前回は、行動遺伝学につてお話しました。
知能や性格は、運命のようなもので、努力によっては変わらない。
遺伝的な影響は、教育で変えることができないということを行動遺伝学は大量のデーターに基づいて
言っています。
自己啓発による「成功哲学」は、次のようなものです。
知識社会では、勉強すればするほど幸福になれる。(つまり、収入を上げることができる)
↓
勉強できないのは、努力する習慣がないからだ。
↓
習慣は、スポーツにおけるコツのようなもので、スキルとして伝達できる。
↓
だから、自分が勉強する習慣を努力によって身につければ、勉強が習慣化する。
↓
努力が習慣化すれば、それが報酬を生んで、ますます努力するようになる。
こうして、すべての人が努力によって幸福になれるというのである。
行動遺伝学は、これを否定しています。
このことを認めた上で、「成功」を目指すべきです。
ぼくたちは、働いてお金を稼がないと生きていくことができません。
労働市場という大きなマーケットがあって、会社に努め、各自の資力や能力に応じてお金をやりとりします。
ところが、労働市場には大きな問題があります。
それは、すべての能力や知能は平等に評価されないという事実です。
身体的運動能力や音楽的知能は、衆に抜きん出て優れていないと誰も評価してくれません。
会社の野球チームでホームランを打ったり、カラオケ大会で優勝するくらいでは、なんの役にもたたないのです。
それに対して、言語的知能や論理数学的な知能は、他人よりすこし優れているだけで労働市場では高く評価
されます。
ノーベル賞を取るような天才科学者になれなくても、医者や弁護士、大学教授、エリートサラリーマンとして
安定した生活を送ることができます。
知能というものは、ヒトが進化の過程で生き延びるために発達させてきたものです。
しかし、ぼくたちみんなが持って生まれた能力には得手不得手あります。
労働市場は、その中の特定の知能や能力だけを高く評価します。
これが、格差社会の原因です。
では、格差社会は悪いことなんでしょうか?
ぼくたちは、平等に扱われたいと思っていますが、格差社会はぼくたちに不平等な扱いをしているのでしょうか?
労働市場には、以前にお話した「比較優位」という市場の機能があります。
法律家のデキスギくんと、タイピストのシズカちゃんを題材にお話しました。
資本主義・市場経済社会は、上を目指す人がいる限り、競争に勝とうとする限り、経済効率を目指します。
だから、自由な労働市場では、能力が一番でなくても、比較優位の原理が働いて、みんなが仕事を得ることが
できるのです。
分業は、経済効率を目指した結果です。
お金持ちを目指さないならば、労働の分業化によって、能力や知能が劣っていてもそれなりに暮らしていけるという
ことです。
今までは。
グローバル世界の、いまは状況が大きく変わりました。
シズカちゃんはデキスギくんからタイプの仕事を得て、時給3000円をもらっていたとします。
だけど、中国にシズカちゃんと同じ仕事を300円で引き受ける陳さんがいたとしたら・・・・。
デキスギくんが経済的合理的な経営者なら、陳さんに仕事を頼もうと思うでしょう。
このように、労働市場がグローバル化するとシズカちゃんは仕事を失ってしまうのです。
日本がコメの関税を撤廃すれば、海外から安いコメが輸入されて、廃業する農家が増えます。
アメリカが日本車の輸入規制を行っていた、アメリカの自動車向上がつぶれて失業者が出るのを
恐れたからです。
貿易の自由化は、すべての国民が一律に幸福になれるわけではないのです。
労働市場の自由化は、すべての労働者に等しく富を分配するわけではないのです。
自由な労働市場では、もっとも貧しい人が、もっとも大きな比較優位を持っているのです。
だから、どこの国も関税障壁を設けたり、労働市場の開放に制限を設けているのです。
ところが、情報技術(IT)の発達が、国家の規制を無効化にしつつあるのです。
いまの時代は、インターネットで音声データーを送り、メールで文書ファイルを受け取ることができます。
外国人労働者の入国を取り締まっても、賃金格差がある限り仕事は海外に流出するのです。
労働者の分化と格差社会
グローバル化によって、3つの労働者が3極に分かれます。
①シンボリック・アナリスト・サービス
「シンボル(象徴)を操作する人」
独創的なアイデアや技術、高度な知識をグローバル展開できる専門家や芸術家のこと。
②インパースン・サービス
「銀行の窓口係やブテイックの売り子、飲食店の接客係のような対面で顧客サービスをする人」
こうした単純労働は、移民でもすぐに習得できるので、国際化によって移民に仕事が奪われていきます。
③ルーテイン・プロダクション・サービス
「製造業の労働者のこと」
工場に出かけて決められた仕事をするだけなら、世界中のどこでもできます。
グロバル化による企業の海外進出で、国内の仕事が奪われていきます。
全労働人口の8割がインパースン・サービスやルーテイン・プロダクション・サービスに従事する労働者です。
この人達は、グローバル化によって貧困層へ追いやられて行くでしょう。
この残酷な現実に、どう対処すればいいのだろうか?
「単純労働が国外に流出する以上、国内の労働者はシンボリック・アナリスト・サービスに従事する労働者を
目指すべきだ。」という考えと風潮が生まれたのです。
それが、自己啓発ブームの発端なのです。
豊かな国の労働者がシンボリック・アナリスト・サービスに従事する労働者を目指し、貧しい国の労働者が
単純労働を担えば、比較優位の交換によって、全世界のひとたちが豊かで幸福になれる。
だから、「教育こそすべて」という風潮が生まれ、セミナーや自己啓発教室などが全国各地で開かれるように
なったのです。
知能や性格は、運命のようなもので、努力によっては変わらない。
遺伝的な影響は、教育で変えることができないということを行動遺伝学は大量のデーターに基づいて
言っています。
自己啓発による「成功哲学」は、次のようなものです。
知識社会では、勉強すればするほど幸福になれる。(つまり、収入を上げることができる)
↓
勉強できないのは、努力する習慣がないからだ。
↓
習慣は、スポーツにおけるコツのようなもので、スキルとして伝達できる。
↓
だから、自分が勉強する習慣を努力によって身につければ、勉強が習慣化する。
↓
努力が習慣化すれば、それが報酬を生んで、ますます努力するようになる。
こうして、すべての人が努力によって幸福になれるというのである。
行動遺伝学は、これを否定しています。
このことを認めた上で、「成功」を目指すべきです。
ぼくたちは、働いてお金を稼がないと生きていくことができません。
労働市場という大きなマーケットがあって、会社に努め、各自の資力や能力に応じてお金をやりとりします。
ところが、労働市場には大きな問題があります。
それは、すべての能力や知能は平等に評価されないという事実です。
身体的運動能力や音楽的知能は、衆に抜きん出て優れていないと誰も評価してくれません。
会社の野球チームでホームランを打ったり、カラオケ大会で優勝するくらいでは、なんの役にもたたないのです。
それに対して、言語的知能や論理数学的な知能は、他人よりすこし優れているだけで労働市場では高く評価
されます。
ノーベル賞を取るような天才科学者になれなくても、医者や弁護士、大学教授、エリートサラリーマンとして
安定した生活を送ることができます。
知能というものは、ヒトが進化の過程で生き延びるために発達させてきたものです。
しかし、ぼくたちみんなが持って生まれた能力には得手不得手あります。
労働市場は、その中の特定の知能や能力だけを高く評価します。
これが、格差社会の原因です。
では、格差社会は悪いことなんでしょうか?
ぼくたちは、平等に扱われたいと思っていますが、格差社会はぼくたちに不平等な扱いをしているのでしょうか?
労働市場には、以前にお話した「比較優位」という市場の機能があります。
法律家のデキスギくんと、タイピストのシズカちゃんを題材にお話しました。
資本主義・市場経済社会は、上を目指す人がいる限り、競争に勝とうとする限り、経済効率を目指します。
だから、自由な労働市場では、能力が一番でなくても、比較優位の原理が働いて、みんなが仕事を得ることが
できるのです。
分業は、経済効率を目指した結果です。
お金持ちを目指さないならば、労働の分業化によって、能力や知能が劣っていてもそれなりに暮らしていけるという
ことです。
今までは。
グローバル世界の、いまは状況が大きく変わりました。
シズカちゃんはデキスギくんからタイプの仕事を得て、時給3000円をもらっていたとします。
だけど、中国にシズカちゃんと同じ仕事を300円で引き受ける陳さんがいたとしたら・・・・。
デキスギくんが経済的合理的な経営者なら、陳さんに仕事を頼もうと思うでしょう。
このように、労働市場がグローバル化するとシズカちゃんは仕事を失ってしまうのです。
日本がコメの関税を撤廃すれば、海外から安いコメが輸入されて、廃業する農家が増えます。
アメリカが日本車の輸入規制を行っていた、アメリカの自動車向上がつぶれて失業者が出るのを
恐れたからです。
貿易の自由化は、すべての国民が一律に幸福になれるわけではないのです。
労働市場の自由化は、すべての労働者に等しく富を分配するわけではないのです。
自由な労働市場では、もっとも貧しい人が、もっとも大きな比較優位を持っているのです。
だから、どこの国も関税障壁を設けたり、労働市場の開放に制限を設けているのです。
ところが、情報技術(IT)の発達が、国家の規制を無効化にしつつあるのです。
いまの時代は、インターネットで音声データーを送り、メールで文書ファイルを受け取ることができます。
外国人労働者の入国を取り締まっても、賃金格差がある限り仕事は海外に流出するのです。
労働者の分化と格差社会
グローバル化によって、3つの労働者が3極に分かれます。
①シンボリック・アナリスト・サービス
「シンボル(象徴)を操作する人」
独創的なアイデアや技術、高度な知識をグローバル展開できる専門家や芸術家のこと。
②インパースン・サービス
「銀行の窓口係やブテイックの売り子、飲食店の接客係のような対面で顧客サービスをする人」
こうした単純労働は、移民でもすぐに習得できるので、国際化によって移民に仕事が奪われていきます。
③ルーテイン・プロダクション・サービス
「製造業の労働者のこと」
工場に出かけて決められた仕事をするだけなら、世界中のどこでもできます。
グロバル化による企業の海外進出で、国内の仕事が奪われていきます。
全労働人口の8割がインパースン・サービスやルーテイン・プロダクション・サービスに従事する労働者です。
この人達は、グローバル化によって貧困層へ追いやられて行くでしょう。
この残酷な現実に、どう対処すればいいのだろうか?
「単純労働が国外に流出する以上、国内の労働者はシンボリック・アナリスト・サービスに従事する労働者を
目指すべきだ。」という考えと風潮が生まれたのです。
それが、自己啓発ブームの発端なのです。
豊かな国の労働者がシンボリック・アナリスト・サービスに従事する労働者を目指し、貧しい国の労働者が
単純労働を担えば、比較優位の交換によって、全世界のひとたちが豊かで幸福になれる。
だから、「教育こそすべて」という風潮が生まれ、セミナーや自己啓発教室などが全国各地で開かれるように
なったのです。