JIMIN >

 

「あ、あのさ、その、

クッションみたいなのは、

いつも手にはめてるの?」

 

「あ、これですか?

はい、こうやって」

 

俺の手を離れたユイさんの

手の中にボールみたいなモノを

入れ込む。

 

指の間にも、十分な隙間が開くように

 

「できるだけ、この手の位置で

キープするんです。こう、あ、

セブチのホシ君のポーズ」

 

そうやって右手で手の形をつくった。

 

「そうしないと、すぐに指が曲がりこんで

そのまま固まってしまうので。

オンニ、自分では、身体の

コントロールができないから。

ポジショニングと言って、できるだけ、

筋肉の緊張が落ちる姿勢を

クッションで作ってあげるんです。

あ、このフワフワのベッドは、

勝手に角度がつくんですよ。

時間になったら、こう、ぶわ~って

斜めになったり、空気圧が変わったり

で、床ずれを防ぐんです」

 

「そうなんだ」

 

「はい」

 

「もしかして・・」

 

「はい?」

 

「いや、ツボとか詳しかったのって」

 

「あぁ、はい。オンニの為に覚えました。

少しでも刺激があれば、何か違うかなって。

リハビリの先生から言われたんです。

目が覚めても、筋力がないから、

起き上がる所からの練習になるって。

だから、介助の方法も勉強しました。

目が覚めたオンニは、きっと、

19歳で時間が止まってしまってるから、

私が教えてあげられるように

ならなきゃって思って。

色んな所に連れて行ってあげられるように

車の免許もとって。まぁ、

事故があったから、オンマ達からは

反対はされましたけど。オンニが

心配しなくていいように、上手に

運転できるようになるまで練習して。

あ、オンニの結婚式のメイクは

私がする約束なので、メイクの勉強も。

昔と今じゃ流行りも違うし。

そう考えると・・今の私は、

全部、オンニが創ってくれました。

何もできない子だった私を・・」

 

いつもと変わらないジウの声、話し方。

彼女の中では、もう

この状態が“日常”になっている。

 

そう思うと、自然と

手を握りこんでしまっていた。

「ジウヤ」

 

トントン

 

ヤバ、


カーテンを閉める前に

扉が開く音がした。

 

「スホヤ」

 

「話せたか」

 

「うん。オンニも笑ってくれたよ」

 

「そっか。もうすぐ、注入の時間だ」

 

注入?

 

「あ、オンニ、口からゴハンが

食べれないので胃に直接、

栄養剤を流すんです」

 

直接・・

 

「その分は、おまえがちゃんと

食ってるからな」

 

「違うよ。私は、オンニが目が覚めたら、

おいしいお店に連れて行ってあげたいから。

あれだよ・・リサーチだよ」

 

「はいはい」

 

「ホントなのに」

 

「とりあえず、ジミンさん、そろそろ」

 

「あ、うん」

 

「ジミンさん、私、もう少し

ここにいます。また連絡します」

 

「うん、わかった。待ってる」

 

また彼女の声が聞こえた。

 

“食べ物をちゃんと食べる事は

義務です”

 

食べれるのに、食べないという選択は、

彼女の中では贅沢で我儘な事だったんだろう。

 

病室を出る時、すぐ傍にあった

消毒液にスホ君が手をかけた。


そういえば 

ジウも、すぐに手を消毒していた。

 

癖だと言っていた彼女。

 

全部、全部・・

 

ここから・・

 

 

 

 

 

 

エレベーターに乗って、

やっと息がつけた。

 

 

・・・・。

 

静かすぎると感じたのは、

 

ユイさんと同じように

寝たきりの人ばかりだったからだった。

 

心臓が動いていても・・

 

「スホ君」

 

「はい」

 

「奇跡は・・起きるよね」

 

「植物状態になった人が

7年も生きているのはすでに奇跡です。

まあ、世の中には、もっと長い

昏睡状態から目覚めた人もいますけど」

 

「じゃあ、希望は」

 

「・・・・難しいと思います」

 

「え?」

 

「俺もCTとか見せてもらいましたけど

・・・目覚めるのは、難しいと思います」

 

「で、でも、反応はあったよ」

 

「反射です。筋肉の。もちろん、

顔も筋肉ですから、笑ったように

見えるんです。でも、実際、

睡眠の周期はあるんです。呼吸も変わる」

 

「そう・・なんだ。でも、ジウは

・・信じてるんだよね」

 

「・・・信じたいんだと思います」

 

 

・・・・。

 

 

「今日は・・ありがとう」

 

「いえ。あいつが決めた事で

俺が協力するのは、当たり前の事なんで」

 

・・・。

 

「・・スホ君」

 

「はい」

 

「・・なんか怒ってる?」

 

「・・怒ってません。もともと・・」

 

 

 

「いや、嘘です。正直、

ジミンさんには話したのにって・・

少し、モヤッとはしました」

 

・・・。

 

「正直だね」

 

「そうしないと、彼女に会えないので」

 

「どういう事?」

 

「いろんな感情に向き合って、

“人間”にならないといけないんで」

 

人間・・

 

「よく・・わかんないけど」

 

「まぁ、・・俺もです」

 

 

チンっと動きが止まった箱が扉を開けた。

 

 

 

 

乗り込んだ車は、間を置かず

動き始めた。

 

振り返ると、スホ君が

軽く頭を下げて、また

病院に戻って行った。

 

 

 

 

「大丈夫?」

 

「・・うん」

 

 

「そう」

 

やっぱり、何も聞かないヌナは、

病院の駐車場を出て

左にハンドルを切る。

 

 

 

「どっちに帰るの?」

 

「あ、あっちに」

 

「わかった」

 

 

・・・・。

 

 

もし、

この道の途中で事故にあったら、

 

彼女との時間が、

家族との時間が、

メンバーとの時間が、

 

急に止まったら・・。

 

言い足りない事ばかりだ。

 

素直でいなきゃ

・・もったいないよな。

 

 

窓の外を流れる景色は、

少しずつ暗さを増してきた空気を

人工的な光で照らし始めていた。

 

「ヌナ」

 

「何?」

 

 

 

 

・・・・。

 

 

 

「ヌナがいてくれてよかったよ。

ありがとう」

 

 

「・・どうしたの?急に」

 

「・・ううん。そう思ったから

伝えとこうって思っただけ」

 

「・・ジミナ」

 

「ん?」

 

「・・幸せでいてね」

 

・・・・。

 

ヌナは、ずっと、俺達の幸せを

願ってくれていた。

 

「・・ん」

 

 

そんな風に想い合える。

 

幸せな事だ。

 

でも、

それは、そう感じられるのは

 

返してくれるから。

 

態度で、言葉で

 

一方通行の気持ちは、

どこに積もっていくんだろう。

 

ジウの気持ちは・・

 

『マンションで待ってるから。

気を付けて来、』

 

・・・・。

 

指を動かして打ち直す

 

『マンションで待ってるから。

気を付けて“帰っておいで”』

 

きっと、ユイさんも

返してあげたい言葉が積もってる。

 

伝える事ができないだけで。

 

それができる俺は、

精一杯、伝えよう。

 

♪♪♪

 

『はい。帰ったら

“全部”聞いてください』

 

 

☆☆☆☆☆☆☆