決戦、桶狭間
今夜私は、夜明け前に尾張名古屋へ向けて出陣致します。
戦の勝敗が確実に判明するまでは今回の名古屋入りの理由は公表出来ませんが、明日が私の本年度下半期の創作活動における桶狭間となるは明瞭であります。
今より遡ること450年──永禄3年5月19日(1560年6月12日)、海道一の弓取りと謳われた駿河の戦国大名・今川義元は2万5千の上洛軍を率いて織田領尾張国へ押し寄せました。信長軍の最前線である丸根砦・鷲津砦は瞬く間に呑み込まれ、いよいよ織田本陣である清洲城陥落も時間の問題かと思われたその日の昼過ぎ、迎え打ったわずか2千の信長軍に奇襲を掛けられ、油断していた義元はその首級を討ち取られたのです。
風雲急を告げる折からの雷雨の中、信長公は桶狭間へ出陣する直前に軍勢を熱田神宮
に集結せしめ、錚々たる織田家の精鋭と共に戦勝を祈願したと云われております。恐らく従軍したであろう我が遠き祖先・柴田勝家公に倣い、私も早朝の熱田神宮へ馳せ参じて今回の戦の必勝を祈願するのは、もはや定められた運命なのかも知れません。
いざ尾張名古屋へ!
