1ユーロ、150円台になった。いいぞ、その調子だ円。
一時は1ユーロ168円までいったけど、やっと戻った。
僕の理想は1ユーロ100円だ。がんばってくれ円。
1ユーロ、150円台になった。いいぞ、その調子だ円。
一時は1ユーロ168円までいったけど、やっと戻った。
僕の理想は1ユーロ100円だ。がんばってくれ円。
いや~、朝青龍騒動が大きくなってますね。モンゴルでは日本大使館前に抗議デモがあったとか。
つまらないことなのにここまで騒動が大きくなるとちょっとまともな対応を取らないとまずいでしょう。
僕的感覚(一般的な日本人感覚とは違うと思う)では、日本の対応がだいぶおかしいです。
ちょっと話をまとめてみます。
朝青龍がケガの療養のため、巡業を休んでモンゴルに帰国した。
帰国してすぐにサッカーのチャリティーマッチに飛び入りで参加して、プレーし、その映像が日本に流れた。
相撲協会が怒って、朝青龍を帰国させ、2場所参加禁止と、自宅謹慎を命じた。
で、現在、朝青龍が自宅で謹慎しているという状態。
以上が、この騒動の骨格です。
そこに人間的な感情によるいろいろな要素が加わります。
その要素とは、
朝青龍は外国人である。
朝青龍は一代横綱の資格を獲得しそうなぐらい、強い横綱である。
朝青龍の普段の言動、行動に相撲協会や一部の相撲関係者はいい感情をもっていない。
朝青龍は先場所優勝した。
朝青龍はモンゴルの英雄である。
日本のマスコミは朝青龍の行動に批判的なものがほとんどである。
朝青龍は精神的な浮き沈みがはげしい。
以上のような要素で事が複雑になってきているようです。
僕は、こう見ます。
朝青龍がけがをしているのは確かである。
しかし、体をいたわりながら巡業に参加しようと思えば出来たと思う。
朝青龍が努力して巡業に参加しなかったことを相撲協会は快く思っていなかった。
モンゴルで中田英がチャリティーサッカーを催した。(日本大使館主催とか?(ここで日本政府もかかわっていますね)
朝青龍の故障の主なものは肘なので、サッカーぐらいは出来ると判断し、朝青龍が飛び入りで参加した。
それを知った相撲協会が、怒りを爆発。
マスコミも相撲協会よりの報道が大半(マスコミも朝青龍をよく思っていなかったのか?あるいは、ただ騒動を盛り上げるためか?)
マスコミに簡単に感情を左右される日本人の多くが、朝青龍批判。
朝青龍が悪いことをした意識はないのに、自分に対する批判が大きくなり、精神的に落ち込む。
こういうことだと思います。
さあ、それでは、どうしたらよいでしょうか?
相撲協会と朝青龍は雇用関係にあります。
つまり、協会が朝青龍の行動に不満を持つのはしかたないことでしょう。
それにマスコミが割り込んでおかしくなっている。
また、相撲協会も朝青龍が巡業に参加しない、不利益のために怒っているのに、横綱の品格がうんぬんと言って、興行的な損害のことを心の問題にすりかえている。
相撲協会が、こころの問題を批判する資格はない。
相撲協会は、ファンが相撲協会の行動を批判することなく、ファンが相撲離れすることなく、朝青龍をどうにか辞めさせたいと考えていると思う。(普段の言動、行動や八百長疑惑とも関係しているかもしれない)
どうでしょうか?僕の読みはそれほど外れていないと思いますよ。
新しい横綱(白鵬)が誕生した。
波照間島に行ってきました。人が住んでいる日本の最南端の島です。
ほんとは明日、石垣島に戻る予定でしたが、台風8号の影響で、今日帰らなければ、1週間は島に缶詰になるということだったので、予定を切り上げて帰ってきました。
この旅行、石垣島で知り合った、フランス人の美人エステシャン、リサからのメールの返事がなく、おそらく、もう彼女とは見込みがないだろうという、落ち込んだ気持ちを癒すための傷心旅行のつもりで行きました。
しかし、この傷心旅行で傷をさらに深めて、今さらに落ち込んでいます。
そのお話をします。
やはり、話はビーチで始まります。今回の八重山旅行、今で約1ヶ月が経過するのですが、僕がみそめた女性は今回の波照間を含めて3人います。
その3人ともすべてビーチでの出会いです。僕、自分でいうのもおかしいですが、浜辺のナンパ王なんです。
でも、プロ中のプロなのでナンパのようには見えないと思います。ほんと自然なんです。
自分でも意識してないで、自然にできるのが才能なんだろうと思います。
鳩間島での広末涼子。石垣島でフランス人のリサ。
そして、波照間島で喜多嶋舞。
「水冷たくないですか?」から始まり、10分後には手をつないで泳いでます。30分後には抱き合ってます。喜多嶋舞と寄り添って見た日本の最南端に沈む夕日は最高でした。
ここまで聞いたらビーチのナンパ王の波照間島傷心旅行は成功したのではないかと思われるかもしれませんが、
傷心の上に、傷心を重ねてしまいました。
ビーチのナンパ王、陸ではめっぽう非力になります。
喜多嶋舞と夕日を見た後、宿が決まっていない彼女を僕の泊まっている宿に連れて行き、宿の人の了解も取り、僕の部屋に彼女の分の布団も敷いたまではよかったのですが、
他の宿泊客との団欒に二人で参加したまでは、よかったのですが、その席で、彼女、モテモテ状態になり、僕は先に部屋に戻って寝たのですが、彼女は
結局、他の男性の部屋で寝たようです(翌朝知りました。)
なんですか?それ?
その男性と何があったのかは知りませんが、いや、何もなくても僕が連れてきた喜多嶋舞ですよ。僕の喜多嶋舞ですよ。
でも、翌朝、そんな傷ついた心などおくびにも出さず、何事もなかったようにさわやかに別れたのは言うまでもありません。
でも、実際はかなり傷ついてます。この傷が癒されるのはいつになるのでしょうか!
別にそれが目的で今回の八重山旅行をしているわけではありませんが、この旅行、日本社会への復帰のためのちょうどいいリバビリになっていると思います。
日本の常識は世界の非常識ですからね。
この1年ぐらい日本人と話をほとんどしなかったのに、今はかなりの人と宿で知り合って話をしています。これはリハビリにかなりいいです。
初めは、海外のくせでかなり早口で相手に割り込ませないように話すくせがついていたのですが、日本では、ゆっくりと話す。相手の話をよく聞くというのが受け入れられやすいようです。
そういう風に今変えつつあります。でも海外に出たら、特に欧米社会では、そんな悠長な話し方だと、すぐに話をもっていかれて、取り残されてしまいますけどね。
スイッチが必要ですね。
今日も波が高くて、波照間島に行けませんでした。でも、別に慌てていません。僕もかなり八重山モードになってきました。
昨日、2週間前にビーチであったフランス人の女の子に街中で偶然再会して、すごーくうれしかったのですが、その反動で今、かなり落ち込んでいます。
昨日、会ったときいろいろと立ち話をして、メールアドレス交換(彼女、ケイタイはもっていないらしい)をして、昨晩早速送ったのですが、昨日も、今日も返事がありません。
ナンパな奴だと思われたかもしれません。
”ビーチに行こう”だとか、”離島に一緒に行こう”とか、かなり積極的に誘いましたからね。
でも、僕、全然ナンパじゃないんですよね。今回の旅行でもメール交換や電話番号の交換をした女の子は彼女だけなんですよね。
しかも、初めてビーチで会った時は、何も交換せずに別れたし、2回目だからメール交換ぐらいはするでしょう。
っていうか、今回の旅行で出会った女性で、付き合いと思ったの彼女だけなんです。
2週間前に初めて会った後も、たまに彼女のことを考えていました。彼女と会ったビーチに行けば、また会えるかなあとか。
ちょっとショックです。でも、まだ一日だから、返事が来ないからって、完全にだめということはないでしょう。
実際、話している時は、離島で会う約束もしたんですから。
彼女、エステシャンでルックスは完璧で、性格も結構よさそうなんです。身長は178センチの僕より少し高いかもしれません。(ハイヒールを履いていたかもしれないけど)
今日は竹富島に行きましたが、雨が降っていました。しかも、竹富島は完全に観光の島で僕の好みではありませんでした。
明日も波が荒そうなので、あさってぐらいに波照間島に行きます。波照間島行きは感傷旅行になりそうです。
与那国島からさっき石垣に戻ってきました。
台風7号が来るので、今日は飛行機は欠航すると思ったのですが、ちょっと台風の進路が逸れたようで、欠航しませんでした。船で石垣島に行く便は欠航していました。
与那国島、よかったです。もっといたかったぐらいです。
与那国号で与那国島に到着
ドラマで有名なDr.コトーの診療所
僕は知らなかったのですが、「Dr.コトー」というドラマがかなり有名だったそうで、西表島の宿でマンガが全巻あったので、半分ぐらい読みました。
診療所のセットはよく出来ていて、そのまま診療所として使えそうなぐらいでした。
いろいろと島の歴史のことを説明してくれました。
与那国島は、江戸時代は琉球王朝に人頭税を他の島の6倍ぐらい取られて苦しめられたそうです。
しかし、その後、戦争が終わるまでは、栄えていて日本の植民地である台湾が近く、交易も盛んで、漁獲量も多く、米もたくさん取れ、人口も8000人ぐらいいたそうです。(現在は1600名ほど)
戦争が終了して、台湾との直接の船の行き来がなくなってからは、出て行く人も多く、今のようにすたびれた島になったそうです。
僕がこの旅行で行った「鳩間島」「西表島」「与那国島」の中では与那国島が一番、情緒あふれるものがありました。
民宿に泊まったのですが、宿泊者は、僕と牧場研修に来ている男子学生さんがひとりだけでした。
夜はこの民宿の主人(39歳だけど、おやじくさかった)とその飲み友達が夜に来て、3人で飲んでいたのですが、なんとも変な感じでした。
その友達もまさに島のおやじで、僕より年上だろうと思ったら、なんと僕と同じ歳(誕生日が僕より少し遅くまだ41歳だった)。
この3人で飲んでいると変な感じがした。というのも、初めはみんな僕が一番若いと思っていたはずなのに、なんと僕が一番年上で、僕も同世代の男同士で飲む機会なんてあまりない(いつも10才以上若い連中と話すことが多い)ので、ちょっとうれしくなり、いろいろ話をした。
でも、後から考えると、ちょっとおかしかった。僕が一番年上なのに僕だけ敬語を使っていた。ため語で話せばよかった。
だって、同世代と言っても、歩いてきた道が全然違って、僕はまだ学生、その人たちは子供が5人もいてるおやじ。なのに僕が一番年上。なんか不思議だった。
これで僕が35ぐらいで一番年下だったら、自然だったのだろうけど。
しかも、島にずっといる人間と外に出まくっている人間、全然感覚が違うのも面白かった。
今、朝青龍が相撲協会やマスコミから叩かれているけど、普通に日本に住んでテレビを見ていたら、朝青龍が悪いという感覚が正常だと思うのですが、
僕が、外国から帰ってきたばかりで、日本的感覚に染まっていない感覚で、独自の理屈を言って、朝青龍を擁護したら、彼らと意見が食い違って面白かった。
彼らが僕の理屈が理解できないのを分かっていて、言ったんだけど、ちょっと理屈ぽく言ったら、近所のおやじは帰ってしまった。
僕の理屈(外人に一代横綱を与えないための相撲協会のよくやる外人いじめである、うんぬん。)
日本で最後に沈む夕日
与那国島お勧めです。
八重山の首都、石垣島で体力を充電して、また離島に行きます。
今度は与那国島です。日本最西端の島です。かなり不安です。
不安材料、
一つめが船。僕、もともと乗り物に弱いのに、この船はよく揺れて、俗に「ゲロ船」と呼ばれているそうです。みんな、ゲロゲロするそうです。ほんと恐いです。
それで今日、その船が出る港に行って、その会社の人に「明日は揺れそうですか?」って、質問したのですが、
その係りのおばちゃんは、「明日は大丈夫だよ。」って、言ってたけど、僕が質問した時、心なしか、"ニヤ”としたような気がするのだけど、気のせいだろうか?
確かに船酔いなんかでは死なないので、ひどい船酔いでもシャレになるといえば、シャレになるけど、やっぱり辛いのはいやだ。
以前、北海道を旅行した時、稚内から礼文島に行った時の船はひどかった。地獄の2時間だった。
今回の与那国島までは4時間強かかるらしいから、最初から酔ったら、4時間ももたない。最後の30分ぐらいなら、なんとかなると思うけど。
帰りは、軟弱に飛行機を予約しました。でも、行きは船で行きます。
こういうことには結構こだわるほうで、負けたくないんです。
荷造りをします。
久しぶりに文明社会に戻ってきました。今、再び石垣島です。
離島に行ってました。鳩間島と西表島です。
ちょっと心が洗われた感じがします。
インターネットもクーラーもない世界でした。ここを出るときから、ネットもクーラーも諦めて、覚悟を決めて離島へ行ったのですが、やはり、クーラーがない世界は、北欧帰りの僕には辛かったです。
でも、いい思い出が出来ました。
まず、鳩間島へ行ったのですが、鳩間島は、ドラマ「瑠璃の島」の舞台なので、主人公の竹之内豊になったつもりで行ったのですが、ドラマのように、成海璃子や緒形拳みたいな人には会いませんでしたが、若いときの広末涼子のそっくりさんには会いました。
「瑠璃の島」が「ビーチボーイズ」になってしまいました。
でもいい思い出です。宿では、僕の父と同じぐらいのご主人に戦時中の話を聞いたりしました。あんな小さな島も空襲が会って、みんな西表島に疎開していたそうです。
それから西表島。こっちは、緑の木が生い茂っていて、いっそう暑苦しかったです。
初めてカヌーに乗りました。講習もなしで、カヌーをレンタルして、マングローブを探検しました。面白かったです。
予定ではまだ3週間も八重山にいます。与那国も波照間も行こうかなあと思っています。
今朝起きたら、顔がかなりましになっていた。
ここ1週間ぐらい、ほんと顔が日焼けで、皮がむけて、エクソシストみたいになっていた。
今日の顔はまだ見れる。
しかし、人間、特に女性には外見というものが大事なようである。
ここ1週間ぐらい接した女性の対応が違っていた。冷たくて、よそよそしかった。
ここに来て、2日目にこういう風になってしまったわけだが、ここに来て一日目にあった女性(しかも、この人が一番いい女)の対応だけは、それほどかわらずによかった。
まともな時の僕を知っていてくれてるので。
この顔、確かにひどいけど、僕としては、それほど気になってなくて、普通のつもりで女性に話しかけるけど、話かけられた女性は恐いと思う。
鏡を見て僕も自分で恐いと思う。
でも、僕としては、こんなの一時的だし、ここは石垣島で、日差しが強くて、こういう風になってしまう人も少なからずいると思うので、あんまりみんな気にしないと思うのだけど、
やはり、女性は気にするようだ。
以前、ひげを顔中ぼーぼーに生やしてした時も、女性の対応が悪かった。目つきが違う。
ひげを剃って、きれいにしたときの、女性の僕をみる輝いた目つきとは、雲泥の差である。
まあ、今は、たぶんこの顔の日焼けが治っても、女性が注目するほどのハンサムではなくなったけど。
まあ、とにかく、あと2,3日でもとに戻ると思う。
そして、鳩間島に行く。竹内豊になる。
いろいろ考えて、あと一ヶ月ぐらい八重山諸島に滞在することにしました。
本来は7月中に大阪に戻る予定だったのですが、なんか考えているうちにあと、一ヶ月八重山諸島に滞在して、人生の一ページを作ろうと思いました。
一ヶ月以上、石垣島とその周辺にいたら、さすがに人生の一ページになるでしょう。
日焼けはまだ痛いけど、回復しつつあります。
今日は、底地ビーチというところに行った。
日差しが強すぎて、やばいので夕方4時過ぎから行って、ビーチには5時半ごろ着いたのですが、まだまだ暑かったです。
でも、陰を探してなるべく日差しを避けました。ここの日差し、しゃれになりません。
「北欧の日差しが強い」とか言ってましたが、レベルが違います。
北欧の日差しは、まぶしいだけ。ここの日差しは、3分以上直射日光に当たっているとがまんできなくなります。
10分当たっていると、ふらふらになります。
20分当たっていると、確実に日射病になるでしょう。
今日は、久しぶりに外人と話しをした。
誰もいないビーチに一人が寝ていたから、近づいてみると外人の女の子だったので、話しかけた。
フランスから来て、エステシャンとして、4ヶ月間ここのホテルで働いているらしい。(ワーホリかな)。あと4ヶ月いるらしい。
久しぶりにきれいな女性を見た。でも、話しただけで別れた(悲)。
この1ヶ月で、ドラマは生まれるのだろうか?