ヨーロッパの片隅で -97ページ目

ヨーロッパの片隅で

シリアスな話題から下ネタまで、ただ思いついたことを書いていきます。

最近は週末の休みは部屋にこもっていることがほとんどなのだが、今日は珍しく外出した。


土曜の街は平日に比べて人も少なくのんびりしていた。


図書館でレポートを書くためのネタの専門雑誌を見るための外出だったのだが、目的の図書館が移転していて、そこは閉まっていて、張り紙がしてあった。


帰り、場末の百貨店みたいなスーパーで、上履き用にする靴を買った。中国製ですごく安かった。でも、日本ほどは安くない。欧州は中国製品への関税が高いのだろうか。


それから、部屋でレポートをだらだら書いて、現在土曜の真夜中である。


あと1日ある。週末中にレポートを完成しないといけない。(上記のレポートとは別のレポートです)


それでは、レポートに戻ります。

今日も老教授のところに勉強に行ったのだが、通じ合わない。


悲しいものがある。


彼は、脳梗塞の後遺症みたいな感じで、反応が鈍くなっていて、歩くのもおぼつかない。


私はそんなことは別に気にしないのだが、彼は負い目に感じているようだ。


それにもしかしたら、私がそのことで彼を蔑視しているのかと誤解されているのかもしれないと思うと悲しい。


今日、二人っきりになった時に思い切って、


”先生は第二次世界大戦の時は何をされていたのですか?”と聞いた。


最初は反応がなかった。あ~、やっぱり仕事中に学問以外のことを話すのはまずいのかなあ”と思った。


でも、少し間をおいて(先生はこちらの言っていることは分かるが、反応が少し遅い)


”私は3年前に病気になって、体が不自由になってしまったんだよ”と私の質問と全く関係のないことを言い出した。


たぶん、前から言いたかったのかもしれない。ということは、私がそのことについて、”大丈夫か、この先生!”みたいな感情を持っていると思っていたからだと思う。


いや、実際、私にそういう感情があるのかもしれない。他の学生がはしゃぎすぎて、この先生が困らないかちょっとハラハラしている部分はある。


昔、30ぐらいの時、中国留学で、82歳の老教授について勉強したことがある。その時は、その人と私的なことを話そうなどと全く思わなかった。それだけ、違うと思ったたから。


でも、45歳になった今、80ぐらいの老教授と何か通じ合えるのではないから思ってしまう。だか、それが誤解の始まりかもしれない。


素直に勉強だけしておこう。

今日もまた老教授のところに勉強に行ったのだが、バスでしかも混んでいるので、朝から気分が悪くなった。


午前中は何とか耐えたが、帰りまたバスで気分が悪くなったので、午後の講義は休んだ。


それから寝て、現在夜の8時です。


今日はお年寄りの先生は、向こうから日本ネタをふってきた。


日露戦争の話を言ってきた。やはり、欧州の中でも強国とされているロシアに日本が勝ったというのは、インパクトが強いようだ。


食料がないので、これからスーパーに買出しに行きます。

一週間で一番ハードな火曜日が終わってほっとしている。


しかも、昨日は大きな試験が終わって合格したし、よかった。


今日の先生は久し振りにお年寄りだった。


男性で、たぶん70代後半だと思う。


これだけ年齢が離れていると、他の学生と私の年齢の違いに全く気づかないようで、やりやすい。


また、偉そうぶることもないのでいい。


特に若い女性の先生は何か私に対抗心をむき出しにするので困る。


50代ぐらいの先生でも何か感じる。


でも、これぐらい年齢が離れていると、そうしたいやな感覚は全く感じない。


将棋では、25歳違いまではライバルになりうるけど、それ以上年齢が離れれば、ライバル関係にはならないという。


羽生と谷川は9歳違い。羽生と渡辺竜王は14歳違いで十分ライバル関係だ。


谷川と渡辺でも25歳は離れていないので、ライバルになりうる。もちろん、まだ谷川も現役バリバリだから当然だ。


でも、米長と渡辺ではライバルにはならないでしょう。


学問の世界でも言えるなあ。45歳の私と25歳の学友は十分ライバルになりうる。


でも、10代の学生にはライバル心は沸かない。


今日の先生は、日本人の学生は初めてだと喜んでいた。


だいたい、こっちの人は日本に好感を持っている。


第2次世界大戦をどう見ているのか、体験者であろう、この先生に聞きたい。

今、京大の入試の不正がニュースになってますが、


私は最近、試験に対する気持ちがちょっと揺らぎつつある。


年を取ったせいだろうか。


試験を真剣にがんばることが、ちょっと恥ずかしいような。


仕事だったら、その仕事に対して、お金を払ってくれている人がいるので、一生懸命がんばるというのが、よく理解できる。


でも、試験は、。・;


教師と生徒の猿芝居のように思えてならない。だから、一生懸命やることに少し戸惑いがある。


試験でも実質的な意義が分かりやすい大学入試だったら、がんばる意味は明快で、特にそれほど不自然さは感じない。


でも、学校内の試験の場合は特に、試験で評価することを用いて、学生に勉強することを煽っているという意義が大きいように思えて、煽られる自分が恥ずかしいような。


でも、大学内の試験でも、不合格になれば、最終的に卒業できず、学位も取れず、人生に影響すると言う風に考えれば、

実質的な意義も大きい。


だから悩む。とまどう。


昨日の試験は、私は8と言う好成績で合格した。


一人不合格になったものがいた。


この学生は、まあまあ勉強熱心なのだが、試験中スキあれば、カンニングしている。


昨日は厳重でカンニングは不可能な状態だった。で落ちた。


すべて、こういう試験なら、やりがいがある。


今日は結構遠くであるので、暗いうちから出かけないといけない。

今日、ひとつ試験を受けました。8で合格しました。


眠いけど、明日も小テストがあるので勉強しないと。

いや、もう後半に入っているだろう。


日曜の朝である。


さっき、朝食に行ってきた。久し振りに10時半という遅い時間帯に行ったが、適度な込み具合でよかった。


1人や2人しか客がいないと居づらい。


さて、勉強の方だが、力、3分目ぐらいでやっている感じ、せめて60%ぐらいの力でがんばらないといけない。


これから、がんばります。

土曜の午後、現在、自室で勉強中(って、あんまりしてない)。


やっぱり、極寒の中に出て行かないで、暖かい自室にいるのは大きい。


体調が目に見えてよくなりつつある。


昨日はまだしんどかったが、体のしんどさも半減した。


それに痰が出る出る。


10分に一回ぐらい、咳をして痰を出している。


痰を出すと体調がよくなる感じがする。いや、実際に痰を出すのは、体にいいんだ。


中国医学では、痰は、湿という悪邪で、出すことはいいとされる。


だから、中国人はあちらこちらで道端で痰を吐いている。


列車の床が一面痰で濡れていた、もう昔みたいなことはないだろうが。


勉強します。

大学では英語で講義を受けているのだが、こっちの先生も英語が母国語ではないので、うまい先生もいるが、私と同じぐらいの英会話力の先生も中にはいる。


それで、学生たちの様子を見ていると、英語があまり上手でない先生をなめてるような様子がうかがえる。


私からしたら、語学が下手だから、なめるって、程度が低いなあと思ってしまうのだが、本能的なものなのだろうか?


僕にとっては、あまりうまい先生のときは、かえって聞き取りにくかったりする。ゆっくりとはっきりと言ってくれる先生がありがたい。


語学でなめられるということは、私も学生や先生たちになめられているということか!


そんなことでなめるほうが、程度の低い奴らだと思うが、みんながみんなそうだったら、無視できないなあ。


前いた職場みたいに、みんながみんな程度が低かったら、それが正しいということになってしまうからなあ。

週末になりましたね。


さっき、自分のホテルの部屋の窓にしるしをして、外から見たら、4階だということに気づいた。ずっと3階だと思っていた。


エレベーターは3階になっているけど、イギリス式で、1階はグランドフロアということか。


来週は月曜に大事な試験があるので、この週末勉強しないといけない。


でも、体調まだ悪い。風邪がまだよくならない。


だいぶよくはなっているが。しかし、風邪じゃなかったりして。


まあ、がんばります。


それから、フィリピンに逃亡(?)していた小向美奈子が帰国し逮捕されたが。更生してもらいたい。まだ25歳だし大丈夫だろう。


先日、麻薬をして、その時の針のせいでエイズに感染して、免疫力が低下して、トキソという病気に感染した若い女性を診たが、きれいな人で、かわいそうだった。


ブスの麻薬常習者って見たことない。