8月29日(土)【9:00】

 

 

「オッパ、私、行くからね。」

 

「ん~・・今日、遅番?」

 

「そうだよ。・・昨日、言ったのに。

ゴハン、食べててね。じゃあね」

 

「ん~・・気を付けて~」

 

 

 

 

 

 

パタパタと遠ざかる足音。

 

 

ドアが閉まる音がした。

 

・・・・。

 

 

あの日から、

ユジョンに変わった所はなくて

いつもどおりだった。

 

「いつでも手を伸ばせって

言ってくれたから落ち着いた、

本当だよ。無理はしてない。」

 

そう言った彼女に嘘は見えない。

 

 

 

“いつでも”

 

そう言ったけど

それは、今だから言える事なのに。

休みが明けたら、また離れる日々が続く。

 

その時は、どうするんだよ。

 

・・・・。

 

 

走ろ。

 

 

ベッドから起きて、リビングに行く。

 

エアコンで冷えた空気の中、

生暖かい風が入って来たのがわかった。

 

 

・・・あ

 

 

 

 

ベランダ側の窓が開いたまま。

 

 

彼女がここに『泊まる』んじゃなくて

『生活』するようになって、わかった事。

 

もう、なんでも知ってると思ったけど

 

彼女の朝のルーティン。

 

バイトの時間に関わらず

6時に起きる彼女は

起きたら、窓を開けて換気をして

夜、予約をしておいた洗濯物を

先に干しに行く。

 

歯磨きをしてシャワーを浴びて、

着替えて〇〇〇チャンネルの

番組を見ながらコーヒーを淹れて、

朝食を食べる。

 

それから

玄関の拭き掃除をする。

 

昔から続けている事らしい。

 

おかげで、毎日、ピカピカの玄関。

 

その横に置かれるようになった箱には

今まで、出しっぱなしにしていた

俺の靴がまとめて入れられていた。

 

「掃除しにくい。下駄箱に入らないなら、

新しいの買わなきゃいいのに」

 

って言われた。

 

 

 

彼女のバイトの帰りが遅い時は、

食事はお互いに別々に食べた。

待たれてると思うと、気になるから

先に食べててほしいと言われて

彼女が作ってくれていたモノや、

デリバリーを頼むようにした。

 

「ビールがない」

 

彼女の中では、3本以上ないと、

そういう表現になる。

 

俺が作業室にいる時は、

絶対に声をかけてこない。

もちろん、外にいても、

なんの連絡もない。

・・そこは、若干淋しいけど。

 

「どうせ、同じベッドに寝るし、

ここに帰ってくるし」

 

笑顔で返ってきた返事に妙に納得した。

 

「それに、今までが

そうだったんだから。」

 

確かに。

 

 

彼女は、テレビを観たり、本を読んだり

 

それぞれの時間を過ごす時もあれば、

一緒にゴハン食べて

一緒にテレビを観て、・・・

 

一緒に時間を過ごせば・・

必然的にそういう流れにはなる。

 

 

そういう流れにしたくて

一緒にいる時もあるけど・・。

 

 

今までの生活に他人がいるのに

全然、息苦しくなかった。

 

彼女が起きると朝で

ベッドに入るのは夜。

 

当たり前の事を

教えてくれたのは

やっぱり彼女だった。

 

 

それに・・

 

テレビの横、

閉まっていた扉を開ける。

 

そこは今まで読んだ本や、

読みたくて買った本が並ぶ

本棚になっていた。

 

最近、この並びが変わった。

 

上の段に並んでいるのは

ユジョンが選んだ本。

 

 

出版されたSakuraの本

『赤い星と青い月』

『万葉の恋』

『運命の音色』

『くじら雲の涙』

『Wings』

『The Truth Untold』

『花束を君に』

『With you』

『鈴の音』

 

そして

 

2冊並んだ『夜をつれて』

 

彼女は、物語を好む。

 

パラパラとめくって

 

「ん~・・よくわかんない」

 

と言われたモノは

下の段に並べられていた。

 

未だに、壁の絵にも首を傾げる。

 

 

 

 

この家の中に

彼女の痕が残る。

 

 

 

 

 

それが、幸せだった。

 

 

 

 

 

 

靴だけは・・

どうにかしたかったけど