「みえてくるのは、政治への無批判な依存社会、考える魂さえ失って浮遊する日本社会ではないか。」(274頁)著者の向井承子さんがこの文章を書いたのは2019年頃であろう。あれから7年、憲政史上初の女性首相たる高市早苗氏による「なんで今?解散」による選挙戦の最中。高市自民党の圧勝が伝えられる中、著者の言がこれほど現実味を帯び、ひびくことはない。
1939年生まれのノンフィクション・ライターの著者の連載(『くらしと教育をつなぐWe』フェミックス 2014/4・5〜2019/8・9)をまとめたのが本書である。幼少の頃、東京空襲に遭い、北海道に避難、そこで戦後教育を受け、大学卒業までを過ごす。女性が容易に職に就けなかった時代、一応男女平等の公務員、北海道庁に就職するが、2年半で東京へ。市川房枝が創設した日本婦人有権者連盟に職を得る。そこで知見を広げ、腕を磨き、ライターとして独立。自己の生き様、生き方とそれにまつわる政治の動きなど、およそ1960年代から21世紀を越えるまでの長い足取りが「記憶」のなかの戦後史である。
アメリカは東京に爆弾を落としまくり、たくさんの人を焼き殺した。子ども心に「鬼畜米英」と刻み込まれたはずが、戦後一転して、憲法をもたらし、女性を解放し、民主主義を持ち込ませる。ところが、「独立」を果たした日本は、再び軍隊を持ち、対米従属を今日まで続けている。当然戦争国家を目指す国のあり方は、日本をまた来た道に引き戻すものだ。
日米関係という大きな軍産政治体制のもと、それを支え、推進する構造には、小さないのち、弱きものを顧みないという差別の実態がある。お子さんが入院した小児病棟での経験や、効率主義にまみれた医療現場、さらに公害や薬害を生み出す科学盲信を直接見聞してきたことが著者の筆、信念を支えている。いのちから遠ざかることによって、社会が成り立っていることに対する怒りである。
そして「女は三歩下がって」の時代に生を受け、日本国憲法ができても、女性を対等な存在としなかった男性優位、21世紀の現在でも残る家父長制の中で、女性たちの連帯で異議を突きつけ、告発を辞さなかったたたかいを支えてきたのがフェミニズムである。市川房枝はもちろんのこと、著者がイラク戦争反対意見広告など、さまざまな運動で繋がってきた面々が、松井やより、青木やよい、田中喜美子など、この国で女性の声として真っ当な意見表明を続けてきた先達である。もうそのほとんどが泉下にある。
私事として、宣伝めくが筆者も『We』誌に箕面忠魂碑違憲訴訟元原告として、靖国神社の好戦性、責任をずっと追及してこられた古川佳子さんのインタビュー記事を掲載していただいた(2023/4・5号)。古川さんは1927年生まれ(2025年死去)。失礼な言い方になるが、古川さんのひと回り下に当たる向井さんもいずれ去られる。ご自身、家族のご病気など多くの困難を抱えながら、「戦後史」を全うできたのは、著者の揺るぎない個の自立、自律した生き方と透徹した批評精神にあると思われる。
イスラエルもロシアもそしてアメリカも、一人ひとりを蔑ろにする政治や世の中の流れは強まり、超右翼高市政権も例外ではない。しかし、ちょうど『朝日新聞』で戦後の保育所運動の勃興を明るく描く小説が連載中である(柚木麻子「あおぞら」)。シスターフッドを超えて、すべての人のフッド(つながり)で、強大な国家暴力に抗していく。(『「記憶」のなかの戦後史』(2024)はフェミックスHP(https://femixwe.cart.fc2.com/ca1/159/p-r1-s/)から注文可能)
