【17:40】

 

Jiu >

 

「わぁ、なんか、昔を思い出すわ」

 

・・・・。

 

「え・・と」

 

「あ、ごめんなさいね。急に」

 

「い、いえ・・その、逆にすみません。

こんなとこ・・」

 

「何、言ってるの。私の方が

わがまま言ってるんだから」

 

私の部屋に違和感を持ったのは、

ジミンさんが来た時と

 

・・今、

 

ハイブランドのパンツスーツを着た

ヘジンさんが狭い部屋を

キョロキョロと見ている。

 

ヘジンさんが・・

部屋にいる・・。

 

 

ジミンさんのマンションを出て

途中でランチをして、

家に戻ったのが、14時。

散歩は夕方にでも行こうかと思って

部屋の掃除をして、

一息ついた時にかかってきた電話。

 

『今日、お家行っていい?』

 

窓の外は薄いオレンジが

白い雲を縁どり始めていた。

 

 

~・~・~・~

 

「じゃ、乾杯」

 

「あ・・乾杯」

 

小さなテーブルの上には

美味しそうなにおいのチキンと

・・ビール。

 

今まで、2人で食事をする場所は

高級レストランで、

テーブルの上には見た事もない

料理が並んでいたから、

いつも、先に目がいったのは

テーブルの上だったけど、

 

今日は・・

 

私の右手側に座って

美味しそうにビールを流しこむ

ヘジンさんから目が離せなかった。

 

「ん?」

 

 

「い、いえ。いただきます」

 

 

 

とりあえず・・

状況がわからないけど

ビールだけは飲みこんだ。

 

「買ってきておいてなんだけど、

チキン、好き?」

 

「あ、はい。大好きです」

 

「よかった」

 

・・ヘジンさんの笑顔は・・

 

「ちょ、ちょっと

待っててくださいっっ」

 

慌てて立ち上がって、

洗面台のチェストから

持って来たバスタオルを

不思議そうな顔のヘジンさんの

腰元からかけた。

 

「服、汚れたら大変です」

 

すごく、高いのに・・

 

その時、ふっと息がもれたと思ったら

ここに来て、一番楽しそうに笑った。

 

・・よかった。

 

“嘘”が見えない笑顔にホッとした。

 

「・・ヘジンさん」

 

「ん?」

 

「何か・・あったんですか?」

 

空気が和らいだから

ようやく聞けた。

 

「何かないと・・不自然よね」

 

・・・・。

 

「娘と・・あんまり話せてないって

いつか話したでしょ」

 

あぁ・・

 

「昨日ね、ケンカ・・

ケンカでもないわね。

娘に言われたの。

今更・・母親面しないでって」

 

・・・・。

 

言葉を出せない私と

一瞬ぶつかった視線は、手元に落ちた。

 

「情けないけど・・

娘の言う通りなのよ。私、今まで、

ずっと、あの子の“サイン”を

無視してきたから」

 

無視・・って。


困ったように笑ったヘジンさんは

ビールを両手で包むと

その曲面にジワっと流れた水滴を

そっと親指でぬぐった。

 

「小さな頃から“イイ子”だった。

わがままも言わない・・手もかからない

聞き分けがいい“イイ子”。仕事が

忙しくて、かまってあげられなかったのに

いつも笑ってくれていたの。でもね、

これでも母親だから、“サイン”には

気づいていたの。何か、

話したがってるって。わかったのに・・

時間を作ってあげられなかった。

作る・・それも、違うわね。優先して

あげられなかったの。あの子の優しさに

甘えてしまった」

 

私には、ただのビール缶なのに

水滴が滑るそこに

何かが映っているのか、

ヘジンさんの視線は、曲面をなぞり続ける。

 

・・・・。

 

「やっと、話せると思った時には、

娘の“サイン”は消えていて・・

何もわからなくなった。ただ、娘の中で、

私の居場所がなくなったのは・・

それだけはわかったの。それでも、

心配な事があって、聞いたら・・」

 

 

強くて、優しくて、

たくさんの女性の居場所を

創り続けてきた私の憧れの人が・・

 

狭い部屋の中で、

チキンとビールを前に

今にも泣きだしそうな顔で・・

 

なんて言ってあげたらいいのか

わからなかったから

 

「・・居場所はなくなりません」

 

私が創れるのは、

腕を広げたこの場所だけ

 

だけど・・

 

目の前の人ぐらいなら・・

 

腕の中で震え始めた肩を

包むぐらいはできる。

 

「ヘジンさん・・大丈夫です」