健太はぼーっとして時間を過ごした。
 相変わらず、考えることは沙也夏のことばかりだった。
初めて出逢った時のこと。コンサート会場で再会した日のこと。音楽と絵のことについて語りあった時のこと。沙也夏を目の前にして歌った時のこと。想いを告げた日のこと。ライブの後、初めて一夜を過ごしたこと。一緒に壱岐で素晴らしい夕陽を見た時のこと。沙也夏に疑いをもち始めた頃のこと。そして、イブの日の沙也夏の告白のこと。 思いだせば思いだすほど、やりきれない想いが募る。

 
 健太は初めてこんなやりきれない心境を味わった。もちろん、今までにも恋の経験はある。だが、こんな想いをするのは初めてだ。まあ、それほど好きな女がいなかったということにはなるが。
 やりきれないというのはどんな感じなのか。それは人によって違うだろうが、健太の場合、胸の鼓動が早くなる。そしてわけもなく、不安になる。沙也夏のことを考えれば考えるほど、不安になってくる。


〝ふられた女のことをこんなに未練たらしく思うなんて・・・〟
 健太は、そんな不安な気持を振り払うかのように、三日ぶりに窓のカーテンを開けた。珍しく、外は快晴だった。
 天気とは対照的に健太の心は曇っていて、今にも泣きだしそうな空があった。外に出て、気晴らしする気分にもなれない。午前中はそんなどうしようない気持をもてあまして、時間が過ぎていった。


 昼を昨日と同じくコンビニの弁当ですませると、あることに気づいた。
〝そういえば、ホテルから帰ってきて音楽を全然聞いてない。どうかしてるな、俺・・・〟
 健太の生活にはどんなに仕事が忙しくて、疲れて帰ってきても、必ず音楽があった。それを忘れているということは、よほど心が疲れている証拠でもあった。
 健太はCDラックから何枚かのCDを取り出した。その中に懐かしいアルバムがあった。
〝ワン・モア・ソング/ランディー・マイズナー〟
 イーグルスの元ベーシストで、名曲ホテル・カリフォルニアにも参加していた人だ。メンバーの中では比較的地味な人だったが、ベースには定評があった。

そして、翌日。起きて鏡を見た。昨日ほどひどい顔ではなくなっていた。

 だが、健太はまたも会社に行く気になれなかった。別に、今の時期会社に行っても営業の仕事はなく、ほとんど配送に回されるのは目に見えていた。そう思うと行く気がなくなり、また会社に電話をしようと思った。


 電話をすると、あまり話したくない声がでた。純子だった。
健太は慌てて、時計を見た。午前八時過ぎだ。内勤の社員はほとんど出勤している時間だ。
「あ。おはようございます。谷川ですけど」
 健太はわざと、丁寧な言葉で言った。
「おはようございます」
 純子も外交用の声をだして言った。
「あ。ちょっと待ってくださいね」
 純子はそう言うと、電話を保留にした。受話器から白鳥の湖のオルゴールが鳴り響いていた。
健太には純子の行動が手に取るように分かった。たぶん、別室で電話を取る気だ。
「もしもし。どうしたのよ、昨日は!」
「う、うん。ちょっと気分が悪くてな」
「大丈夫なの?夜電話してもでないしさ。で、今日も休むの?」
「そうなんだ。今日は下痢がひどくてさぁ」
 健太は、やけくそ気味に言った。
「なんか変なもんでも食べたんじゃないの?それとも、クリスマスに誰かさんとケーキの食べ過ぎかなぁ」
 純子は意味深げに言った。健太にとっては、あまり聞かれたくないことだ。
「そんなんじゃねえよ。とにかくひどいんだ。だから早く課長と変わってくれ」
 健太はイライラして言った。
「課長は会議中なの。だから、伝えておく。今夜、圭子とちょっと見舞いに行くわ」
「いいよ、来なくて!薬でも飲めばこんなもん治るよ。じゃ、頼むな!」
 健太は純子の返答も聞かずに、電話を切った。
 電話を切ると、健太は大きなため息をついた。
「ふうーっ。幸せな奴はいいよなぁ」

二本目のビールも、半分ほど一気にあけた。今飲んでるビールは、沙也夏が買ってきたバドワイザーだ。
この部屋には沙也夏の思い出がありすぎた。
 健太はバドの缶を見て、こみあげるものを抑えきれなくなった。
大粒の涙が畳の上にボロボロと落ちた。
「どうして・・・どうして・・・俺はいつもこうなんだ!なんで、!」
 こぶしを何回も何回も畳に叩きつけた。
そのまま何時間も泣き続け、ビールを五缶ほどあけて、焼酎を飲んだ。味なんて全然あったものじゃなかった。
時間はすでに夜中の二時をまわっている。さすがに飲むペースは落ち、目を真っ赤に腫らしていた。
 酔いにまかせて横になると、またそのまま寝込んだ。


ふつうなら、朝寝坊してしまうのに、次の朝は七時前には起きた。
今日は月曜日で、会社に一旦行かなければいけない。今の時間なら充分間に合う。だが、健太は服さえ着替えようとしなかった。
 今着ている服は、一昨日から着ているものだ。
健太は鏡で自分の顔を見た。
「ひでぇ顔だ。まあ、今の俺にはお似合いか」
 健太は自嘲するように呟いた。
たしかに、ひどい顔だった。目が赤いというより腫れあがって、どす黒い膜ができていた。


健太は七時半になると、それを待っていたかのように受話器を取り上げて電話をした。会社に気分が悪いから休む旨を言って、電話を切った。出たのは課長で、不機嫌そうだったが、今の健太にはそんなことは知ったことじゃなかった。
 だが、気分はたしかに悪かった。それはそうである。あれだけ焼酎を飲めば誰でもそうなる。完全な二日酔いだった。
 その日は寝て、起きては食べの生活で一日が終わった。
さすがに、夜は風呂に入った。風呂からあがると、電話が鳴った。
健太は無視してでなかった。
 明日は会社に行くべきかなと思いながら、寝た。今度は布団でちゃんと寝た。さすがに、今夜は酒を飲む気になれなかった。