・・・・。

 

「しっかし・・あいつを

引きこむなんて、」

 

 

急に楽しそうに笑った。

 

「あいつは、ホントに強いからな。

絶対、後悔するぞ、院長も。

まあ、それが目的で医局長も

声をかけたんだろうけど。」

 

 

 

リュ先生が赴任した時に新しい先生が

2名入った。シフトの組み方を変えて、

名ばかりだったカウンセラーの常駐を

上に求めた。それから、各科の

管理者に対し、*リスクマネージャーの

必要性を訴え続けている。

 

スタッフを守ってこそ、

患者に最高のケアを提供できる。

 

そう言って、忙しそうだった。

 

リュ先生の中にも

笑顔のまま、時間が止まってしまった

仲間が浮かんでいる。

 

「チャン先生は・・」

 

「俺?・・俺は、ひたすら

オペを成功させる。患者と向き合って

命を助ける。・・ずっと

そうしたいと思ってやってきた。

それが結果的に、あいつの

やりたい事に繋がるなら

それは、それでいいと思ってる。

あいつの発言力や権限は、この科の

成績があってこそだからな。

まぁ、それぞれのやり方で

・・頑張りますよ。しょうがねーから。

 

・・お前も覚えとけ。」

 

「・・何を」

 

 

ようやく視線を合わせた先生の目は

まっすぐ向けられて、

低くはっきりと聞こえた声で

言葉は丁寧に置かれた。

 

最後の指導。

 

「もし、お前の中に大義名分ができて

何かを変えたいと思った時、

必要になるのはポジションだ。

そのためには実績がいる。

だが、ここを間違えるな。

お前の実績の為に患者がいるんじゃない。

“症例”でも“オペ件数”でもない。

お前が向き合うのは

目の前の人生で「命」だ。

命を救うためには、

知識を欲しがる貪欲さと・・

仲間が必要だ。それから、

自分の体と心も大切にするんだ。」

 

 

・・・・。

 

 

 

「・・・はい」

 

 

「・・俺って、いい事言うよな」

 

そう言いながら、視線を外した

先生は、明らかに・・

 

 

 

 

照れてるな。

 

 

 

「・・そうですね。でも、ここまで

話が長いとは思ってませんでした」

 

 

大きなタメ息。

 

「ほんとに、・・最後まで、

・・じゃあな」

 

立ち上がって向きを変えた

先生の白衣が風に翻(ひるがえ)る。

 

見送る背中。

 

 

ふと足が止まった。

 

 

 

「イ・スホ、」

 

「・・はい」

 

「これも忘れるな、医者だって人間だ。

でも、お前は、まだ医者でもない、

ただの人間だ。よーやく血が

通い出したばかりだ。」

 

・・・・・。

 

 

 

一瞬、こっちを見て、

口の端だけ上げて笑った。

 

「わかんねー時は、とりあえず、

返事しとけ」

 

・・・。

 

「はい。」

 

 

俺の返事に右手だけ挙げて

また歩き出した。

 

 

 

「・・・チャン先生」

 

 

 

こっちを振り向いたか

どうかはわからない。

 

しっかりお辞儀をしたから。

 

 

 

 

 

「ありがとうございました。」

 

 

 

 

「・・お~」

 

 

その声を聞いて、

顔を上げた時には、

もう、姿は見えなかった。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

*リスクマネージャー

リスクマネジメント:

想定されるリスクの抽出・

対策を講じて発生の回避・

事案発生時の影響の低減・

第3者への委託等による移転・

発生事案の許容範囲の見極めを

行う事で、大きな災害・損失を

防ぐ考え方。それを担う専門職。

欧米では、地位が確立されており、

また、経営ツールの1つとしての

位置づけもある。