現在、刑事再審法制改正に向けて法制審議会の答申を受けて、与党内で国会提出法案とするか議論が重ねられている。そもそも、この法改正は、2014年に再審開始決定が出たのに、それが確定する2023年まで9年かかり、最終的に公判で無罪確定するまで死刑判決から56年もかかった袴田事件(袴田巌さん)など、再審事件の解決に時間がかかりすぎていることに対する問題意識があったはずである。袴田さんは死刑囚として獄中にある間に精神を病んでしまい、自由の身になった現在も会話等に困難がある。事件の1966年、30歳だった袴田さんは現在90歳である。
袴田さんのような死刑事案はもちろん厳密に、慎重に審理、判断されなければならないが、死刑事案でもなくても一度刑事犯罪の被疑者・被告人となった者には苛烈な仕打ちが待っている。捜査機関による取り調べ、長期勾留、起訴後も保釈が認められないなど「人質司法」の被害者、「郵便不正事件」の冤罪被害者村木厚子さんが、その経験をもとに、その実態を赤裸々に述べ、改革の必要性、緊急性を訴えたのが本書である。
村木さんが事件の「主犯」とされて、全く無関係であるのに巻き込まれたこと、そのために検察官が証拠改竄までして、いわば組織ぐるみでそれを押し通そうとしたことは、公判後に明らかになったが、裁判では村木さんを犯人に仕立てようと無理くりな自白をさせられた証人らが供述を翻し、もちろん村木さんは無罪となった。では、村木さんに対する取り調べはどのようなものであったか。
「検察内部では、Bさんを逮捕した段階で「村木逮捕」を決めており、「村木には動機がないから、Bを勾留期間で締め上げて証拠(=調書)を作れ」ということになっていた」(23頁)、「私の供述をひとことも聞いていない上司の了解を取りに行く」遠藤検事は「執行猶予が付けば、たいした罪じゃない」(29頁)、「接見禁止の私に、どうやって口裏合わせができるっていうの!」(34頁)。驚くとともの、恐ろしい取り調べの実態である。村木さんには起訴前から「支援する会」結成の動きがあり、「無罪請負人」の弘中惇一郎弁護士に出会えたことなどにより、無罪を勝ち取ることができたが、村木さんにように人的資源に恵まれる人ばかりではない。いや、多くの被疑者はそうではないだろう。むしろ、家族や仕事などを理由に「自白調書」をでっち上げられ、検察のストーリー通り公判が進み、裁判官は検察の言いなりである。日本の刑事事件では起訴されれば99.9%の有罪率。そのものを疑わねばならない。
その村木さんが無罪確定後、法務大臣の諮問期間である法制審議会「新時代の刑事司法特別部会」委員に選任された。冤罪被害者として、制度改革を諮問する機関の一員となったのである。しかし、村木さんはそこでも無力感に苛まされることになる。「日本の警察・検察も、裁判所も、刑事司法の研究者たちも、市民委員の意見をもともに取り合わず、真の意味で制度を改革しようと思っていないのではないか」(6頁)。市民委員には映画監督の周防正行や連合副会長の神津里季生ら、改革に意欲的発言を繰り返していたメンバーがいたにもかかわらず、現行を変えたくない面々に囲まれ、他勢に無勢。取り調べの全面可視化などは実現しなかった。その経験から、刑事司法改革に資すればと、数々の提言をしている。
村木さんの経験、実感、そして調査・勉強から得た改革案は、冒頭で取り上げた法制審答申に対する批判と重なる。刑事事件での取り調べ全面可視化に加えて、検察官の自由裁量で取捨選択できる証拠の扱い、そして再審請求審での検察官の抗告制限などである。
折しも、大河原加工機事件で保釈がなかなか認められず、ガンが進行し、亡くなった相談役の遺族が、保釈を認めなかった合計37名の裁判官の責任を追及するため国家賠償請求訴訟を提起した。また、もともと議員立法にて再審法改正を目指していた議連のメンバーから法制審での答申案に異論も出ている。
村木さんの渾身の書を無駄にしてはならない。(『おどろきの刑事司法 "犯罪者"の作り方』講談社現代新書 2026)
