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その時、彼女がマスクを外した。
「名前以外でどこまで
調べたんですか?」
流暢な韓国語だったけど
まるで“感情”を持たない
人形のようだった。
それだけ、表情が変わらない。
話す音も、抑揚もなく一定のまま。
彼女の質問に、
今度は社長が黙った。
「誰かがいた気はしましたが、
暗くて顔は見えませんでした」
感情がみえない分、
嘘をついているようにも
見えなかった。
それは、社長達も一緒だったようで
空気が緩んだのがわかった。
「もう、いいですか?」
彼女が急に立ち上がった。
・・なにか、ここに
いたくないような
そんな彼女を追いかけるように
弁護士の先生が契約書とペンを
出した時だった。
!!
初めて彼女に感情がみえた。
“嫌悪”
気付かないのか
社長がサインを要求した。
一定だったはずの
彼女の声が落ちた。
“怒り”
どうにか抑えているような感じで
「そんなにご心配なら
引っ越し・・なさったら
いいんじゃないですか」
「それも考えたのですが、
本人の精神面への影響を考えますと、
できるだけ一定の場所で
暮らしていくことも大事かと」
・・・。
それは、なにか、違うような気がした
次の瞬間、
明らかに“怒り”をみせた彼女が
日本語でまくしたてるように
話し始めた。
マネージャーが韓国語に訳する。
「私の名前、生年月日、
日本人である事、4年前に移住して
あの部屋をキャッシュで購入した事、
他には、どんな情報がありましたか」
・・・。あの部屋をキャッシュで。
見た感じ、同い年ぐらいな
感じはしたけど。
彼女が見せた感情に、社長が慌てる。
「・・誰なんですか」
上がった声のトーンが
冷たく落ちた。
・・・・。
「私の事を勝手に調べ上げて、
顔も見てないと言った私に
契約書のサインを書けと・・。
あなた方が隠したい人の名前を
教えてください。そうすれば
サインをします。それができなければ、
そちらが出て行ってください。
私はサインしません」
・・・そりゃ、そうだ。
それに・・部屋に入って来た時から
彼女の様子が気になっていた。
もしかして・・
「コンニチハ、
ビーテーィーエスノ、
アールエムデス」
彼女に向かって
日本語で挨拶をしてみた。
眉間にシワをよせてる。
やっぱり・・
彼女は、俺達の事を知らない。
・・!!
・・・ダメだ、たえろ。
今は、その時じゃない。
こみあがってきた気持ちを
隠す為に一度咳払いをして、
彼女に説明した。
隣に住んでるのはテヒョンである事。
住んでるといっても
サブで使ってる部屋だという事。
勝手に話し始めた俺に
社長が慌てたのはわかったけど
しばらく見合った後、
彼女がペンをとった。
俺達の事を知らない、
でも、自分が言った事は、
きちんと守った。
・・すごく、嫌な気持ちには
なっただろうに。
彼女のサインを確認した社長が
頭をさげると
一定の・・というよりは
温度を持たない
韓国語が聞こえた。
「もう、ご存じかもしれませんが、
私に家族はいません」
・・・え?
「この国で親しく
話すような人もいません」
彼女から感じた壁・・。
本当に申し訳なくなって
思わず膝の上に置いていた
手に視線を落とした。
続いた彼女の言葉
「そのテヒョンという方が
隣人だからと言って
何の自慢にもなりません」
・・・・。
視線を上げると
社長たちの顔が見えた。
俺達を知らない人が
いないとでも思ってたのか・・。
口・・開いてる。
思わず両手を強く握りこんだ。
・・・今じゃない、ここじゃダメだ。
帰ったら、話そう。
それまで、耐えろ。
キム・ナムジュン
痛いほど握りこんだ拳。
・・・笑うな。
V
~・~・~・~
そこで終わったと思った時間は
急に繋がりはじめた。
5月11日(月)
宿舎に集まった俺達に
テヒョンが話始めたのは、
彼女の家に1人で謝りに行って
交わした“人質契約書”の事だった。
知ってしまった秘密を
持ち続けるのはキツイから
1人にだけ俺達の事を話したいと言って
その代わり、自分の秘密を預けると。
どちらかの秘密が外に漏れたら
その時点で、相手の秘密を
公開するというモノだった。
テヒョンも心から信頼している人なら
話ていいと言われたと。
テヒョンは、その秘密の重みが
わかっていないんだろう。
俺達に向かって淡々と話した。
・・・。
一瞬、俺のまわりの時間が
止まった気がした。
いや、実際、止まった。
何かが割れる音が
聞こえた気がしたけど
そんな事より・・
もう1度、確認したくて
少し、距離があった
テヒョンの前に飛び込む。
弟の口は、やっぱり
同じ名前を言った。
彼女の秘密。
彼女は・・Sakuraだった。
V