我々の人生の節目節目で登場して、あなたを善き道に誘ってくれる人。

そんな人は色々姿を変えて、あなたの前に現れます。

人生の善き指導者『メンター』であったり、貴重な助言をくれる『友』
であったり、互いに切磋琢磨する機会を与えてくれる『ライバル』であったり。


前記のどれもがプラスのチカラ、つまり『正のエネルギー』をくれる人達です。


しかし、もう一つ『負のエネルギー』をもたらす存在があります。


『負のエネルギー』と言うものは、そのきっかけがマイナスなので、
その『負』のまま利用し過ぎると最後はあまり良い結果になりません。

必ず、そのマイナス部分が巡り巡って自分に帰って来て、最終的には
自分の成長を止めてしまう要因にもなりかねません。

だから、『負』の連鎖だけは、ある段階で止めた方が良く、
一刻も早くに『負』を払拭する事が肝要なのです。


しかし、場合によっては(特に若い時期には)このエネルギーが
とてつもないチカラをもたらす事があります。

その場合に限って、『負』も人生にとっては無くてはならないもの
なのかも知れません。



そして、そんなエネルギーをくれる人を『悪役』と
名付ける事にしましょう。


彼らは正に我々を『負』に導き、フヌけた毎日に『喝!』をくれる人達です。


色々なケースがあります。

直接的な言葉の『毒』だったり、分からないように間接的にもたらされる『悪口』
だったり、
言葉だけではない非言語の部分での『害』だったりします。

『悪役』達に基本的な『愛』があれば、救われるのですが、
そんな場合は希有です。

彼らは、我々の心に土足で踏み込み、感情をかき乱し、勝手気ままに去って行きます。

彼らの心ない所行に随分と酷い気持ちにさせられます。

そして、我々の心に『悔しさ』だったり『嫉妬心』だったり
『自分のチカラの足りなさ』などを残して行きます。


凄く、嫌な気持ちになりますね。


しかし、ここが『負のエネルギー』の発動の機会なのです。

『悔しい』からこそ『みじめ』だからこそ『負けたくない』からこその
マイナスエネルギー。

それが時として、我々に『変化』と『やる気』をくれるのです。

そしてそれは、若い時期ほど『とてつもないパワー』を生み出す事も
珍しい事ではありません。



実際、私がそうでした。

就職していたレコード会社を辞める時に、上司から言われたこんな言葉
『作曲家としてもダメ、会社員としてもダメ、お前は最低のヤツだな』と。

そして留学先のアメリカで先生に言われたこんな言葉
『君は絶対に成功しないよ、アメリカでも、ましてや日本でも』


正に『負のエネルギー』が発動した瞬間でした。

『今に見ていろ!』って。

そう彼らは私の人生にとって『悪役』だったのです。

しかし、彼らがいなかったら絶対に今の私はいない!と断言出来ます。
今は彼らに大大感謝しています。


先ほど、『負のエネルギー』はいつまでもそのままにしておいたら
必ず、自分の身に降り掛かって来る、と書きました。

それでは、それを『正』に変えるのにはどうすれば良いのでしょう。


それは『感謝』です。

向こう側にたとえ『愛』がなくても、自分を変えてくれた『悪役』な人達にも
『感謝』する事です。


その時に『負』は『正』に変化して、決して自分に『負』が帰って来る事は
なくなるはずです。


私はこの頃、年も取ったせいか、若者に火を付けるために
わざと『悪役』になったりします。

疎まれても、嫌われても、結果的にその人のためになれば良いのですから。


すべからく年長者の務めではないか、、、、と。


とすると、あの上司も先生も、わざと『悪役』になってくれたのかも。

そう思うと、また全てに『感謝』ですね。

ありがたいものです。人生って。