「初対面時に『DVDの裏ジャケの人だよ』と紹介されたので、ライター以前にそのイメージが強い」とのこと。ちなみに、この時に履いたジーンズはフミさんからの借り物(私はジーンズ一着も持っていません)

 


023  04.02渋谷CLUB QUATTRO
024  04.24新宿LOFT

〔サポートドラマーとしてイシマル加入〕
025  06.14横浜FAD
026  06.28札幌KRAPS HALL

このライブで演ったDEVOの『Too Much Paranoias』が本当にカッコよくて、いまだに忘れられない
027  07.10渋谷CLUB QUATTRO
028  09.02新宿red cloth

このライブ後、翌日が自分の誕生日ということでフミさんにお祝いしてもらう。恐縮です
029  10.30渋谷TOWER RECORDS

<2004>12
030  01.31心斎橋CLUB QUATTRO
031  02.13渋谷O-EAST
032  04.11新宿LOFT
033  05.30下北沢CLUB QUE
034  05.31下北沢CLUB QUE
035  06.01下北沢CLUB QUE
036  06.02下北沢CLUB QUE
037  06.03下北沢CLUB QUE
038  06.04下北沢CLUB QUE
〔ヤノ加入〕
039  06.05下北沢CLUB QUE

CLUB QUE 7DAYSを完走。1日だけプロレスの取材と重なったのだが、それが近くの北沢タウンホールだったため、ハシゴできたという奇跡! そしてその最終日にヤノが加入

 

▲この時、7DAYS皆勤の人は半券7枚を送るとメンバーからプレゼントが贈られるという企画があり、ダメ元で応募したところ当選してしまう。もちろん知り合いだからと選んだのではなく、本当に抽選したところメンバーが引いてしまい、ざわついたらしい。その時のプレゼントがこのTシャツ。同封されたメンバーからのメッセージは「おめでTOISU!!!」「当たりました!」「当たった…」「当たっちゃいましたね…」と、驚きがにじみ出たものだった。これ以後はファンの方々が優先されるべきと思い、このテのものに応募するのは控えました


040  08.25千葉LOOK
041  11.12心斎橋CLUB QUATTRO


<2005>3
042  05.01柏ZAX

この日もTHE JERRY LEE PHANTOMと対バン。楽屋へ挨拶にいった時、JLPのキーボディスト・鮎子さんと遭遇し、ド緊張する
043  06.11恵比寿LIQUID ROOM
044  12.18横浜FAD


<2006>3
045  01.21恵比寿LIQUID ROOM
046  11.09千葉LOOK
047  12.11恵比寿LIQUID ROOM


<2007>6
048  02.28下北沢CLUB QUE

蘇った偉大なる頭脳
049  03.04渋谷AX
050  04.10HEAVEN'S ROCKさいたま新都心VJ-3
051  06.02日比谷野外大音楽堂

P-MODELを見た野音でPOLYを見るという感慨
052  10.04下北沢CLUB QUE
053  12.01Zepp Tokyo


<2008>6
054  04.14赤坂BLITZ

ブリッツのブの字はブサイクのブ~♪
055  06.29新木場STUDIO COAST

056  08.11渋谷AX

DEVOとの夢のツーマン!
057  12.03渋谷AX
058  12.04渋谷AX

普段はアリーナ後方で見ているのに、この日だけ思い立ち最前にいったら、モッシュの洪水に巻き込まれ死にそうになる。前にいくのはわずか1日で引退しました
059  12.05渋谷AX

<2009>6
060  04.09渋谷CLUB QUATTRO
061  04.21恵比寿LIQUID ROOM
062  04.22恵比寿LIQUID ROOM
063  09.15下北沢CLUB QUE
064  10.20新宿LOFT

NICE AGEな2009年に、とっつきやすくないPOLYSICS
065  11.21Zepp Tokyo
喜・怒・音・楽/POLYSICS 11・21Zepp Tokyo
 

<2010>3
066  03.14日本武道館

日本武道館に立った画を感じたかったので、アリーナではなくスタンド1Fにした。本当に、忘れられない情景

『音楽と人』寄稿はカヨの置き土産

We love POLYSICS,Thank you BUDOKAN
〔3人編成〕
067  10.01下北沢CLUB QUE

正直、カヨの脱退で解散してしまうのかとも思ったが、そんな不安を吹っ飛ばすライブ

帰ポリ/POLYSICS CLUB QUE LIVE
068  11.05恵比寿LIQUID ROOM

ストレートバンドが一直線の道を往く/POLYSICS 恵比寿リキッドルームLIVE

<2011>3
069  03.04渋谷AX

HEAVY FREEDOM POLYSICS/2011.3.4渋谷AX LIVE
070  07.15赤坂BLITZ

直接的刺激音と再構築作業による緩和…POLYSICS赤坂BLITZライヴを浴びて
071  12.04新木場STUDIO COAST
「1000の次は1001」――POLYSICS新木場ライヴと来年3月の15周年について考えたこと
 

<2012>4
072  03.03渋谷AX

器はスペシャル、中身は999回分のPOLYSICS。そこへ1を加えることで現在が疾走した

073  03.04渋谷AX

楽しく、カッコよく、想像を超えてさらに味わい深く…それがPOLYSICS千一夜

POLYの取材を続けている音楽ライター・布施雄一郎さんとのUSTREAM配信の書き起こし

布施雄一郎×鈴木健.txt「TOISUtream」POLYSICS AX 2DAYS~前編

布施雄一郎×鈴木健.txt「TOISUtream」POLYSICS AX 2DAYS~後編

 

074  03.17福野文化創造センター円形劇場ヘリオス
BOOM BOOM SATELLITESとの対バンという俺得なライブ。夜行バスで往復。帰りのバスの中で、川島道行さんがしてくれたリツイートを見た時は思わず声をあげてしまいそうになるぐらい嬉しかった

 

075  12.08渋谷TOWER RECORDS

※実は12.20恵比寿LIQUID ROOM、筋肉少女帯とのツーマンにもいったのですが、仕事で遅れラスト2曲&両バンドによる『踊るダメ人間』しか聴けなかったのでカウントしません

<2013>2
076  03.03新木場STUDIO COAST
077  11.24恵比寿LIQUID ROOM

<2014>2
078  04.11Zepp DiverCity
079  11.21新宿LOFT

<2015>3
080  03.24代々木Zher the ZOO
081  09.10渋谷CLUB QUATTRO

 

 

082  09.11渋谷CLUB QUATTRO
そして驚異2日間で100曲達成。初日30曲、2日目70曲というアンバランスさが、ウルトラセブンに出てくるクレイジーゴンの両腕をオマージュしたのかと思った


<2016>1
083  06.12品川ステラボール

『Be Still。』が聴けるとは!という驚きに尽きたステージ。この曲、好きです

 

 

 

<2017>1
084  03.04豊洲PIT

初めて出逢った時の約束を果たしてくれた20周年…POLYSICSはPOLYSICS

<2018>4
〔ナカムラ加入〕
085  01.11千葉LOOK

こらえ性のない者たちの集会所で新体制POLYSICSを味わう
086  03.02恵比寿LIQUID ROOM
087  03.03下北沢CLUB QUE


088  11.30新代田FEVER

<2019>1
※03.29代々木Zher the ZOO(The Vocoders)
089  03.30代々木Zher the ZOO
※05.17原宿 ストロボカフェ(The Vocoders)
別ユニットのVocodersも好みでした。またやって

 

<2020>

コロナで一度もいけなかった年。配信ライブに癒される

 

 


<2021>1
090  10.13下北沢シャングリア

 

 

 

<2022>1
091  10.13下北沢シャングリア


<2023>2
092  03.03渋谷CLUB QUATTRO

 

 

093  03.04渋谷CLUB QUATTRO

 

※07.21高円寺HIGH(ハヤシソロ)

 

<2024>3
094  04.25下北沢CLUB QUE


095  06.06下北沢CLUB QUE


096  08.08下北沢CLUB QUE


<2025>1  
097  08.08下北沢CLUB QUE 

<2026>4
098  02.14荻窪TOP BEAT CLUB


099  04.25下北沢CLUB QUE フミ誕で99本目

『夢見る少女じゃいられない』のカヴァー、一回きりじゃもったいないよ!

 

100  06.06下北沢CLUB QUE  ヤノ誕で100本目!

 

▲立場上、ライブにいってもご挨拶するだけで写真をおねだりすることは控えているのですが、祝・100回ということで


101  08.08下北沢CLUB QUE ヒロ誕で101本目(予定)

BGV:フラワーカンパニーズ 『感情七号線』

 

古巣である週刊プロレスモバイルの連載コラム『週モバ野郎NOW』が2017年8月28日更新分をもって最終回を迎えました。遅れ馳せながら、2011年4月より355回分もの長い間、ご愛顧いただきました皆様へ改めて御礼を申し上げます。

 

終了が伝えられた時点で、ラストは髙山善廣さんのことを書こうと決めていました。5月4日の事故から4ヵ月が経ちなかなか続報が伝わない中で、それでも思いを持ち続けようという呼びかけです。あの時点では、誰もが力になりたいと思っていながら待つしかない状況でした。

 

最終回がアップされた1週間後に記者会見が開かれ、髙山さんの容態報告とTAKAYAMANIA設立が発表され、ようやく私たちは動けるようになりました。各団体・関係者の間でも募金活動が始まり、またたく間にその輪は広がっていきます。

 

それは事故から年1ヵ月が経過した今も、変わることなく続いています。今回の支援に関しては、本当に長期的な活動として継続する必要があります。呼びかける側も、そして支援をする側も一過性ではなく、髙山さんに対する思いを持ち続けるのが何より大切なのだと考えています。

 

これはコラムの最終回で書いたことでもあり、そして今後も変わらぬ姿勢として自分の中で位置づけられています。連載が終了し、現在もアーカイヴとして閲覧はできますが、もっとファンの皆様の目が届きやすいところで感じてもらうことはできまいかと週刊プロレス編集部に相談したところ、特例としてブログへの全文転載を認めていただきました。

 

ご理解と、そして髙山さん支援へのご協力をいただいた湯沢直哉編集長、相談に乗っていただいた奈良知之記者へ心より感謝申し上げます。髙山さんが我々のもとへ戻ってくる日まで、皆様へご協力をお願いする次第です。

 

何が正しくて何が正しくないのかの正解は一つではありません。人によって、価値観によって、状況や環境、立場によっていくらでも変わってきます。その上で、心へ芽生えた自分を突き動かす"動機"に対し、正直になってください。それが信念を育みます。そして、良識のもと信念に基づいた言動であればあなたにとっての正解です。

 

皆様の正直な思いや気持ちを、支援募金という形で我々はお預かりしているにすぎません。大切なのは一人ひとりの思いを髙山さんへ届けることだと思っています。それを忘れることなく、今後もご協力をお願いするべく呼びかけていきます。

 

 

☆        ☆        ☆

 

2013年1月に「ニコニコプロレスチャンネル」が開設されて4年間、髙山善廣さんはもっとも顔を合わせ、時間をともにしてきたプロレスラーでした。週一番組「ニコプロ一週間」の司会進行とレギュラーコメンテーターの関係で、そこに本誌前編集長の佐藤正行さんを加えた3人で毎週水曜に1週間ごとの主な大会やニュースを紹介し、それについて掘り下げていくというものでした。

 

髙山さんと私は昭和41年生まれの同い年、佐藤さんは1つ上なのでプロレスもそれ以外のジャンルに関しても蓄積が共通しており、当初は出来事をなぞっていくだけだったのが回を重ねるごとに会話が膨らむようになって、やがてグルーヴ感を覚えるほどの絶妙な呼吸ができあがっていきました。天然の佐藤さんに私が突っ込みを入れ、帝王が「ガハハハッ!」と豪快に笑いながらさらに突っ込む。自分の活動範囲だけでなく、あらゆる団体の話題について論客らしいコメントをし、そして楽しめるネタに関しては小学5年生へ還ったかのごとくウヒャウヒャする。

 

テレビの方はどちらかというとおカタいコメンテーターのポジションでしたが、こちらではプロレスならではの幅広さを心から楽しんでいるようで、水曜に試合があっても極力休むことなく大きな体でスタジオへ飛び込んできたものでした。「編集長っていうシンドい立場にいるとさ、この番組で好きなことを言えるのが心のオアシスみたいなものなんだよ」当時、佐藤さんはそう言っていました。おそらく、髙山さんも同じような気持ちで出演されていたのだと思います。

 

だから視聴者の皆さんはもちろん、共演するお二人にも楽しんでもらえるよう私は番組の内容をナビゲートしているつもりでした。髙山さんの誕生日が来ると、いいトシした二人のプロレスマスコミが生歌と生演奏で「ハッピーバースデー・ディア帝王」と祝福し、それを生番組でファンに見てもらい一緒にお祝いしていました。

 

▲2013年9月18日、髙山さんの誕生日前夜の生番組中にロールケーキとシャンパンで帝王を祝う

 

また髙山さんが地上波のドラマへレギュラーでキャストされた時には毎週触れて、それさえも話のネタにしともに笑い合いました。プロレスによって鍛えられているので、どんなジャンルでも膨らまして楽しめるのが我々三人の強みだったのです。

5月4日のアクシデントがあった以後、ニコプロ一週間から帝王の姿が消えました。私の左隣へ当たり前のようにあった大きな大きな体の存在感は、あれから4ヵ月が経とうとしている今もかすかなぬくもりのように残っています。

 

休みに入った以後も、ニコプロはオープニングVから髙山さんの箇所を抜いていません。出演時には毎週豊富なコレクションの中から着てきたTシャツを紹介していたのですが、それも私が引き継いでいます。髙山さんほど多くは持っていないので、ネタが尽きた頃には戻ってきてほしいという願かけでもあるのです。

 

でも…今の我々には、それぐらいのことしかできません。本当にたくさんの選手、関係者がなんとか力になりたいと思っています。でも現時点では、まだその段階ではありません。力になれる日が来るのを待ち続けるしかないのです。

 

あれ以来、一日で髙山さんのことを一度も思い浮かべなかった日はありません。私のような人間でさえそうなのですから、ご家族の辛さを察すると心が痛みたまらなります。そして何より、今なお孤独な闘いを続けている帝王の気持ちを想うと、何もできない無力さが情けなくて情けなくて。

「髙山は帝王です! 僕だってここまで回復してリングに戻ることができたんです。髙山、絶対大丈夫だからな! 負けるなよ!」

 

8月14日におこなわれた「カッキーライド」のエンディングで、垣原賢人さんは何度も帝王の名と「大丈夫」の言葉を口にしました。それは挨拶という形式的なものではなく、とめどなく体のそこからあふれ出てきて抑えきれぬ思いのたけでした。悪性リンパ腫と今も闘いながら、奇跡的な回復を遂げ夢にまで見たリングへ還ってきたのに、自分のことではなく盟友の力になりたいと泣きながら叫んでいる。

 

 

私はプロレスを通じて「人間は他者のために動いた時、とてつもないパワーを発揮する」ことを教わりました。これまで自分のために闘ってきた垣原さんは、その強さを髙山さんへの思いに乗せて使おうとしています。思いは無形のものであるからこそ、時空を超えて伝わる…そしてそれこそが今、私たちにできることなのだと信じています。だから皆さんも――。(2017年8月28日・記)

 

 

【髙山善廣選手の応援よろしくお願いします】

プロレスラーの髙山善廣選手が2017年のDDT5・4豊中大会試合中に負傷し、頸髄完全損傷という診断が下され現在、肩から下が動かない状況の中、厳しいリハビリ、ケガと闘っております。そんな髙山選手を応援する会「TAKAYAMANIA」が起ち上げられ、各プロレス団体協力のもと試合会場にて募金箱の設置、応援グッズ販売、支援イベントなどがおこなわれています。活動状況は髙山選手の公式ブログ https://ameblo.jp/takayama-do/ にて随時更新されていきます。当ブログを閲覧された皆様のご協力を、心よりよろしくお願い申し上げます。皆様からご協力いただきましたご厚意は、髙山選手の治療費等に寄付されます。ご賛同いただける方は、下記口座及びクレジットカードに募金をお振込いただければ幸いです。

 


 

〔銀行振込〕
★三菱UFJ銀行代々木上原支店
店番号137
口座番号:普通預金 0240842
口座名義:TAKAYAMANIA タカヤマニア
★みずほ銀行渋谷中央支店
店番162
口座番号:普通預金 1842545
口座名義:TAKAYAMANIA タカヤマニア
★三井住友銀行渋谷支店
店番654
口座番号:普通預金 9487127
口座名義:TAKAYAMANIA タカヤマニア 代表・髙山奈津子

※通帳は髙山選手の奥様がお持ちになられています
〔クレジットカード〕
日本語:https://secure.koetodoke.jp/form.php?to=13
ENGLISH:https://www2.donation.fm/takayamania-en/
〔TAKAYAMANIAお問い合わせ〕 
takayamania.staff@gmail.com

BGM:ハヤブサ『NEXT STAGE』

 

今では年に数えるほどしか更新しなくなった当ブログですが、2018年より毎年5月4日という節目の日には髙山善廣選手が刻んだ歩数を書くようにしています。そうすることで帝王がとてつもないロングバウトを闘っていることと、一歩ずつ着実に前へ進んでいることを感じ取っていただくためです。

 

あれ以来、5月4日という日が自分自身の誕生日や何かの記念日的なもの以上に深く刻み込まれた一日となりました。そして本日より、プロレスラー・髙山善廣の強敵との闘いは丸9年が経ち、10年目に入ります。この間、医学の常識さえも超えた姿を、公式YouTubeを通じて見せられるまでになりました。

 

 

いつも書いていることですが、自身の闘う姿を通じ見る者へ何かを伝え、訴えかけ、前向きな姿勢を与えるのがプロレスラーであるならば、髙山善廣はどこをどう切っても現役のプレイヤーです。リングに上がらずとも、これほど多くの人々の感情を揺さぶっているのですから。

 

この9年間、我々はリングへの帰還を待つとともに、そんな帝王の姿を見続けることで力を与えられてきました。そしてそれは、かかわるプロレスラーたちも同じなのだということを、一昨年より復活した「TAKAYAMANIA EMPIRE」で実感できます。

帝王がスペシャル解説を務めたメインイベントのタッグマッチ(鈴木みのる&丸藤正道vsKENTA&柴田勝頼)における4人の尋常ではないほどの熱量。毎回特別な空間となるEMPIREですが、そこに髙山選手の目があったことで明らかに過去3度とは違う意識が存在していました。

 


▲写真提供:カクトウログ


盟友の鈴木選手だけでなく、今現在の帝王の姿はあれから9年が経った今も有形・無形の影響をプロレス界に与えているのだと思いました。そんな中、4月5日に一人の男がリングを去りました。DDTプロレスリングの樋口和貞選手です。

 

樋口選手は帝王がDDTへレギュラー参戦したのを機に、ヘビー級の闘い方を学んだプロレスラーでした。あの日、勝俣瞬馬選手も含めたトリオを結成しており、現時点における髙山善廣最後のタッグパートナーです。

それだけに帝王への思いは強く、募金活動も率先して呼びかける姿がありました。そんな樋口選手が首のケガにより引退を決意したあと、髙山選手のもとへ報告しにいった時の話は、こちらにありますのでまだ読まれていない方はご一読いただきたく思います。
 

 

その中で樋口選手は「最後、握手してくださいって手を握ったら、グッと力を入れたのが伝わってきて、ちょっと動いたんです。すげえ!って思って。それもあってなんでしょうけど、帰りに街を歩いている時に『やめたくねえなあ…』って。引退することに対し納得して、仕方がないことだと理解している人間にそう思わせるほどの力が、髙山さんの手にはあったんでしょうね」と語りました。人の手を握る力によって、帝王は“DDTの強さの象徴”と呼ばれた男の心を大きく揺さぶったのです。

同時に樋口選手の言葉からは、そこまで回復しているという事実が伝わってきました。こうした断片的な出来事の一つひとつも、髙山善廣が1ミリずつ前に進んでいる証左となっています。

▲4月5日に後楽園ホールでおこなわれた引退セレモニーのラストメッセージでも樋口は、WRESTLE UNIVERSEのカメラに向かって「髙山さん、高梨(将弘)さん(同じく現在欠場中)、みんな待ってますからね。自分も待ってます」と呼びかけた

 

自身の欠場中以外は毎回のEMPIREに出場していた樋口選手ですが、今年も開催されたとしてもその姿は見られません。でも、リングを離れたところから髙山選手にエールを送るのでしょう。なぜなら帝王から直接言われた通り、これからも「仲間」であることに変わりはないからです。

私個人も昨年のEMPIREでは、ニコニコプロレスチャンネル「ニコプロ一週間」で毎週組んでいた帝王とのタッグを実況・解説という形で味わうことができました。なんのリハーサル、打ち合わせもやらなかったのに、8年4ヵ月間のブランクがまったく感じられぬ呼吸と間合い、そしてグルーヴ感…嬉しさよりも先に「さすが髙山さん!」と唸らされたものでした。

 

▲写真提供:カクトウログ

そうやって、心を揺さぶられるたびに思うのです。「ああ、本当に髙山さんからもらってばかりだな」と。昨年は『髙山善廣評伝 ノーフィアー』を上梓することで、ほんの少しだけ返せた気はしましたが、この9年間でいただいたものを思えばまだまだ及びません。

今でも通常は当ブログのトップにおいてある「髙山善廣さんへの思いを持ち続けること」のエントリーで書いた「心へ芽生えた自分を突き動かす"動機"に対し、正直になってください」は、自分自身に対しても常に呼びかけていることです。私は、共通の動機を抱いた皆さんとともにプロレスラー・髙山善廣の姿を見届けていきたく思っています。10年目の闘いに入ったプロレス界の帝王の変わらぬ支援を、心よりお願い申し上げます。

 

【髙山善廣選手の支援を心よりお願い申し上げます】
プロレスラーの髙山善廣選手が2017年5月4日のDDT豊中大会試合中に負傷し、頸髄完全損傷という診断を受け現在も厳しいリハビリ、ケガと闘っております。そんな髙山選手を応援する「TAKAYAMANIA」が同年9月に起ち上げられ、各プロレス団体協力のもと試合会場にて募金箱の設置、応援グッズ販売、支援イベントなどがおこなわれております。活動状況は髙山選手の公式ブログにて随時更新されています。皆様からご協力いただきました支援金は、髙山選手の治療費等に充てられます

 


 

〔銀行振込〕
★三菱UFJ銀行代々木上原支店
店番号:137
口座番号:普通預金 0240842
口座名義:TAKAYAMANIA タカヤマニア
★みずほ銀行渋谷中央支店
店番号:162
口座番号:普通預金 1842545
口座名義:TAKAYAMANIA タカヤマニア
★三井住友銀行渋谷支店
店番号:654
口座番号:普通預金 9487127
口座名義:TAKAYAMANIA タカヤマニア 代表・髙山奈津子
※通帳は髙山選手の奥様がお持ちになられています
〔クレジットカード〕
https://secure.koetodoke.jp/form.php?to=13
〔TAKAYAMANIAお問い合わせ〕  
takayamania.staff@gmail.com

 

〔書名〕髙山善廣評伝 ノーフィアー
〔発行〕ワニブックス
〔価格〕単行本四六版432ページ/2500円+税
〔発売開始日〕3月15日(土)
〔予約〕Amazon
 楽天ブックス

〔電子書籍〕Kindle 楽天Kobo BOOK☆WALKER

まえがき すべてのTAKAYAMANIAの皆様に――自分を突き動かす“動機”に対し、正直になった結果、生まれた一冊

第1章 帝王紀元前
第2章 UWFインターナショナル
第3章 全日本プロレス
第4章 プロレスリング・ノアからPRIDEに進出
第5章 プロレス界の帝王として
第6章 TAKAYAMANIA
あとがき 「言葉にした瞬間、物事が陳腐になる」それでも恐れずに書くことで、語り継がれる

エンドロール それぞれのノーフィアー

〔内容〕“プロレス界の帝王”の偉大なる足跡にレスラー、家族、関係者の証言から迫る【取材協力者】石原真/今田健一朗/大森隆男/金澤克彦/金子健/金原弘光/川田利明/小橋建太/佐久間一彦/佐々木健介/鈴木みのる/髙木三四郎/髙山奈津子/男色ディーノ/296/宮戸優光/和田良覚(五十音順)その他、多数のゆかりある人々の証言を掲載
※本書の売り上げの一部はTAKAYAMANIAに寄付されます。ご購入いただくこと、周知していただくことが髙山選手の支援となります。よろしくお願いします
〔Audible版〕ナレーター:中川典。11時間51分/3500円 Amazon Audible

〔著者インタビュー〕
ダ・ヴィンチWeb “プロレス界の帝王”がリングを降りた日から8年――試合で重傷、リハビリの日々を過ごす髙山善廣を物語に刻む『NO FEAR』誕生秘話
ウェブマガジンVITUP! あの事故から8年…“帝王”たる所以を知る一冊「髙山善廣評伝 NO FEAR」著者に聞く
「髙山善廣評伝 NO FEAR」著者が語る“プロレス界の帝王”の人を惹きつける絶大なパワー
カクトウログ ノシ歩いたはずなのに信用を得た男 髙山善廣評伝著者インタビュー前編
曲別DL時代にアルバムを聞く意味 髙山善廣評伝著者インタビュー後編

 

BGM:ジャッキー・チェン『東方的威風』

 

「今日のイベントが終わったら、地下闘技場にいくんですよ。健さんもご一緒してください」

 

2019年5月4日、闘道館にて開催された「世界初!アンドレザ・ファミリートークライブ~GWはパンダと会おう」へアンドレザ・ジャイアントパンダとその妻のティンティン、一粒種のラジャとともに根室からやってきたサムソン宮本&オッサンタイガーのご兄弟に誘われたのが、きっかけでした。東京にいながら、歌舞伎町にそのようなお店があることを知らなかった私は、名前の通り地下で格闘技の試合がおこなわれているのだとばかり思ったものでした。

 

新根室の人たちが東京まで来て、わざわざ格闘技を見にいくってどういうことだろう? パンダのイベントをやったあと、キックボクシングやムエタイの試合を見るのか…などと勝手に思い込みつつ、歌舞伎町の雑踏を抜けるとその店はありました。確かに、中には小さいながらもリングがある。ここで今から試合をするのかと思っていたところ、普通の飲食店であり「新根室の東京の聖地なんです」とサムソン会長から説明を受けました。

 

アンドレザとティンティンが夫婦水入らずでどこかへいったのをいいことに、生後1年2ヵ月のティンティンだけ連れて夜の街デビューを図りました。その時に食べた百裂拳(7つの目玉焼きに生姜焼きとキャベツ)がすこぶるおいしくて、光の速さで気に入ったことを憶えています。

 

アンドレザの存在がようやく知られるようになり東京へ呼ばれ出した頃、宿泊した歌舞伎町をさまよっていた時に宮本兄弟をやさしく迎えてくれたのが地下闘技場だったそうです。サムソン会長もいたく気に入り、以後は東京へ来ると必ずといっていいほどお店へ顔を出すようになりました。

 

 

ほかのメンバーもそれを聞いて「東京へいったら地下闘技場にいきたい」と思いました。こうして私は、新根室プロレスつながりで店主の佐々木愼さんと出逢いました。そして、翌年より闘道館における「鈴木健.txt対決シリーズ」が始まると、新根室関連のイベントのさいは毎回来ていただけるようになったのです。

 

そのさい、余興演奏でYMOを演るのを「世代が同じなんで」と喜んでくださったことから「じゃあ、演奏だけ独立させて地下闘技場さんで定期的にライブを演らせていただけませんか?」と申し出たのは2022年のこと。というのもその頃、コロナ禍の影響を引きずる形で客足が戻らず、苦戦を強いられたため断腸の思いでクラウドファンディングを実施しており、別の形で力になれないかと思ったのです。

そしてもう一つの企画として「東京近圏の新根室プロレスファンが集まるイベントをやらせてください」と言いました。基本、アンドレザが来た時しかふれあえる場がない中、過去の映像を流してそこにコメンタリー実況をつけたら盛り上げることができると。

 

2023年3月より「GO!GO!新根室Night」を、4月より「鈴木健.txtテクノ&プロレステーマ曲余興演奏」をやらせていただき、以後も地下闘技場は闘道館と並んで私にとってイベントを開催する上での拠点のような存在となりました。それ以外にも「解剖学プロレス」や、大和ヒロシプロデュース「酒と歌と男と女とソロプロレス~君津の地酒を楽しむ会~」「『無理しない ケガしない 明日も仕事!新根室プロレス物語』上映会」といったイベントも開催できました。

どんな時でも佐々木マスターは、日程や条件面で融通を利かせてくださいました。思えば私は、それに甘えっ放しだった気がします。ただ、そんなマスターだからこそ毎回のイベントは頭の中で描いていた通りの形にすることができました。

地下闘技場はプロレス関連に限らずさまざまなジャンルを体現する場でした。DJイベントやライブでは音楽ファンに愛され、香港映画、ポールダンス、占い、フリマ…歌舞伎町という土地柄、キワドい演目もありながら、それさえもカジュアルにやれたのはマスターの人柄によるものだったのだと思います。


本当に多くの皆様が利用した大人の空間――その中で知らない者同士がつながり、人脈が広がっていきました。ごった煮的かつ幅広いお店のカラーは、ほかにはないものでした。その意味で、地下闘技場は歌舞伎町という街に独自の文化を作ったのだと、私は思います。

新根室のメンバーたちは、ここでのイベントへ出たいがためにプライベートで東京へ来たさいも「新根室Night」に参加してくれました。オッサンタイガー本部長の「たこ焼きNight」とのコラボイベントでは透明たこ焼き人間グナシオンが登場し、それが縁で世界のプロレス史上初と思われる団体所属の透明人間が生まれました。
 

 

みんな自費で来て、参加するんです。何しろあのアンドレザ・ジャイアントパンダが単独で根室から上京してくるほどですから。その熱量はどこから来るのだろうと考えました。新根室のメンバーたちにとっては、東京=地下闘技場なんだなと。何より、サムソン宮本が愛した場所だからその遺志を受け継いだ者たちも思い入れを持ち続けたのではないでしょうか。

▲昨年末に開催したアンドレザ・ジャイアントパンダと添い寝撮影会。身長3mのアンドレザは天井に到達し直立できないことを逆手に取った地下闘技場ならではの企画だった

新根室つながりだけでなく、私は地下闘技場主催のフリーマーケットでも新たな出逢いを得られました。本職は歌舞伎町の街で活動しているベーシストのyu@(ゆあ)さんとは、たまたまフリマ開店前に開くのを待っている時、POLYSICS好きという共通項があったことから「じゃあ今度、一緒にニューウェイヴのライブをやりましょうよ」となり、12月19日に「P-NIGHT」を演りました。

人前でパフォーマンスできたことにyu@さんが激しく喜びを感じたと、当日はインフルエンザにかかり見られなかったマスターに報告したのは12月21日の夜。そこで「1月15日に退去することになるかもしれません」と、初めて明かされました。

この時点で1月30日に女子リングアナウンサー・富山智帆さん&望月彩さんのライブイベントを開催することはすでに告知していたのですが、そのままいったら開催できなくなります。私は別会場を当たりつつ、だったら15日までにやれることをやらせてくださいとお願いしました。yu@さんとのライブが急きょ1月14日に入ったのも、そのためでした。

年が明けてから、1月30日までイベントを開催するのが可能になったとの連絡を受けました。マスターがかけあってくれたのです。年末年始の体調が思わしくない時も、どうにか店を維持できないか奔走していたようです。

 

 

▲閉店を告知した1月16日夜より、Xの「本日のニュース」に上がる。私のスマホでは教授とヒラサワ関連のニュースと並ぶ表示に

 

しかしながら1月いっぱいをもっての閉店は確定しました。だとしたら、できる限り地下闘技場へ愛着のある人々が集まれる場を作らなければと思いました。それが1月28日に開催する「BAR&FIGHT地下闘技場の10年に感謝を――ありがとう地下闘技場 ありがとうW佐々木」です。

地下闘技場のオムライスは「W佐々木の脳天チョップ」と名づけられています。これは調理担当の“チーフ”も同じ苗字の佐々木さんだからです。オムライスに炙りチャーシュー丼、ピザ風の美味しいやつ(ピザ生地の代わりにトルティーヤの皮を使っている)など、地下闘技場はバーでありながらフードのクオリティーで勝負できるお店でした。それらを作っていたのが佐々木チーフでした。

はっちゃけたイベント中でも、チーフは黙々と料理を作り続けました。私にはキッチンの奥に見え隠れするその姿がカッコよく映りました。マスターに対してはもちろん、チーフにも感謝している方々はたくさんいると思われます。だから「ありがとうW佐々木」としました。

 

 

イベントを開催された方、出演された方はもちろん、マスターと交流のある方、そしてこれまでご利用いただいたお客様も、最後に地下闘技場の味を堪能するべく来てください。そして…まさか自分の手がけるイベントが、地下闘技場10年の歴史のラストになるとは思いませんでした。



富山さんと望月さんはタレント活動としてライブもされている方なので、最後は湿っぽくなることなく地下闘技場らしくみんなでワイワイやりながら楽しめるものにしていただけるでしょう。私も3年間、余興演奏を演らせていただいた身としてマスターの心に残るような曲で送りたいと思っています。願わくば、オッサンタイガー本部長が叩くドラムとのセッションを実現させたかったですし、これはマスターに言っていなかったのですが、今年の4月26日に80歳を迎える我が師・ターザン山本さんの誕生会を当時の週刊プロレス・スタッフに集まってもらった上で、地下闘技場にてやりたいと勝手に思っていました。

それはマスターに喜んでもらうためでもありました。お店の力になりたいという思いからさまざまなイベントをやらせていただきながら、自分のバリューのなさで微力にさえならなかったのは申し訳ない気持ちしかありません。なんの埋め合わせにもなりませんが、28日と30日はマスターとチーフに喜んでいただけるものとしたいので、皆様にお越しいたきますよう心よりお願い申し上げます。おそらく閉店する最後の最後まで店内に飾られているであろうサムソン宮本さんの写真も、いかに地下闘技場が愛されていたかを見届けると思われます。
 

BGM:Spandau Ballet『Gold』

 

12月24日より1月12日まで秋葉原・書泉ブックタワーにて開催中の「UWF40周年記念無限大記念日」へいってきた。すでに多くのファン、関係者が足を運びその盛況ぶりは伝わっていたが、一歩会場へ足を踏み入れた瞬間に感じられた作り手側の熱量には圧倒させられるものがあった。

 

▲書泉ブックタワーのディスプレイにデカデカとUWFのロゴが! 秋葉原の街を歩く人々の目にもつく

 

もともとUWFという団体は、ファンや関わってきた者たちの思い入れパワーによって時代を築き、今なお語り継がれているものである。それに影響を受けた人々の行動力が一体化し、目の前に広がっている風景に結実したのだ。

 

こうした写真展的なものは通常、過去になんらかの形で発表されたものが多い中、今まで見たことがなかったカットも膨大にあり一瞬にして1984年~1985年の時代感に引き込まれた。今回のイベント開催にあたり、当時からUWFを追い続け多大なるバックアップをした映像制作会社クエストさんが、4000枚以上保管していた写真の中から厳選されたものだという。

 




東京スポーツ紙や週刊プロレス、週刊ゴングなどの専門誌といった、いわゆるプロレスマスコミとは違うところにこれほどの貴重な資料があり、しかもアーカイブとしてしっかりと保管されていた事実に驚かされた。ご存じの通りクエストさんはテレビがつかなかった第1次&第2次UWFの興行をビデオソフト化し、その認知と普及に尽力した。

 

だから映像として残っているのは当然なのだが、まだフィルムだった時代にしっかりと写真も押さえていた姿勢に敬服させられた。しかも、UWFのメンバーだけでなく来日した外国人選手のオフショットまで押さえられている。

 

大都市中心の興行形態となった第2次と違い、第1次の頃は地方巡業をおこなっていたUWF。その道中の写真や雑観まであった。それは自分が週刊プロレスに在籍していた頃、ポジフィルムを整理していた時にも見たことがないショットばかりだ。個人的には1984年末におこなわれたファン感謝イベントのカット見られ、より満足度が高まった。

 

 

そうした観点を踏まえつつ、一枚ごとにじっくり味わうごとく写真を見ると、言うまでもなく当時の選手たちは本当にいい表情をしている。そして、その目線の先に立つ存在が浮かんできた。クエスト創設者である木暮優治(祐二)社長だ。

木暮社長は2018年に他界されるまでUWFに限らずプロレス・格闘技界に多大なる貢献をされた方で、U系の選手・関係者でお世話になっていない人間を探す方が難しいと思われるほどの情熱を注いでいられた。それはリングス、UWFインターナショナル、プロフェッショナルレスリング藤原組の三派に分裂したあとも変わらなかった。


私自身もリングス・オランダ遠征のさい、現地で取材しやすいよう導いていただいた恩がある。年長者の木暮さんが、旅のムードメイカーとして選手と取材陣の間の空気を和らげてくれたのだ。

そんな木暮社長のUWFに対する慈愛に満ちた目がカメラの隣にあったから、選手たちも屈託のない笑顔を向けていたのだと想像せずにはいられなかった。写真には撮る側の表情や視線も写るというが、あれから40年もの歳月を重ねてもそれが伝わることで、動画時代における写真という作品の価値を改めて味わえた気がした。

 

 

UWFに深い思いを持っていた木暮社長が遺した作品の数々を、埋もれたままにはしたくない。そして後世に残す使命がある――社を受け継いだクエストのスタッフさんたちが、そのような思いに駆られたことは、10年前に30周年記念として第2次UWF DVD復刻版『The Legend of 2nd U.W.F. 』シリーズをリリースするさい携わらせていただいた(全作品に封入する「UWF通信」というコラムを執筆)時にも感じたことだった。

今回も、気が遠くなるほどに膨大な写真の中から丹念に厳選したものを提供いただいたのだと思われる。それ以外の資料も展示されており、いかにクエストさんがこれらのものをしっかりと管理、保存してきたかがうがかがえた。出版社に勤めていただけに、アーカイブ保管にかかる労力がどれほどのものかを実感するのだ。

 


▲ルールブックの発行といえば第2次のイメージだが、実は第1次の時点で実施していた。当時、持っていた自分も今ではなくしてしまったというのに、クエストさんはこのようにしっかりと保管していた

リアルタイムで見た一人としては昨日のことのように思えても、やはり40年前ともなると時代の空気感が今とはまったく別だと気づかされる(だからといって古さは感じられない)。そんな空間だった。最終日の12日には、スーパー・タイガーこと佐山サトルさんと前田日明さんが共演するイベントもあり、当然ながら即完だという。

薄暗い蔵前国技館で血だらけになりながら闘った前田日明と藤原喜明の姿、サウナ風呂のような中でおこなわれた前田日明とスーパー・タイガーの大田区体育館での一戦、そして「今日が最後になるかも…」と胸騒ぎし、浪人中でありながら当日券を買って後楽園ホール南側最後部に立ち見届けた9・11ラストマッチ…それらを経験した身としてどれほどの月日が重ねられても、思い入れを持つファンは途絶えることのない事実が心から喜ばしい。残り3日間の開催だが、可能であれば足をお運びいただきたい。

 

 

BGM:水前寺清子『ありがとうの歌』

昨年秋、生まれて初めて静岡の有名な「さわやか」(正式名は「げんこつハンバーグの炭焼きレストランさわやか」)にいきました。都内で店舗展開していないにもかかわらず、いったことがあるという周囲の知人が多数。話を聞くたびに「いつか自分も」と思っていたのですが、なかなかその機が訪れず。

数年前にWRESTLE-1勢が、名古屋か大阪での大会帰りに寄った映像がニコニコプロレスチャンネルで流されて以来、いくことができぬ自分が敗者という認識がこびりついておりました。しかし! 天は我れを見放していなかった。

新生UWF時代からずっとお付き合いが続いている長井満也選手から「時田先生の治療を受けにいく時、ご一緒しませんか? その帰りにさわやかへ寄りましょう」と、天の声をいただいたのです。時田(豊)先生とは、リングス時代にトレーナーとして選手の体を見ていた方で“セラピー時田”の異名をほしいままにしたほど。私もオランダ遠征の旅をともに楽しんだ間柄でした。もう30年ほどお会いしていなかったのですが、風の噂で故郷へ帰り整骨院を営み、その筋の第一人者となっていると聞いておりました。

長井さんは数ヵ月に一度、藤枝市にある「時田はり・きゅう整骨院」を訪れ、体のメンテナンスをしてもらっているのです。今回は、現役時代の激闘の影響でヒザの不調に悩むプロレスリングZERO1の工藤めぐみGMもお誘いし、長井さんの奥様かほるさんと4人で向かったのでした。

 

▲アスリートでもないのに何食わぬ顔をして潜り込んだ私。実は長井さんのYouTube用のカメラを回していたのだった

時田先生の整骨院は常に予約がいっぱいで、前田日明さんや丸藤正道選手、サッカーのゴン中山さんなど多くのアスリートが訪れるだけでなく、それ以上に地元の皆様から絶大なる信用を寄せられているのが、いってみてわかりました。治療・施術だけでなくフィットネス室もあり、お年寄りが老化防止のために集まっては体を動かし、社交場にもなっているのです。

 

▲院内に飾られている「時田はり・きゅう整骨院」を訪れた方々

そして一台で高級車を買えてしまうような超高性能治療器(いろいろ正式名称があるのですが、難しくてわかりません!)を何種類も揃え、ほかでは難しい治療もここなら可能という。長井さんと工藤GMが言っていましたが、時田先生の治療を受けると体の調子がまったく違うそうです(もちろんよい方に)。

 

▲治療中も昔話に花が咲き、笑顔がやまない

時田先生と言えばリングスオランダ遠征で残した名言(某名所にて)が今なお語り継がれているのですが、そんな時田先生は整体だけでなくさわやかについてもスペシャリストでした。院のお昼休みを利用し、ご夫妻で我々に付き合っていただきました。最初に向かった店舗がけっこう長時間の待ちと見るや「別の店舗にしましょう」と即断(たぶん藤枝店から焼津店に移動したと思われますが、間違っていたらゴメンナサイ)。

すると、そちらはほぼ待つことなく入店できたのでした。それだけでも救世主に見えたのですが、時田先生のさわやかマエストロっぷりの本領はここから。夢にまで見たげんこつハンバーグがジュワジュワと音を立てながら運ばれてきただけで、我々はお祭り状態。店員さんが手際よく焼き上げると、すぐさま飛びつきます。

 


▲うおおぉぉ~っ! こ、これが、夢にまで見た…


そこからの食リポに関しては長井さんのYouTube chにアップされていますので、ご覧ください。邪道姫も目がハートマークよ。うまいなんつーのは、今さら言うこっちゃないのよ。




▲くどめGMの表情がすべてを物語っております

長井さんもかほるさんもくどめ嬢も、そして私もハンバーグ突進状態の中、時田先生がまず口にしたのは…ポテト! これがさわやかの達人の食し方らしい。道を極めし者はけっしてあわてることなく、トランキーロ状態で味わってこそ通だということです。

 

▲色めき立つ我々をしり目に、ドリー・ファンクJrばりの冷静沈着さをいかんなく発揮するセラピー時田氏

長井さんも動画の中で申しておりましたが、いろいろクリアすべきことはあるとしてもやっぱり東京にお店を出してほしい。それが一番の願いでした。それにしても時田先生が住んでいる藤枝・焼津周辺は、さわやか以外にも豊富な店舗展開がされており、その上で地元の魚介類が豊富なのですから、たまらん町です。

一つ悩みどころなのは、さわやかにいってしまうとそこで満腹になりほかのお店にいけないことです。海の方に出て海鮮丼や浜焼きなどにもいきたかったのですが…なので、本当なら1泊でもする行程がいいでしょう。

とにもかくにもさわやかへいけて、人生におけるやり残したことの一つはクリアできました。でも、すぐにまたいきたくなりました。次回はポテトから食べるようにしなければ。

BGM:高橋幸宏『Extra-Ordinary』

 

7月頃、ニコニコプロレスチャンネルへ出演した時のこと。その日の収録は池袋周辺だったのですが、スタッフの三浦さんが近くで買ってきた焼き小籠包なるものがそれまで経験したことのない食感と味だったので強く印象に残りました。小籠包は中にスープが入っているため崩れやすく、箸でつかむと噛む前にスープが漏れてしまうことが多々あるのですが、それを焼くことで表面をカリッとさせ崩れないようにしてあるというスグレモノでした。

だから、噛んだ時のジュワーッ、ピュー!感が凄まじかった。伝わるかどうかですが、周星馳(シャウ・シンチー)が『少林サッカー』でブレイクする前に作った映画『食神』に出てくる「爆発小便団子」(名前はアレだが神がかり的な旨さらしい)ばりの勢いで、服に飛ばぬよう細心の注意を払いながらいただいたものでした。

いつかはその店「永祥生煎館」(えいしょうせいせんかん/ヨォンシァンシェンジェングァン)にいってみたいと思っていたのですが先日、シネマロサで『宝島』を見るべく池袋へいったさい、寄りました。JR池袋駅から徒歩1分もかからぬところにあるそのお店は、店内はわずか6席ほどで、テイクアウトの方が主になっている様子。

バリバリの中国語による店員さんに、メニューも中国語中心。でも焼き小籠包は「焼き小籠包」と書かれていたのでわかりやすく。あとは同じくわかりやすい肉野菜ワンタンを注文。映画へいく前で時間が限られていたため、少なめの注文です。

5ヵ月ぶりの焼き小籠包はやっぱり旨くて、ワンタンはほぼほぼ水餃子。スープの中に辣油を入れるとなお旨しでした。前に立てたメニューを見てくださいよ。どれも頼みたくなるでしょう。同じく『食神』に出てきた審査員のおばちゃんが、いちいち旨さを表現する描写が秀逸だったのですが、これを食べてイメージを映像化してほしい。

 



この日は冬の雨で外はけっこう寒かったのですが(入り口は吹き抜け)、そういう時にアツアツの小籠包はいいチョイス。時間があれば、7月に食べた焼売もいきたかった。これがまた、小籠包に負けず劣らずで、もはや肉版包みクレープ、つまりはミートケーキだったんだよね。3日後に、またロサへいく予定なので今度は頼んでみます。

ネット記事によると、焼き小籠包は多い日で一日4000個も売れるそうな。それもわかります。スナック感覚でポンポンいけてしまうので。だからカジュアルにオススメします。

 

 

 

BGM:THE JERRY LEE PHANTOM『Asian high』

 

10月に続き『髙山善廣評伝 ノーフィアー』編集を担当していただいたワニブックスの岩尾さん&吉岡さんの師弟コンビと、高円寺にある宮戸優光さんの「プロレス道場の食堂 ちゃんこの台所」にいきました。前回は豚チリでしたが、今回は王道である湯豆腐をプロレスの道場で受け継がれている伝統の味・湯豆腐のたれでいただきました。それ以外にもカツオのたたきサラダ、カール・ゴッチさんが愛した目玉焼き&ソーセージ、ポークソテー、そして雑炊と宮戸さんの味のフルコースを堪能。たれはご家庭でも味わえるよう、販売もしております。

 



宮戸さんには髙山さん本でご協力いただいただけでなく、その後に発刊した小林邦昭さんの『虎ハンターの美学』もSNSで告知していただいた上に、ご購入してくださいました。小林さんがご生前、アントニオ猪木さんをはじめとする新日本プロレスのレジェンドの皆さんに声をかけて会を催したのが、ここちゃんこの台所であり、猪木さんやゴッチさんビル・ロビンソン先生の写真とともに、小林さんの笑顔の写真も飾られています。

小林さんの御仏前に手を合わせられていない私にとって、ちゃんこの台所さんはそれができる唯一の場所です。今回は、小林さんの本をご購入いただいた宮戸さんにもご一緒していただき、お二人と写真を撮らせていただきました。感謝です。

この写真、小林さんが本当にいい笑顔をされているんですよ。

 

BGM:Lantern Parade『甲州街道はもう夏なのさ』
 

世の中にはポイントを増やすことが趣味のようになっている方々が多くいると思われます。PayPayにしてもなんにしても、ポイントカルチャーが全盛ですよね。私はそうした波へ完全に乗り遅れた人間です。

タワレコのポイントでさえ、有効期限を過ぎては無効になるの繰り返し。そういうものに向かないんでしょうね。

そんな自分にとって、ささやかなスタンプラリーならぬシールラリーが一つあります。数年前、名古屋を拠点とするおにぎり屋さん「ごちそう焼むすび おにまる」の西新宿店ができました。その場所は、JR新宿駅から初台へつながる甲州街道沿いのちょうど真ん中あたりにあります。

人通りもけっこうある場所ですが、両方のいずれからも近くはない(かといって遠くもない)ため、その店舗に入るお店はことごとく長続きしませんでした。10年以上前は、WWEにいく前の中邑真輔選手とミラノコレクションA.T.さんが看板のモデルとして使われ(プロレスラーとしての姿ではなくファッションブランド広告のようにカッコいい着こなしで)それはそれは目立っていたのですが、その下にある店がどんどん変わっていったのです。立ち飲み屋やドラッグ、それ以外も何かあったはずですが、憶えていません。

そこに、おにぎり屋さんが入りました。もともと名古屋の人気店ですが、加えてインバウンドで外国人客が急増したタイミングだったため、日本らしいおにぎりが当たったのです。

おにぎり屋さんといえば大塚の「ぼんご」や、そこから暖簾分けされた「まんま」が新宿にありますが、いついってもいっぱいでなかなか入れません。そんな中でおにまるが出店したわけです。

KDDIビルがあるT字路に面した角っこの店舗からは、香ばしいおにぎりを焼いた香りが漂ってきます。種類も豊富で、私は炙りポークたまご、炙りたらことカマンベール、炙り鰻と生七味、あとはシンプルな定番ツナマヨをよく買います。そこに豚汁もあり、夏場は冷や汁も。店舗前には江戸時代の茶屋のような座るスペースがあり、甲州街道沿いの歩道を人々がいき交う中、和風のBGMをバックに食すことができます。外国人客がよく座っています。

 



で、すべての商品におにまるシールが貼られており、これらを10枚集めると豚汁、20枚集めるとお好きなおにぎりが1個もらえます。たとえばおにぎりを4つ買うとするじゃないですか。そのうち1個が無料となるのですが、そのさい「○○が一番高いので、こちらを無料にします」となるんですよ。一番安いものにしようと思えばできるはずなのに、なんと良心的なのか。

なので、そういう時に限って一番値が張るものを頼む人もいるでしょう(俺のことか?)。でも、それで当然とばかりに笑顔会計なんですよ。さらに「シール20個をおにぎり1個に換えたら、豚汁分は無効ということ?」と思ったあなた、そうじゃないんです。20個貯まれば、豚汁とおにぎり1個が無料なんですよ。

 



これ、家族分の個数を買うとけっこう早く集まっちゃうんです。そう、集めるまで長くかからないのも継続できる秘訣だなと。何より、おにぎりそのものがちゃんとおいしい。これ重要、重要。前述したような、オリジナリティーある具がご飯に合う。ちゃんと炭火で焼いてあり(わずかなスペースの店内で焼いているので、夏は大変だと思います)、こだわりの分だけうまさ倍増ですわ。

普段はテイクアウトしますが時間がある時は店前に座り、ゆっくりと食べます。こういう時間の使い方こそがぜい沢なんだなと。ちなみに、今年のデスマッチ戦線で大活躍した伊東優作選手が「鬼丸」という名前の技(ヒザ蹴り)を使っており、愛知県出身なのでもしやここから採ったのかと思い聞いてみたら「いえ、ウチで飼っている犬の名前です」とのこと。でも、その技が出ると条件反射的におにまるの味を思い出してしまうわけです。

BGM:大石真翔テーマ曲『SAMBO 2008』

 

今さらながらの「サンボ」の牛丼です。とても有名店であり、新宿のたつ屋と並ぶインディーズ牛丼店の老舗(チェーン店でもないのにWikiがある!)として知られているにもかかわらず、これまで一度も訪れていなかった私をブラック・ジャックばりのモグリと呼んでください。

最近はとんとご無沙汰だった秋葉原。いくことはいくのですが、書泉ブックタワーのある昭和通り口ばかりで、電気街方面は何年ぶりかでした。中学生の頃、まだ世に出始めたばかりで高嶺の花だったシンセサイザーをいじれるROLANDのショールームがあり、YMOを弾きたくて通ったのが懐かしいです。

そんな中、ちょっとした野暮用(お買い物)ができ、久々に電気街へと向かいました。UDXに用があったのですが、その前にあった都内某所での案件が済み、じゃあアキバへ向かうべかとメトロに乗ろうとしたところ、プロレスラーの大石真翔さんとバッタリ。ほんの30秒ほど会話を交わすと、そのままお互いの道を歩み始めました。人生交差点です。

この時点では「アキバかあ…久々に、ごっつのラーメン(過去に紹介)にいくか」と決めていたのですが、要件を済ませたあと、ふと「そういや、この街にはサンボがあったよな。まだいっていないし…そっちにしよう!」と気分が変わったのでした。この時点では、なぜ変わったのか深く考えることもなく、UDXから徒歩4分ぐらいのところのサンボに到着。周辺は歩いたこともありましたが、まったくその存在に気づいておらず、こんなところに所在していたのかという感じでした。

 



夕方ちょい前だったからか、店内はすいていました。券売機で大盛りをコウニュウし、カウンター席へ着くとほどなくして丼が置かれました。

 



わたくし、牛丼はつゆ抜き派でありまして、白飯の色がほんのりと変わっているぐらいがちょうどいい。私語や食べながらの携帯通話の厳禁などはもちろん、食事中は電源を切るルールがあるのを予備知識として得ていたため、軽い気持ちで「よーし、パパはつゆ抜きね!」などと言えるはずもなく、来たものをそのままいただくべしと覚悟を決めていたのですが、リクエストせずともそれほどつゆっぽくなかったので、そういう仕様なのかと。

店を出たあとに知り合いから聞いたのですが、少し前までは写真さえご法度だったそうです。でも、それを知らずにスマホで押さえても何も言われなかったので、ルールが変わったのでしょう(動画禁止は貼り紙にあり)。

で、食してみたところ予想通りというか、たつ屋っぽかったです。いや、たつ屋よりもあっさりしていて自分好み。牛丼というよりも、感覚的には牛めし。味が濃くない分、もっといけそうでした。

それにしても、この味…どこかで経験しているなと記憶をたどったところ、思い出補正ありを承知で書かせていただきますと小学生の頃にまだ外野スタンドが芝生席だった神宮球場へヤクルトvs中日戦を見にいったことがありました。たぶん、家でヤクルトを頼んでいたためチケットが回ってきたのだと思われます。

それが自分にとって初めて生で見るプロ野球だったのですが、途中から雨に見舞われ中断。その間、スタンドや客席下の通路でやむのを待ったものの、いっこうにやみません。そのうち、寒くなってきました。

そんな時、体を温めてくれたのが場内販売していた当時はまだ今ほどメジャーではなかった吉野家の牛丼だったのです。イッキに食べるとまた寒くなるので、少しずつ食べた記憶があります。そんなことをやっているうちに牛丼が冷めてしまうため、本末転倒なのですが。

でも、その時の味こそが私にとって牛丼の原点で。現在、日常の中で食べる吉野家とは記憶に刻まれている味がまったく違うのです。これこそが、思い出補正というものなのでしょう。

で、サンボはこの時の美しき思い出牛丼に近かった。吉野家とまったく違うのにね。でも、そんないい思い出を呼び起こす味なのだから、これはよいことなのではと。

私ではない方がいったら、私とは違ったよい思い出と結びつくかもしれません。ということはだ、サンボの牛丼は郷愁の味となるのだろうか。

初サンボに満足し、店を出たあとにふと気づきました。考えてみれば、先ほど偶然会った大石選手はデビュー当時のリングネームが「サンボ大石」だった! そこから無意識のうちに導かれたのか。あるいはTHE POLICEばりのシンクロニシティーだったのか。

何はともあれ、サンボが体験できてよかったです。ちなみに、サンボの由来は明らかになっていないのだとか。これは大石さんにもいってもらって「あのう、僕もサンボだったんですけど…」と切り出し、突き止めていただきたいところです。

 

【追記】大石さんからの回答あり↓↓↓