9月24日(木)【18:35】

 

G-7、G-7・・・ここか。

 

 

暗転した中、手に持った券の番号と

同じ番号を目を細めながら確認する。

 

 

別にどこに座ってもいいほど

座席はガラガラだったが、

指定された場所に座るのは、

いわゆる合図だった。

 

しかも、上映が始まってから入れという。

 

使ってやるのはこっち側なんだがな・・。

 

ちょっとおもしろくなかった。

 

・・・・。

 

スクリーンに映ったのは

リバイバル上映されていた映画。

 

・・よりによって、これか。

 

 

 

 

 

 

“あの時”は3人で観た。

 

題材になった“光州事件”の関連人物が

映画公開時に逮捕されるという事も

あって当時は、話題を呼んだ。

 

この主役の女優は確か、これが

デビュー作だったな。

 

駆け出しの記者だった

俺とサンウと・・イェジ。

 

いつも3人だった。

3人だったから、楽しくて、心強くて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息苦しかった。

 

 

休みという休みもない中

なぜか、映画を観に行こうと

イェジが言い出したから

断る事もできなくて。

 

映画が始まる前、

本当に観るのかと心配そうに

イェジに確認していたサンウ。

“大丈夫だよ”

そう言って笑ったイェジは

俺とサンウの間に座った。

 

 

別に隣同士に座るのは初めてじゃい。

それなのに暗転した中、触れてもいない

右腕に感じる温度に緊張したのがわかった。

 

椅子のアームに置いたイェジの白い手の横、

並ぶように手を置く。

少しだけ、動かした小指が

彼女の小指に触れた時、

「ごめんね」

と笑いながら彼女は手を引いた。

 

 

 

これが、デビュー作とは思えない程の演技を

魅せる主人公、フラッシュバックという形で

回想される事件の様子。

 

スクリーンを見ていた視線は

ふと、隣に移っていた。

 

劇中、銃弾に倒れた母親の手から

逃げ出した少女が映ったシーンで、

イェジはサンウの手を取った。

 

・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

“ただの”幼馴染が、仕事まで

一緒にするのかと

呆れながら聞いた俺に、

たまたま、なりたい職業が

一緒だっただけだと言って笑った2人。

 

 

 

 

2人の結婚を笑って、からかって

祝福するフリをするので精一杯だった。

 

それでも、笑ったのは

彼女の傍にいる為には

“友達”でいるしかなかったから。

もっと、近づく為に

「サンウの親友」で居続けるしか

なかった。

 

それほど、愛していた事に

自分でも驚いたぐらいだったのに

 

 

 

イェジの最期は、誰から聞いたのか

もう覚えていない。

 

 

 

 

 

・・・あいつが、イェジを壊した。

 

 

 

 

 

あぁ、俺もか。

 

 

 

 

“必ず、幸せにする”

 

そう、俺に言いきったサンウ。

 

それを聞いた時から、渦巻いていた

黒い感情は、あれほど愛していた

彼女の死を聞いた時、なぜか、

優越感にも似た感情へ変わった。

 

あいつが・・サンウが苦しんだから。

 

“親友”に戻るのに、

少し、時間が必要になるほど。

 

 

ホント、俺って

救いようがねーなぁ・・。

 

流れる劇中歌、

無意識に言葉をなぞっていた。

 

“愛を美しいなどと、

いつ誰が言ったのですか”

 

 

 

 

・・全くだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パク・ウヌさんですか?」

 

急に聞こえた声に思わず肩が動く。

 

隣に誰かが座った事にすら

気づいていなかった。

 

ここを指定してきて、

俺の名前を知っているって事は

 

「・・あんたが“ジャック”?」

 

「この映画、最後まで観たいですか?」

 

肯定も否定もしない。

 

「・・いや」

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 

まっすぐ伸びた背筋。

 

・・・。

 

立ち上がる時に、跳ね上がる座面を

押さえた白い手。

優しく広がった香水。

 

 

どこに行くとも

言われないままだったから

後をついて行くしかなかった。

 

それにしても・・

 

歩く度、膝下で揺れるスカート。

 

 

 

 

 

 

 

“ジャック”が・・女?

 

 

 

 

 

 

 

 

“ジャック”を連想できるのは

彼女が来ていたワンピースの色。


残酷さ、軽薄さ、

冷徹さを全て表すような深紅。


女………ね。