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〈2020年〉

 

7月7日(火)【13:00】

 

 

 

 

「高倉先生?」

 

 

「あぁ、内田君」

 

 

ペコっとお辞儀をした彼が

ベンチに近づいてきたから

少し、横にずれると、

もう1度、お辞儀をして腰を下ろした。

 

「昼休みですか?」

 

「うん、面会?」

 

「いえ、バイトです」

 

「そっか・・もう、慣れたもんだね」

 

「まぁ、あの日と比べれば」

 

思わず笑ってしまった。

 

『あの日』ね・・

 

   

私が勤務する大学病院内の

テナントに行きつけだった

コーヒーショップが入ったのは5月。

 

しかも、

病院スタッフであれば、

IDを見せると、ドリンクが

無料になるという、ありがたい

システムを作ってくれた。

 

いいとこついたな、院長

 

まあ、そのかわり、

時間帯によっては長蛇の列で、

それこそ、

オープンしたては、すごかった。

 

業務の合間で行けたのは

オープンして5日後、

初めての利用だったから、

首から下げたパスをもう1度確認した。

 

私のID

氏名:高倉 詠美

所属:内科

 

これに書き足すとしたら・・

 

誕生日:7月6日

星座:かに座

血液型:O型

干支:巳年

身長:160cm

体重:平均・・だと思う

 

好きなモノ:可愛いモノ、キャラモノ、

コーヒー、辛いモノ、韓国料理、

お酒、それからBTS

 

 

私の番が近づく中、

 

あら?

 

見覚えのある子だった。

 

もしかして

 

黒髪の短髪、白い肌、

初めて会った時に

 

なんとなーく

なんとなーく

 

 

 

推しのユンギが

頭をかすめたけど・・。

 

 

 

「あっ、いらっしゃいませ」

 

少し慌てた様子が見えた。

 

「内田君?」

 

私の声に、ふと顔を上げて

 

「あ」

 

短く声を出した。

 

「びっくりした。ここで

バイト始めたんだ」

 

私の言葉に、

少し息をついた彼が

 

「はい。ここだと、

面会もしやすいんで」

 

年齢を聞いた時は驚いた程

低く落ち着いた声。

 

「そっか」

 

彼の母親は

先月から入院したから

もう、担当は外れたけど

時々、顔を見には行っていた。

 

「あ、ご注文を」

 

「あっ、そうだ。ん~、

フラットホワイトお願いします」

 

「フラット・・」

 

メニュー表の上を視線が迷う。

 

「これ」

 

指さすと

 

少し恥ずかしそうに

 

「ありがとうございます」

 

と呟いた。

 

なんか、

 

 

可愛いなぁ

 

「急がば回れ。ゆっくりでいいよ。

焦って間違えるより」

 

カフェで働いた経験もないくせに

思わず言ってしまった。

 

「はい」

 

・・・・・。

 

初めて、彼の笑顔を

しっかり見たような気がした。

 

 

 

 

 

それから、言葉を交わす事が増えて

たまに、カフェ以外の場所で

会っても呼び合えるようになった。

 

 

というより、

呼ばれる事が多かったけど・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

「生、・・先生」

 

ん?

 

 

また、意識飛んでた。

 

「何?」

 

「暑くないんですか?」

 

「あ~・・暑い。でも、こういう時に

あの子達を見たくなるんだ」

 

目の前で駆け回る子供達が

はしゃいでいるのは、

足元から吹き上がる水のせいだった。

 

「一緒に遊んだら

いいんじゃないんですか?」

 

当たり前のようにされた

提案に笑ってしまった。

 

 

「無理だよ。私、もう31だよ。

・・ピチピチの」

 

しがみついてしまう。

 

「ピチピチってどういう事ですか?」

 

「昨日なったばかり」

 

「昨日・・7月6日が誕生日なんですね」

 

「ん・・あ、個人情報」

 

「すみません、何も持ってないです」

 

「え?あぁ・・私、

何も言ってないじゃない」

 

「圧かけられたのかと思って」

 

笑いながら言葉を返す彼に

なんとなく喉がつまった。

 

彼の母親が受診したのは3月の始め。

 

半年前から胃痛や胸やけが続き、

かかりつけの内科で診てもらって、

検査も受けたが異常なしと言われ

とりあえず処方薬を飲んでいたが、

なかなか良くならないと

 

いわゆる

セカンドオピニオンだった。

 

精査指示の結果、

 

彼女はすでに

胃癌のステージⅣ、

末期の状態だった。

 

画像所見から言えば、確かに

見えづらい箇所ではあるけど

 

半年で、このレベルまでいくとなると

前回の検査の時に見落としていたんだろう。

 

検査結果を伝える時に

同席した彼は、芸大への

入学を控えていた。

 

「7月6日なら蟹座ですね」

 

「詳しいの?」

 

「・・いえ、別に。ただ

なんとなく覚えていて

蟹座の星座の中央にあるのが

M44って言われるプレセペ星団が

有名で・・なんか、

かっこよくないですか?」

 

別にって言った割には・・

 

「先生、血液型は?」

 

「O型、あっ、また個人情報」

 

「蟹座、O型、干支は一緒ですね。

巳年でしょ」

 

・・・・。

 

「なんか、すごい時間の流れを

感じちゃった」

 

「そうですか?星に比べれば、

1秒よりも短いです」

 

時間の解釈は人それぞれだ。

 

「よし、じゃあ、行こうかな。

内田君も行くでしょ」

 

「はい」

 

立ち上がったら、

思っていたより背が高かった。

 

「身長、何cm?」

 

「174です」

 

・・・ユンギと一緒。

 

 

 

「そういえば、今日の星座占い、

蟹座はいい事書いてましたよ」

 

 

 

「何?」

 

一瞬、こっちに視線を降ろして、

また、前を向きなおった。

 

「運命の人に出逢うって」

 

運命の人・・。

 

「昨日だったら、もっと

嬉しかったけどな」

 

昨日、もらった腕時計に

手が伸びた。

 

“同じ時間を過ごしたい”

 

 

「先生、顔赤いですよ」

 

 

「え?あっ、ううん、なんでもない」

 

危ない、表情管理ができない。

 

「内田君は星座占いとか信じるの?」

 

「・・まぁ・・いい事言われた時は」

 

今度は、彼の顔が赤くなった。

 

・・可愛いなぁ

 

 

信号が色を変えたのを確認して、

並んで足を出す。

 

「そういえば、アレ買えたんですか?

先月の」

 

「あぁ~・・ダメだった。

よりによって、研修とか

なんとかでタイミングが

合わなくて」

 

「・・そうですか。ネットは?」

 

「ん~、なんか、店頭に並んでるのを

自分で買いたいんだよね・・なんだろね、

この、めんどくさい性格」

 

「・・先生」

 

「ん?」

 

「明日の夜、俺、20時で

終わるんですけど、時間

もらえないですか?」

 

「明日?あぁ・・うん、いいよ。

どうせ、研修報告もあげないと

いけなかったし、

どこに行ったらいい?」

 

「あ~、じゃあ、公園で」

 

「ん」

 

 

院内に入って、

軽くお辞儀をした彼と別れた。

 

なんだろ・・