好きなことを仕事にすれば、成功できるのか?
この命題は、現代社会の最強の神話であります。
グローバルな能力主義の社会では、労働者は「能力」によって、クリエイテイブクラスとマックジョブに二極化します。
その不安に付け込んで自己啓発の唱道者たちは、能力が努力によって開発できるとして、効果が判然としない
教育プログラムを提供しています。
しかし、考えてみてください。
人は、半分が遺伝に影響を受け、残り半分が環境に影響を受けるのです。
現実には、どれほど「教育」しても、ほとんどの人は落ちこぼれてしまいます。
遺伝と生まれ育った環境(とくに子供社会での過ごし方)に人は、影響を受けるのです。
これは、行動遺伝学の膨大なデーターが、ぼくたちに教えてくれます。
この事実は、かなりショッキングです。
勉強に向かない生徒は、机の前に座らせておくことさえ、困難なことなのです。
好きなことを仕事にすれば、成功できるのか?
この考えに反論することは、非常に難しいと思います。
なぜなら、嫌いな仕事を我慢して、がんばるなんてことは、それこそ特別な能力であるからです。
特別な能力として、一部のひとにしかできないことだと思います。
ぼくたちが選んだ仕事が一番効率的なのは、自分が持っているさまざまな能力のなかで、比較優位にある
能力に全資源(リソース)を投入することです。
この行動戦略が、ぼくたちを最適な選択に導き、好きなことに夢中になるように遺伝的にプログラムされて
生まれてきました。
好きなことをやって、みんなから評価され、人より目立つことで、もっと好きになる。
じぶんが何をしたら分からずに、「自分探し」をする人がいます。
しかし、この考えと原理を知っていたら・・・・・・・。
「向いている」ことは、好きなこと。
なんであれ、好きなことの「専門家」になればいいのです。
この「現代の神話」は、ぼくたちを能力主義のグローバル社会から抜け出す道を示唆してくれます。
よく考えてみてください。
すべての人が頭が良くて、弁護士や医者になったら?
世の中に、医者と弁護士しかいない社会は、快適な社会でしょうか?
トマトの栽培から靴の修理まで、いろいろな仕事を「専門」にするたくさんの人がいるから、世の中は回っているのです。
市場の多様性は、国家が意図してつくったものではなく、自然発生的に生まれてきたのです。
なぜなら、みんなの好きなことが違うからです。
残念ながら、この戦略にも弱点があります。
東京大学大学院で社会学を学ぶ阿部真大さんは、「搾取される若者たち」のなかで、バイク便ライダーとして
働くバイク好きの若者たちが、「好きを仕事にする」という落とし穴にはまっていく若者の過程を描いています。
バイク便ライダーは、自分のお気に入りのバイクを持ち込み、ガソリン代を自前で払って、荷物一個あたりの
歩合給で働きます。
これは、かなり厳しい労働条件です。
バイク便ライダーの頂点は、月に100万円を稼ぐ「ミリオンライダー」です。
彼らは、神業のような走りで特別な依頼を引き受けるエリートです。
仲間からの尊敬を一身に受け、一般ライダーはその栄冠を目指します。
そう、難易度の高い仕事に積極的にトライするのです。
結果、交通事故で半身不随になったり、排気ガスで肺を悪くして、引退する者が続出するのです。
彼らは、勉強もできなければ、机に向かって事務仕事をすることもできないからこそ、「好きを仕事にする」
しかないのです。
問題はなんでしょう?
「好きな仕事」が労働市場で高く評価されない。
ということなのです。
仕事と趣味を両立させられるのは、きわめて高い能力を持った人だけなのです。
好きなことを仕事にすれば成功できる保証は、どこにもないのです。
ぼくたちが生きているこの世界は、いかに残酷的かお分かりでしょうか?
この命題は、現代社会の最強の神話であります。
グローバルな能力主義の社会では、労働者は「能力」によって、クリエイテイブクラスとマックジョブに二極化します。
その不安に付け込んで自己啓発の唱道者たちは、能力が努力によって開発できるとして、効果が判然としない
教育プログラムを提供しています。
しかし、考えてみてください。
人は、半分が遺伝に影響を受け、残り半分が環境に影響を受けるのです。
現実には、どれほど「教育」しても、ほとんどの人は落ちこぼれてしまいます。
遺伝と生まれ育った環境(とくに子供社会での過ごし方)に人は、影響を受けるのです。
これは、行動遺伝学の膨大なデーターが、ぼくたちに教えてくれます。
この事実は、かなりショッキングです。
勉強に向かない生徒は、机の前に座らせておくことさえ、困難なことなのです。
好きなことを仕事にすれば、成功できるのか?
この考えに反論することは、非常に難しいと思います。
なぜなら、嫌いな仕事を我慢して、がんばるなんてことは、それこそ特別な能力であるからです。
特別な能力として、一部のひとにしかできないことだと思います。
ぼくたちが選んだ仕事が一番効率的なのは、自分が持っているさまざまな能力のなかで、比較優位にある
能力に全資源(リソース)を投入することです。
この行動戦略が、ぼくたちを最適な選択に導き、好きなことに夢中になるように遺伝的にプログラムされて
生まれてきました。
好きなことをやって、みんなから評価され、人より目立つことで、もっと好きになる。
じぶんが何をしたら分からずに、「自分探し」をする人がいます。
しかし、この考えと原理を知っていたら・・・・・・・。
「向いている」ことは、好きなこと。
なんであれ、好きなことの「専門家」になればいいのです。
この「現代の神話」は、ぼくたちを能力主義のグローバル社会から抜け出す道を示唆してくれます。
よく考えてみてください。
すべての人が頭が良くて、弁護士や医者になったら?
世の中に、医者と弁護士しかいない社会は、快適な社会でしょうか?
トマトの栽培から靴の修理まで、いろいろな仕事を「専門」にするたくさんの人がいるから、世の中は回っているのです。
市場の多様性は、国家が意図してつくったものではなく、自然発生的に生まれてきたのです。
なぜなら、みんなの好きなことが違うからです。
残念ながら、この戦略にも弱点があります。
東京大学大学院で社会学を学ぶ阿部真大さんは、「搾取される若者たち」のなかで、バイク便ライダーとして
働くバイク好きの若者たちが、「好きを仕事にする」という落とし穴にはまっていく若者の過程を描いています。
バイク便ライダーは、自分のお気に入りのバイクを持ち込み、ガソリン代を自前で払って、荷物一個あたりの
歩合給で働きます。
これは、かなり厳しい労働条件です。
バイク便ライダーの頂点は、月に100万円を稼ぐ「ミリオンライダー」です。
彼らは、神業のような走りで特別な依頼を引き受けるエリートです。
仲間からの尊敬を一身に受け、一般ライダーはその栄冠を目指します。
そう、難易度の高い仕事に積極的にトライするのです。
結果、交通事故で半身不随になったり、排気ガスで肺を悪くして、引退する者が続出するのです。
彼らは、勉強もできなければ、机に向かって事務仕事をすることもできないからこそ、「好きを仕事にする」
しかないのです。
問題はなんでしょう?
「好きな仕事」が労働市場で高く評価されない。
ということなのです。
仕事と趣味を両立させられるのは、きわめて高い能力を持った人だけなのです。
好きなことを仕事にすれば成功できる保証は、どこにもないのです。
ぼくたちが生きているこの世界は、いかに残酷的かお分かりでしょうか?