雨
今夜は雨です。雨の日は憂鬱になるとよく聞きますが、私は雨の日は好きです。
ローバジェットの作品では、脚本段階から天候に依存する設定は外されます。例えばト書きに《強い雨がアスファルトを打っている》と一行ある場合、本番当日に奇跡的に雨が降っていればいいですが、撮影準備は一か八かでするわけにはいきません。前もって人件費・機材費を組んだ大掛かりな雨降らしの準備が必要になるわけです。なので本当にそのシーンに“雨でなくてはならない”絶対の理由が無い限り、天候に関する設定は外されます。
予算や手間暇もそうですが、要はそれだけこの雨というやつは映像的に多大な影響を及ぼすアイテムなのです。降っていると降っていないではシーンの印象がガラリと変わります。
何の映画だったか忘れましたが、哀しげな表情をした男が停車中の車の窓から外を眺めているシーンがありました。ただそれだけなら普通によくあるシーンですが、その作品ではそこに“雨”が降っていたのです。男はただ黙して語らず、街ゆく人の群れを憂鬱に眺めています。男の潤んだ瞳と外界とのあいだには雨だれの条が流れる窓ガラス。喧噪に紛れて、ポツポツと車体を打つ雨音。そして機械的に無機質に単調なリズムを刻むワイパーの音。・・・
晴れていればどうともなかったこのシーンが、雨だったというだけで、男の沈痛さ、切なさを異様なまでに引き立てていました。それがただ、“雨だったというだけ”でです。もしそのシーンに降っていた雨が本番当日にたまたま降った雨だったなら幸運──しかし人工的に降らしめた雨なら、私はその演出家に敬意を表します。
映画のタイトルすらストーリーすら覚えていませんが、唯一そのシーンだけは鮮明に記憶に残っています。即ち私にとって当該作品のハイライトとは、そのシーンだけだったのです。
フロントガラス越しの潤んだ世界を眺めながら、ふとそう考えた日曜の雨の夜でした。
