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「・・理由を聞いてもいい?」

 

ヘジンさんの声は柔らかい。


カップから離した手を、

膝の上で握った。 


「私、お話をいただいた時、

本当に嬉しかったです。

本当は、その場でお返事したい

ぐらいだったんですけど、

今の職場を離れる事に

正直、不安があったので」

 

「その道へ進む気持ちは

変わらないのよね?」

 

「はい。それは、変わりません」

 

「・・オンニの傍が安心?」

 

え?

 

「ごめんなさいね。こういう

立場だから、自分が声をかける相手の事は、

しっかり調べてからでないと

委員会にかける事ができないの」

 

「あ、じゃあ・・院長との関係は」

 

「知ってるわ。彼女に反対されたの?」

 

「・・はい。まだ、時期が早いって」

 

「時期ね・・私が言う事じゃないと

思うけど、もう、あなたは、

彼女の手を離れてもいいと思うわ。

彼女の反対も、ある意味、

情があるのかもしれないし」

 

情・・。


「・・確かに、そうかもしれません。

院長とは、最初は、家族のような

関係から始まりましたから。

でも、一緒に働かせてもらうようになって

わかったんです。プロとしての

院長の素晴らしさが。同じ道の先に、

院長が・・、オンニがいてくれる事が、

すごく心強いし、私の目標です。

オンニの言葉は、私を同じ道に

立つモノとして、見てくれた上での

言葉だと思ってます」

 

「じゃあ、ずっと、彼女の傍に?」

 

 

・・・・。

 

 

この選択が間違っているかどうかなんて

きっと、ずっと先じゃないとわからない。

 

だからこそ

 

動けなくなる前に、動かないと・・

 


その気持ちが消えなかった。

 

だから・・

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、職場も辞めます」

 

 

 

 

「・・彼女の傍を離れるけど、

私の所にも来ない・・という事?」

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

「・・行きたいところがあるの?」

 

「・・いえ。これから探します」

 

「・・・」

 

息をついて、言葉を続けた。

 

「私、ヘジンさんが、病室で

Lさんに言った言葉がすごく、

・・羨ましかったんです」

 

「私の言葉?」

 

「はい。今までのLさんのを知った上で、

未来が見えると、あなたが欲しいと。

その言葉が、すごく・・羨ましくて、

いつか、私も言われたいと思いました。

ヘジンさんからのお話を断るなんて、

他の人から見たら、ほんとに、

バカで贅沢で・・みすみすチャンスを

逃してると思われるんでしょうけど。

でも、私が欲しい言葉を言ってもらうには、

今、ヘジンさんのお話を受ける事も

オンニの傍に居続ける事も、

どちらも違うと思ったんです。

もっと、実績を積んで、自分でも

自信を持ちたいし、

そんな私を求めて欲しいです・・。

図々しいのはわかってるんですけど」

 

 

一度も、握りこんだ手を見ずに

言えた事にホッとした。

 

ヘジンさんが笑ってくれたから。

ちゃんと、伝えられたと思った。

 

「ん~・・そう、あなたが

そこまで言うなら・・わかったわ。

じゃあ、これからは

あなたの活動を見せてもらうわね」

 

 

「は、はい。一生懸命、

頑張ります」

 

 

 

 

「紅茶、冷めちゃうわね」

 

 

 

「いただきます」

 

カラカラだった口の中を

満たした紅茶は、やっと、味がした。

 

 

美味しい・・。

 

 

「それにしても・・驚いたわ」

 

 

「ジウさん、そんなに、はっきり

自分の意見を言えるのね」

 

・・・・。

 

そう言われると・・

 

あんまり意識しなかったけど

 

 

「やっぱり、スイッチが

あるんですかね?」

 

「スイッチ?」

 

「はい・・最近、別の方にも

言われて。私がスラスラ話す時が

あるから、スイッチがあるのかなって」

 

ジミンさんの言葉を思い出した時には

手が頭の上に乗っていた。

 

「スイッチ・・そこにあるの?」

 

楽しそうなヘジンさんは、

 

「いえ・・ないです」

 

私の言葉に、また、笑った。

 

 





 

「そういえば・・彼女から聞いた?」

 

彼女?

 

 

「あら?聞いてない?

来週、帰ってくるわよ」

 

 

「誰ですか?」

 





「ujiよ」

 

 

!?