不機嫌な彼のトリセツ 

 

・・・・。

 

やっぱり・・

 

『遅れる』

 

久しぶりのデート。

 

遠足の前日の子供のように

はしゃぎすぎる自分を

必死でおさえてみたけど

結局、30分前に着いてしまった私に

彼からのカトクが届いたのは、

待ち合わせの時間を10分過ぎてからだった。

 

ベンチに座ってるお尻が

痛くなってきた。

 

付き合い始めて1年が過ぎて

なんとなく

溜まっていくモヤモヤは

きっと会えないせいだと

考えるようにしていたから。

 

正直、気合いを入れた。

 

彼が、マイペースなのは

知っている。

遅れる事は、もう

珍しい事じゃない。

 

付き合いたての頃は

忙しいのに、遅れてでも

私に時間を使ってくれてるって

感動すらしていた。

 

 でも、

 

30分前に着いた私とは、

 

もう同じ気持ちじゃないような気が・・

 

 

・・・。

 

ダメ、ダメ。

 

せっかく、会えるのに。

 

 

今までどーり。

怒った“フリ”ぐらいで

 

すぐ、笑って・・。

 

笑って・・。

 

あ、バスケの話をしよう。

 

何も知らなかった私が

選手の名前を言えるようになると

嬉しそうに笑った。

 

出かけた先で

口を横に結んだら

“疲れたから帰りたい”のサイン。

無理してほしくなくて

私が疲れたフリをして

行先を変えた。

 

静かな彼の世界に

どうにかして入りたくて

こっちを見てほしくて

一緒にいる時は、ずっと喋ってた。

 

 

言葉少ない彼のサインを

見逃さないようにして

少しずつ出来上がった“トリセツ”に

1人で満足したり・・

 

ちょっと・・

 

自分がかわいそうになった。

 

 

息をついて、カトクの画面の上

指を滑らせる。

 

『あと、どのくらい』

「あの、」

 

 

 

かけられた声に顔を上げると

 

「すみません、あの道を

教えてほしいんですけど・・」

 

少し、遠慮がちに聞いてきたのは

高校生?大学生かな?

どっちにしても年下の男の子だった。

 

「いいですよ」

 

私の言葉に、

 

「ありがとうございます」

 

ホッとしたように笑った

その笑顔が、可愛くて

つられて笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「ここを右に行ったら、青いドアの

○○という店があるから」

 

隣に座った彼のスマホの画面を見ながら

言葉と指でお目当ての店を教える。

 

でも、ここ・・

「お友達と行くの?」

 

パンケーキが有名なカフェ。

男の子1人で行くような店では

ないけど・・

 

あ~・・

 

声を上げた彼は

少し恥ずかしそうに

「え、と、その、彼女と・・」

 

 彼女・・

「もしかして・・初デート?」

 

「・・はい」

 

わぁぁ。

なんか・・

 

 

癒される・・。

 

こんな時があったなぁ・・

 

 

 

 

・・・あったか?

 

「その、彼女が行きたいけど、

店がわかりづらいって。

あ、彼女、方向音痴なんです。もう、

目が離せないぐらいの・・だから

僕が連れて行くって言ったけど・・

地図見ても、よくわからなくて・・」

 

「待ち合わせ、何時?」

 

「あ、行くのは、明日です。

その・・練習というか・・

当日、迷いたくなくて。

そういうの見せたくなくて」

 

・・か、可愛すぎる。

 

え、

 

こんな子、まだいるの?

 

もう、

天然記念物、絶滅危惧種

 

保護案件だ。

 

彼女の為に・・とか

 

「明日、喜んでくれるといいね」

 

「はい、あ、じゃあ、行ってみます」

 

「ん、頑張って。その青いドアが

目印だから」

 

「はい、ほんとに

ありがとうございました」

 

笑顔の彼に笑顔で返して

 

 

・・・・。

 

 

 

うわぁ・・

 

 

ちょっと、

離れたところにいた彼氏の顔は

 

すっごく・・

 

めんどくさい事になりそうな顔だった。

 

 

私・・笑えてるかな

 

 

 

「誰、今の」

 

「んー、お店の場所がわかんないって

道、聞かれたの」

 

「へぇ・・店ね・・」

 

“遅れてゴメン”

“会いたかった”

 

なんなら

 

“髪、切ったんだ。似合ってる”

 

とか・・ないんですかね

 

「元気だった?」

 

「んー」

 

「私も元気だったよ」

 

聞かれてないけど

 

「知ってる」

 

・・・。

 

「仕事、落ち着いた?」

 

「まだ・・全然」

 

ため息は・・

やめてほしい

 

「今日、映画さ」

 

「映画、やめない?」

 

・・・。

 

「なんで?」

 

「・・・別に、今

見なくていいかなって」

 

・・・昨日は

そんな事、言ってなかったでしょ

 

何?

 

もしかして、さっきの?

 

「OK、じゃあ、ゴハン

どこ行こうか」

 

「どこでもいい」

 

・・・・ダメだ。

 

「・・もういい」

 

何?なんなの?

 

「何が?」

 

足を止めた私にかける

言葉の温度は、変わらない。

 

何を考えてるのか

全然わからない。

 

初めての両想い。

 

好きになった人が

私の事を好きになってくれた。

だから、

大切にしたかった。

 

そんな人、

もう、絶対出会えないって。

 

でも、

全部、私から。

全部、頑張るのは私だけ。

彼の気持ちが聞けるのは

私が聞いた時だけ。

 

それでも、

ふと見せる笑顔に

ゴツゴツと骨ばった手が

優しく肌をなぞってくれた夜に

 

モヤモヤは、消えてしまった。

 

消えたって思ってたけど

 

 

 

別に、そんな事

求めていた訳じゃなかったけど

 

あの男の子の彼女が

少しだけ羨ましくなった。

 

私の為に、

少しは・・一生懸命になってほしかった。

 

「道、教えてただけでしょ。

っていうか、遅刻したのは

そっちじゃない。なのに、

ずっと、そんな顔で・・」

 

 

 

ここが、道の真ん中で

みんなが、こっちを見てるのは

わかってるけど、

 

落ちていく言葉が止まらなくなった。

 

「いつも、私から・・全部、私から。

でも、それでもよかった。だって、

初めて両想いになれたから。私は、

会えなくても・・欲しい言葉が

もらえなくても・・それで

・・よかった。でも・・

もう、いい。今日は帰」

 

・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道の真ん中なのに・・

 

「帰った後・・どうするんだよ」

 

 

彼の声が耳元で聞こえて

身体は、その体温に包まれた。

 

どう・・って

 

「別れよう・・とかカトク送るのか」

 

・・いや、別に、そこまでは

 

今、ちょっと、頭に血が上ってて

 

っていうか、

 

ここ、道の真ん中・・

 

「・・眠れなかったんだよ」

 

え?

 

「・・ちょっと・・その・・

緊張・・した」

 

・・・・。

 

「私と会うのに?」

 

「お前と会うからだろ」

 

 

付き合って1年・・

 

初めて言われている言葉は

なかなか、素直に入ってこない。

 

とりあえず・・

 

顔見た

「こっち見るな」

 

顔が見たくて動かした頭は

ぐっと、押さえられた。

 

「・・映画は?」

 

「2時間以上、お前の方向けないし

話せないし・・時間がもったいない」

 

・・・・嘘でしょ

 

 

 

「お前さ」

 

なぜかため息・・

 

「何?」

 

「もうちょっと自覚して」

 

「何、自覚って」

 

「・・他の男からみられてる」

 

「・・そんな訳ないじゃん」

 

「そんな訳あるから言ってるんだろ。

さっきだって」

 

・・・。

 

「さっきのは、アレだよ。

明日の初デートの前にお店を

確認しておきたいって」

「嘘かもしれないだろ」

 

・・・嘘って

 

でも・・

 

ほどかれない腕

耳元で響く大好きな低い声。

 

「別にIDとか教えてないよ」

 

腕は、自然と彼の背中に回る。

 

「当たり前だ・・他の男の前で

笑うなよ」

 

・・ここまで言う事なかったのに。

 

「・・無理だよ」

 

「・・・」

 

なんか、可愛いなぁ

 

 

「映画、行かないならどこ行くの?」

 

「・・いいよ、映画で。

観たかったやつだろ」

 

「でも、ユンギは映画より

私を見てたいんでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・俺、気持ち悪くないか?」

 

 

 

 

 

 

思わず、吹き出してしまった。

 

さっきまで身体中を

グルグル回っていたモノが

ふわっと形を失くす。

 

「私は、嬉しいよ。

そんな風に思ってくれてたとか

知らなかったし・・言ってくれないから」

 

「言おうとしたら、お前が次から次に

別の事、話すからだろ」

 

「そうなの?」

 

「そうだよ」

 

「そうだったのか・・。

話さないとわかんないね」

 

「・・そうだな」

 

「ユンギ・・もう顔見ていい?」

 

私の言葉に、ゆっくりと

腕の力が抜けていく。

 

彼はマイペースだけど

言葉を、ちゃんと探して

答えようってしてくれてたのに、

私がずっと話すから。

 

 

「人当たりがいいと評判の私が

笑顔を見せないとか・・それは

できないけど、怒ったり、泣いたり

素直でいられるのはユンギの前

だけだよ」

 

口を結んで何も言わない彼に

言葉を続ける。

 

 

「それに」

 

1度離した身体を

また近づけた。

 

「ベッドの上での顔は

ユンギしか知らないよ。

それじゃ・・ダメ?」

 

耳元で、わざと落とし声に

 

「・・そ・ゆう事なら」

 

1度、咳払いした彼が

 

 

・・可愛すぎる。

 

「仲直り?」

 

「ん」

 

ぎゅっと抱きしめられた

腕の中、彼が私の髪に

顔をうずめる。

 

「髪・・似合ってる」

 

言葉と一緒に零れた息が

髪の合間、首筋を伝うと

 

一瞬、よぎった彼の部屋。

 

ダメ・・・ちゃんと“デート”してから

 

「じゃあ、行きますか」

 

「行くか」

 

「映画」「ベッド」

 

・・・・。

 

言うと思った。

 

そう思えた自分に

また笑ってしまった。

 

「映画、行っていいって

言ったじゃん」

 

「んーーー」

 

口を結んだまま、

返事のような音を出す

彼の指の間指を滑らせる。

 

「・・“早く帰りたい”でしょ」

 

「何が?」

 

「ユンギがその顔する時は、

“疲れてるから早く帰りたい時”

どう?正解でしょ?」

 

彼の顔の真似をした私を見て

 

フハっと笑った彼は

 

「80点」

 

80点?

 

「どういう事?」

 

まだ、楽しそうにこっちを見る。

 

「お前といる時は、

“早く帰って2人きりになりたい”

が、正解」

 

・・・・。

 

 

「そう・・なんだ」

 

でも、その割には、

その後・・ナニもしない時もあったけど

 

「でも、お前の方が疲れたって

言う時があったから」

 

・・・・気、使ってくれてたのか

 

 

「なんだ・・私は、ユンギが

疲れてるのに、私に合わせてくれてるって

思って」

 

「疲れてるから、会いたくなる」

 

・・・・もう、1年経つのに。

 

初めてのデートでもないのに。

 

今日が1番、心臓が速い。

 

「なんか・・今日は、素直だね」

 

「そうか?」

 

「・・嬉しいけど」

 

「じゃあ、もう言うけど」

 

 

「お前が俺に告白する前に

友達と話してるの聞いた」

 

「話?」

 

「その・・寡黙な俺がかっこいいって」

 

!!っっ

 

「えっ、まって。だって、それ・・」

 

「好きな子のイメージは・・

崩したくなかった」

 

・・・・。

 

「全部、好きだよ。どんなユンギでも

大好きだよ」

 

こんなに、胸が苦しくなるぐらい

 

「・・・あんまり、煽んな。

映画、行けなくなる」

 

・・・・。

 

「映画・・今日じゃなくてもいいよ」

 

 

 

 

 

なんで、ため息?

 

 

 

「待ち合わせの場所・・

俺んちの前にしとけばよかった」

 

 

 

 

 

今日は、きっと

もっとたくさん話せる。

 

可愛い彼氏さんの

新しい“トリセツ”

また、作らなきゃ。

 

 

Fin