11月11日(水) 【18:00】

 

 

受付で渡されたパスをかけて

案内されて乗ったエレベーターが

開くと、ヒョンが立っていた。

 

「悪かったな、こっちまで

来てもらって」

 

「・・いや、こっちこそ、

時間・・ありがとう。」

 

おっ?

と嬉しそうな顔をしながら

返事をする。

 

「何かあれば、連絡しろって

言ったのは俺の方だ」

 

 

 

 

 

ヒョン達がアメリカから

帰国した夜、カトクが入っていた。

 

『何かあったら、連絡しろ』

 

 

ユジョンとの事を心配して

くれていたのは、すぐにわかった。

 

ユジョンと上手く話せなくなったのは、

その度に、ヌナの影が重なって

しまったから。

 

もちろん、

ジウとも話せる訳もなくて。

 

 

それに・・

 

あの夜、はっきりと感じた感覚

 

 

得体の知れないモノの正体は

人格を持ってる“誰か”だとわかった。

 

 

俺の・・「症状」

 

こんな俺じゃ、

ユジョンを守れない。

 

 

 

 

そんな時、久しぶりにユジョンが

いつもどおり、遠慮なく、

話しかけてきた。

 

『スホヤ、私、Sakuraと会った』

 

Sakura自身が

俺には話していいと言ってくれたと

楽しそうに。

ようやく、いつもどおり話せた事に

ホッとして・・不安が広がった。

 

 

 

ユジョンとSakuraが近づいた。

 

 

 

 

 

 

「何か飲むか?」

 

!?

 

急に聞こえたヒョンの言葉に

慌てて答える。

 

「いや、いい。」

 

「そうか?」

 

「・・ん」

 

 

上着のポケットの中で

握りしめた手に力が入った。

 

 

 

 

「それで、何があったんだ?」

 

向かい合って座ったヒョン。

 

・・・俺だけじゃ、守れない。

 

息をついて、

ポケットから出した手を

テーブルの上で開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ?これ」

 

テーブルに並んだのは

赤と青のUSB

 

「ユジョンイから聞いた。

Sakuraと会ったって」

 

 

 

「あぁ・・、お前には

話していいって伝えてたから。

何か言ってたか?」

 

「いや、・・会ったって、それだけ。

口、軽いけど、あいつなりに、

守ろうとはしてるんじゃないの?

なんか、言いたそうなのを

珍しく我慢してた。」

 

「・・そうか」

 

ユジョンを思い出したのか、

優しく笑ったヒョンに

言葉を続けた。

 

「でも、・・俺は知ってる。」

 

「ん?」

 

 

 

「Sakuraの正体だよ。

ササキイチカ、日本人、

17歳の時に火事で家族を失って、

こっちに来るまでに一緒に

住んでいた祖父母の遺産を相続した」

 

 

ヒョンの目が大きく開いた。

 

「・・・なんで」

 

並んだ2つのUSBのうち

赤い方をヒョンの前に滑らせる。

 

「これに入ってる。」

 

「これ・・って。」

 

「アボジが書いた記事。」

 

ユジョンの誕生日、

この2つのUSBを渡された。

 

俺と向き合って話せたら、

託そうと決めていたと言って。

 

「記事・・」

 

「アボジの名前は、イ・サンウ。」

 

「イ・サンウっつ!?」

 

ヒョンなら知ってると思った。

 

 

口を右手で押さえてる。

 

「・・マジか・・。イ・サンウって、

あの・・。」

 

アボジが書いてきた数々の

世の中の隠し事、そして、その理由。

投げるだけの記事じゃない、

その言葉は

世論を動かす力を持っていた。

 

 

「・・イ・サンウって・・

その・・悪い、ちょっと、

水、飲んでいいか」

 

「・・ん」

 

ペットボトルの水を一気に

流し込んで息をつく。

 

 

 

 

 

「・・聞いてもいいか?」

 

「何?」

 

「その・・なんで、お前達を置いて

家を出たんだ?イメージでしか

ないけど、なんとなく、

そういう事をするような、」

「守る為だよ。」

 

 

 

「・・守る為?」

 

「俺達のハラボジが死んだのは・・

医療過誤だったんだ。病院側は、

隠ぺいの為に金を積んだ。

もちろん、受け取らなかったけど。

アボジは、それを記事にする事に

したんだ。ハラボジが本当に

死んだ理由を調べる為に。」

 

「本当の理由って」

 

「医療過誤は、なぜ起こったか。

超過労働の現場と闇。

でも、そんな事を書けば、

俺達家族にどんな影響がでるか

わからない。アボジも悩んだって

言ってた。それでも、これ以上、

増やしたくなかったんだと思う、

ハラボジみたいな患者を。

俺達みたいな家族を。

疲れ切った命の現場を。だから、

家を出て、記事を書いた。」

 

何度も頷きながら

 

「その理由、ユジョンイは?」

 

「知らない。ユジョンイは、

心の底では、ずっと、アボジの傍に

いたかったんだ。だから、今さら

理由なんて・・知らなくてもいい。

今があるから。」

 

「そうか・・それも、そうだな。

今、一緒に過ごせてるなら。

それが、ユジョンイの1番の

願いなんだから。・・でも、

それが、ヌナの記事と」

 

「・・もともと、記事にしたい事が

あったんだ。だから、調べてた。」

 

「何を?」

 

「なぜ、Sakuraは文学賞の受賞を

拒否したのか・・その理由」

 

「・・それって、もう、

記事に出るのか?」

 

「いや、・・売ったんだ。この記事。

まだ、未完成のまま。アボジが、

一番したくない事だったけど。」

 

「・・未完成のまま売るって」

 

「・・金が必要だったんだ。

治療を続けるのに。

ユジョンの希望だった。

望みは薄いんだけど・・もちろん、

あいつは、この事も知らない。」

 

「このUSBの中身は?」

 

「完成された記事だよ。

原本は、俺が持ってるけど・・

ヒョンにも持っててほしくて」

 

「俺に?」

 

「アボジが心配してるのは、

中途半端な情報が出回る事。

たぶん、素性だけとか、それも、

正確には出回らないかもしれないし、

もしかしたら、アボジの名前が

使われる可能性もある。

でも、それは、記事を売ったから

しょうがないけど・・ユジョンイが

信じてしまわないように。

アボジが書いた本当の記事を

知っていてほしくて」

 

 

少しの間を置いて、

大きく息をついたヒョンは、

 

「・・わかった。預かるよ。」

 

そう言って、

赤いUSBを手に取った。