「あ、おかえり~」
・・・・。
「お疲れ様、ヌナ」
うん・・
「ただいま」
って、
なんで
ここに・・
●●●●
今日は“最悪の1日”だった。
2度寝してしまって、見えた時計に
しっかりメイクもできないまま
家を飛び出して、
すべりこんだ電車は、いつもより
1本遅かったから、案の上、満員だった。
“ソレ”が嫌だったから
電車の時間、ずらしてたのに
あの感覚・・
確実に
触られた。
すぐに駅についたからよかったけど、
背筋を伝う悪寒にも似た感覚と
吐き気をひきずりながら
会社へ急いでいたら
ガラスに写った私の髪が
はねてるのに気づいた。
最悪だったのは、
慌てて右手で押さえた私の後ろを
同じ部署の元カレが通ったから。
一瞬、こっちに向けた視線に思わず
手を握りこんでしまった。
私とは遊びだったって
給湯室で話していたあいつの前では
綺麗でいようと思っていたのに。
ほんと、最悪の朝。
遅刻は免れたのに
席に座る前に課長に呼ばれた。
頼んでおいた書類が届いていないと
そんなはずない。
それは、仕上げた上で
課長に渡しておくと言ってきた
後輩の女の子に頼んでいたんだから。
それを伝えたら、後輩が呼ばれた。
びっくりした。
「受け取ってない」とか言った。
結果、頼んだ私が管理能力と責任がないと
言われて・・今日中の提出を求められた。
ムカムカしながらコーヒーを買いに
自販機に行ったらボタンを押す瞬間、
なぜか彼の事が浮かんで、
伸ばした指先は、いつものカフェオレの隣
“おしるこ”のボタンを押していた。
飲みたくもないおしるこを持って
デスクへ戻る。
その距離は、さっき浮かんだ彼を
思い出すには十分な距離で
すごく
会いたくなった。
会えないってわかってるのに
そんな事、望んだらいけないのに
どうして、あんな事言ったんだろ
ため息が消えないまま迎えた午後。
嫌な予感はした。
後輩がつくった資料のチェックを
頼まれたけど・・
正直、彼女の仕事は・・
データが古い・・。
適当で雑だった。
やり直しだとバックしたら
「え~、一生懸命したのにぃ。
あ、ってゆーかぁ。私がして、また
二重チェックするより先輩がした方が
速いんじゃないんですかぁ?」
いつもなら、そんな
たわごと聞かない。
でも
ゆるく巻かれた髪、
計算されたメイク
手入れされた爪
男性職員に仕事を渡す時に見せる
ふんわりした笑顔。
なんとなく・・
今日は、全部負けた気がして
結局、私がやり直す事に。
「眉間の皺すごいぞ」
急に後ろから聞こえた声は、耳元だった。
思わず動いた肩に乗せられた手。
昔は、この手に触られる事に
喜んでいたのが嘘みたいに
寒気がした。
それが、たぶん、そのまま
“元カレ”を見る顔に出たんだろう
「・・お前、だから無理なんだよ」
まったく、意味がわからない言葉を置いて
席に戻るその背中に湧いた気持ちは
怒りと虚しさと悔しさが
ぐちゃぐちゃに混ざっていたけど
その矛先は、
その手を選んだ過去の私に向いて・・。
PCの画面、並んだデータには、
そんな言葉、1つも並んでないのに
“僕ね、今までの事がヌナと出会う為に
必要な事だって思ったら、なんでも許せる。
それだけ僕はヌナと出逢えて幸せなんだよ”
彼の言葉が浮かんで
あやうく
泣く所だった。
駅から歩く足は、
途中で何度も止まった。
どうして、あんな事言ったんだろう。
「会えないのはキツイ・・
これ以上、頑張れない」
とか
そんな言葉
言いたい訳じゃなかった。
もう、数えるのをやめたはずの
キャンセルにちょっとだけ
“普通の彼氏”が欲しくなった。
それだけ。
彼への気持ちは、
なに1つ変わらないのに
謝る事もできないまま
眠れなくなって、結果・・
最悪な1日に繋がって。
足を止めたら
じわりと風景が滲むから、
どうにか足を動かして
やっと、家についた。
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