7月6日(木)【19:37】

 

 

「はい、“34”歳、おめでとう」

 

・・・よく覚えてたな

 

「ありがと」

 

「じゃ、約束どーり、時計外して」

 

・・・・。

 

「今日が終わったら、外す」

 

 

こんな目をできる人が

いまだに“優しい先生”と

言う代名詞を保ってる。

 

 

 

「わかった。かわいそーだから、

待ってあげる。そのかわり、

0時まで一緒にいるからね」

 

「・・・はい」

 

「で、今日、ちゃんと下着・・よし」

 

個室で、診察でもないのに

シャツをまくって下着を見せる。

 

去年、由美にもらったモノ。

新品のままだと口が滑ってしまって、

絶対に、今日、つけてこいと言われた。

 

「0時までって、大丈夫なの?旦那さん」

 

「え?大丈夫よ。そんな事で

ギャーギャー言う人じゃないし」

 

「優しいね」

 

「だから、結婚したのよ」

 

由美は、3か月前、

あっさり結婚した。

 

「しかも、条件もピッタリだったし」

 

 

キスが上手くて、

身体の相性がよくて、

本人曰く、“ついでに”、

お金持ちだったらしい。

 

「それだけ、努力したからね。

いくら、自分に金つっこんだと

思ってるのよ」

 

・・・たしかに。

 

でも、仕事はやめなかった。

いつ、なんどき、別れが

きてもいいように蓄えるらしい。

 

結婚はゴールじゃなかったんだ。

 

「明日は、お互い、休み

とってんだから、久しぶりに

がっつり、飲むわよ」

 

「わかった」

 

0時までと意気込んで

2杯目をオーダーした時だった。

 

Rrrrrrr

 

鳴ったのは、由美のスマホだった。

 

一瞬、眉間にシワを寄せて

タメ息をついた彼女が電話に出る。

 

「もしもし、何・・え?嘘、どこで?

・・ちょ、動けるの?」

 

絶対、帰らないといけない

用件なのはわかった。

 

「何?」

 

 

「駅前の階段踏み外して落ちて・・

今、搬送されてるって

頭とかは打ってないけど、

腰やってるかも。」

 

「早く、行って」

 

「ごめん、もう、今度、

どこでも連れて行くから」

 

「大丈夫。私も、もう帰って

家でゆっくりするよ。詳しい事

わかったら、連絡ちょうだい」

 

 

「わかった。ホント、ごめん」

 

 

私に頭を下げる由美を見れただけでも

十分なプレゼントだった。

 

 

・・・さて

 

 

「トイレ行って帰ろ」

 

時間・・19時50分

 

やっぱり、お前だけだ。変わらないのは・・

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ごめんなさい」

 

トイレからの狭い通路、

前から来た人にぶつかってしまった。

 

 

 

 

・・・・・。

 

 

「・・詠美?」

 

 

 

「・・りょう・・た」

 

 

少しでも

キレイな恰好をしていてよかった。

 

「・・元気・・だったか?」

 

まぁ、風邪もひいてないし

 

「元気・・り、りょうたは?」

 

「あ、あぁ・・元気だよ」

 

「・・そ、・・ならよかった。じゃあ、」

 

「待って・・・その時計」

 

!!

 

思わず右手で隠してしまった。

 

由美から言われた時に

外さなかった事を心底悔やんだ。

 

「それって、俺が」

「ち、違うの、時計が壊れて、

使えるのがコレしかなくて」

 

 

 

 

「だとしても・・持っていて

くれたんだろ」

 

そう言った彼の手は

私の左手を包んでいた。

 

「ち、違う、そんなんじゃなくて」

 

振り払いたいのに・・

彼の感覚を覚えていた事に驚きすぎて

 

左手に伝わる熱。

 

この手が大好きだった。

 

「詠美・・」

 

その声で名前を呼ばれるのも・・

 

 

「りょう~」

 

聞こえた声に

一瞬で彼の手が離れた。

 

・・・・。

 

「もう、何してるの?

みんな待ってるよ・・誰?」

 

 

 

 

 

・・・あなたこそ、誰?

 

 

 

 

彼の首に腕を回しながら

横目で私を見て来た女性は

 

 

あの時の人でもなかった。

 

「あぁ・・昔の・・知り合い」

 

チラッとこっちを見た彼に

 

なんか・・急に

心が凍っていくのがわかった。

 

 

 

~・~・~・~

 

 

 

「先生?」

 

聞こえた声が

どっちからなのかわからなくて

見回した瞬間、目の前が歪んだ。

 

 

 

「っと、大丈夫ですか」

 

 

 

 

 

・・ユンギ?

 

ぼんやりとした中

 

 

 

目の前にいるのは

ユンギじゃなくて・・

 

 

 

髪伸びたから、余計、被るのか?

 

なんで、公園に彼がいるのか

わからなかったけど、

なんで、自分も、ここに来たのかは

わからなかった。

 

「・・どんだけ飲んだんですか?」

 

どんだけ?

そんなには飲んでない

・・とは思うけど

コンビニでワインを

1本買ったのは覚えていた。

 

「先生、立てますか?」

 

身体が熱いのは、アルコールと

彼の腕の中にいたから

 

「ん~、今・・何時?」

 

時計は見たくなかった

 

「今・・あ~、あと3分で今日が終わります」

 

3分・・タイムアップか

 

「・・外さなきゃ」

 

「え?」

 

「34になる前に彼氏ができなかったら、

・・この時計捨てるの」

 

「時計・・でも、これ大事なモノだって

言ってたでしょ」

 

なんか笑えてきた。

 

「誰もいないから、教えてあげる」

 

彼の腕から身体を起こす。

 

ベルトに手をかけるけど

手に力がはいらなくて、

うまく外せなかった。

 

「これ・・元彼にもらったの。

まあ・・彼氏だと思ってたのは、

私だけで・・向こうから言わせれば

ただの浮気相手で・・なのに、

そんな事に気づきもしないで

け、結婚とか考えてたんだよ・・

バカだよね・・しかも、・・

2年前に振られたのに捨てられないとか・・

由美も呆れて・・ホント、かっこ悪、」

 

・・・・。

 

 

 

 

 

「先生は、カッコ悪くないです」

 

いつのまにか、

私の前に両膝をついた

彼の腕の中にいたから、

その言葉は耳元で響いた。

 

 

 

「誰もいないから、泣いていいですよ」

 

 

その前から、涙は出てたけど・・

 

「先生、俺につかまって」

 

ぐちゃぐちゃの気持ちは、

何も考えられなくて、

聞こえた声に操られるように

身体が動いた。

 

彼の首に腕を回したら

しっかり、抱きしめてくれたから

 

余計に泣けてきた。

 

 

 

 ~・~・~・~

 

 

「・・先生、水、買ってきます」

 

優しい声に腕をほどく。

 

 

しばらくして

 

「はい・・誕生日プレゼントです。

今年は、まだ、何も渡して

なかったですね」

 

目の前に来たペットボトルに

思わず笑ってしまった。

 

「ありがと」

 

「どういたしまして」

 

蓋を外して渡してくれた水は

一口で思ったより減った。

 

「・・落ち着きましたか?」

 

 

「・・ん」

 

「・・時計、はずしましょうか」

 

・・・・。

 

「・・ん」

 

私の前にしゃがむ彼は、

ずっと地面に膝をついたまま

だったから、

 

「膝・・汚れるよ」

 

「何、気にしてるんですか・・

はい、時計、外れましたけど」

 

気にしてる間に、

何もなくなっていた。

 

何も・・

 

思わず、右手で左手首をさすった。

 

なんの時間を見てきたんだろう・・。

 

あの時から、私は独りだったのに・・。

独りの時間を教えてくれていた

だけだったのに。

 

また、泣けてきた。

 

 

「もう、いいですか?」

 

 

「あぁ・・うん。大丈夫、ごめん」

 

急いで手の甲で涙を拭いて

たまたまとは言え…。

 

水で流されたアルコールの中から

少しずつ戻って来た意識は、さっそく

後悔を連れてきていた。

 

「よかった」

 

よかった?

 

 

彼の手が私の両手を包んだ。

 

 

「もう、言っていいんですよね」

 

「・・なんの」

 「好きです」

 

・・・・。

 

「俺、ずっと先生の事が

好きだったんです」

 

 

・・・・・。

 

「俺の彼女になってください」

 

何度、瞬きしても、

目の前に見える彼が

消える事はなかったから

答えを待たれてるのは

わかったけど…

 

「・・・あ、の、えっと、

え・・いや、」

 

私は、ついさっき34歳になって・・

ユンギ・・あっ、違う

彼はまだ22歳で大学生で・・

 

この年になったら

大事なのは

 

 

 

 

「わ、私、キスが上手で

身体の相性が良くないと

付き合えないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バカなの?

 

 

 

彼が固まってる。

 

当たり前だ。

 

こんな欲求不満

爆発させた断り方って

 

「じゃ、頑張ります」

 

・・・・

 

私、

 

断ったんだけど・・

 

 

なぜか、キスされて

 

「もう1つは、俺の家でいいですか?」

 

って聞かれたから

 

 

 

 

「試す前に、お風呂に入って

歯磨きしたい」

 

 

とか

 

 

訳のわからない事を言っていた。