ケチと倹約家 | ヨーロッパの片隅で

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シリアスな話題から下ネタまで、ただ思いついたことを書いていきます。

僕、自分で言うのもあれですが、「倹約家」だと思います。というか、自分では意識してないのですが、特に贅沢したいという気持ちがありません。


それと無駄が嫌いです。もちろん、無駄に意味がある場合もありますから、その場合は別です。


こんな僕をたまに「ケチ」という人がいますが、僕はそれは違うと思います。「ケチ」という言葉には「強欲」というニュアンスが含まれていると思うので僕の場合には全く当てはまらないと思います。


「ケチ」は自分だけ得をしてその恩恵を他人には分けたがらない人だと僕は認識しています。


僕の場合は自分が得をするとかそういう意識はなく、例えば、旅館とかで水道の水を止めずに出しっぱなしで歯をみがく人とかいたら、勿体ないと思います。その場合、水を出しっぱなしにされても自分が損するわけではないのですが、嫌なのです


食事に関しても特に贅沢したいとは思いません。でも、量はかなり食べます。おかずがほとんどなくご飯だけでも、江戸時代なら白いご飯は贅沢だったんだなあ(実際は江戸時代、百姓はひえやあわを食べ、米はほとんど食べれなかったというのは間違いで、百姓も普通に米を食べていたという説もあります。)と考えながら、味わって食べます。


たぶん、僕があまりお金や贅沢に関心がないのは、幸い子供時代に家がお金に困るという経験がなかったからだと思います。


お金儲けに必死になる方々は結構、子供時代に家がお金に困っていた方々が多いように思います。僕は別にお金儲けに必死になることを否定しません。でも自分は幸か不幸かそういうお金を儲けたいという感情はもちませんでした。


僕、一番不思議に思うのがダイエットです。太りたくないために運動してエネルギーを消費してますが、それなら初めから食べなければいいのにと思います。まあ、食欲を抑えるのが難しいのは理解できますが。

でも、アフリカとかで飢餓で子供が死んでいくことを考えたら、同じ地球上にいながら滑稽なことだと思います。


貴重な食物を消費して、しかもそれを熱に変えて地球温暖化も促進しているんですから、地球規模で見たらダブルダメージです。


 一人ひとりの節約なんて小さなものですが、それが何千万人、何億人となれば地球規模でも効果が出てくると思います。だから、まずは一人ひとりの自覚、心がけから節約は始めたいものです。


でも、僕は節約して人生を無味乾燥なものにしろと言っているのではありません。本当に必要なものにはお金を使ったり、エネルギーを使ってもいいと思うんです。ただ、無駄なもの、ましてや害になるものに貴重なお金やエネルギーを使うのはやめてほしいです。