アルパカは花火を見ない①
「パパ、もう少し
先まで行ってみようよ。」
・・・。
「パパ、ほら、あのマンションで
隠れちゃうから、ねぇ、・・・」
・・もう
「ジン君」
「何?」
ようやく、スマホから
顔を上げて、ニコっと笑う。
・・・。
「だから、ここじゃ見えないから、
少し先まで行こう」
「・・やだ」
・・・
「せっかくの花火だよ。」
「・・疲れた。歩きたくない。」
「見ようって言ったのは、パパ・・」
スッと視線を外す。
まったく・・
「見ようって言ったのは、
ジン君でしょ」
また、ニコっと笑う。
「俺は、アキと一緒にいたいって
言ったの」
私の旦那様は、
変な所でこだわりを見せる。
2人っきりの時は、
必ず名前で呼ばないと返事をしない。
なんなら、視線すら
合わせようとしない。
ベンチに座ったままの彼の手が
私に伸びる。
この笑顔・・
「・・早く、握ってくれないと、
恥ずかしいんですけど」
思わず笑ってしまった。
伸ばした左手は
彼の大きな手に包まれた。
「・・せっかく、浴衣、着たのに」
ゆっくり引き寄せられる。
「アキの浴衣は、
俺だけ見れたらいいの」
・・・。
結局、花火がみえない
公園のベンチに並んで座る。
前にそびえるマンションと
電柱の隙間に光が広がった後、
空気を震わせ音が響いた。
始まっちゃった・・。
「ここからでも、
けっこう見えるでしょ。」
・・・
切り取られた花火がね
しばらく、散らばる光と
遅れて聞こえる音に2人とも
前を向いたまま黙っていた。
「毎年の事だけどさ」
口を開いた彼の方を見る。
いつの間にか癖づいてしまった。
こっちを見ないまま
「・・やっぱり、アキと見る花火が
一番幸せだ。」
・・こういう事をサラッと言う。
「それは、それは、
・・なによりです。」
ドンっという音の後に
パラパラっと光が散る音。
毎年、彼と一緒に見る花火は、
2人の時間を一瞬で引き戻す。
彼と花火は相性が悪かった。
初めて一緒に見たのは、高1の夏。
友達と行った夏祭り。
クラスメートの男子グループ
とバッタリ会って
いつのまにか、一緒に
まわる事になった。
そのうちの1人が、
穴場を知ってると言って、
みんなで移動した。
神社の裏道、
登り切った丘の上。
夜空が大きなスクリーンみたいで
何1つ、邪魔するものはなくて
目の前で咲く大輪の花。
みんなの顔がほころんだ。
あんなに近くに
感じた事はなかった。
同じモノを共有すると
不思議と仲良くなって
彼がいるそのグループの子達と
よく遊ぶようになった。
彼とは、あまり話さなかった。
話せなかった。かっこよくて
優しくて明るくて、女の子は
もちろん、男友達も多くて。
同じ空間にいても
端と端にいるような
それが・・
高3の夏。
最後の花火大会。
「いつか、ここで同窓会しよう」
友達の言葉に、みんなで頷いて
最後の花火を見上げた。
夜空に1つずつ咲いていた花が
横にひろがるように
金色に光りながら
次々に咲き始めた。
もうすぐ、終わる・・。
後は、10号玉
一瞬の静寂の後、
空いっぱいに広がった光の花は
次の瞬間、その時間さえ
止めてしまいそうな音を放つ。
ふと、
左側に誰かが立ったのがわかって
振り向くと・・彼が立っていた。
びっくりした。
なぜか耳が赤いのがわかった。
手元を見てる。
なんだろ・・。
「・・どうしたの?」
「えっ!?」
目・・
大きく見開いた目で、
心底驚いたような顔をした。
えっ・・
「あっ、・・いや、だから・・」
視界の右斜め上に光が見えて、
思わずまた、空を見上げて
また、あの音に包まれた。
・・・視線を感じて、また彼を見ると
「・・かなって」
なんか話してた。
「え?」
私の言葉に、フリーズした。
「あ、ごめん、聞こえなくて」
少し開けた口のまま、頷いた。
シュっという音が聞こえた。
花火があがる音。
また、視線を動かした。
その時
「つきあってほしいっっ」
きっと、次も10号玉だと
見越しての声量だった。
でも、なぜか普通の4号玉。
打ちあがった花火より
友達の視線を集めてしまった。
・・・。
耳・・真っ赤。
とりあえず、次の花火が
あがるまでに伝えられるように
1番短い返事をした。
「・・はい」
瞬間、
夜空も震わせる大きな音の中、
まわりをそれぞれの
友達に囲まれながら
お互い・・一瞬合わせた視線に
笑ってしまった。
それから、始まった彼との時間・・
楽しそうに笑う。
美味しそうにゴハンを食べる。
それは“友達”の時から知っていた。
手をつないだ時、
真っ赤になった耳。
形のいい唇をきゅっと閉じながら
笑った。大きな彼の手。
いつのまにか「アキ」と
呼ばれるようになって。
私の前だけで見せてくれる顔が
増えていく。
それに、彼は・・
3度目のデートの帰り
家の近くの公園、
並んでブランコに座って
話をしてたら、突然、彼が、
大きく漕ぎ出して、
「明日、晴れかな?」って
言いながら靴を飛ばした。
彼の足を離れた靴は
大きな弧を描きながら
なぜか後ろに飛んでいく。
ケンケンをしながら
靴を取りに行った彼が
おかしくて笑ってたら、
頭の上、急に呼ばれた声に
顔を上げると、私の後ろに
立った彼の綺麗な顔が近づいて
気付いたら、唇が重なっていた。
動けなくなった私から
唇を離した彼が、真剣な顔で
「うわぁ、このアングルで
可愛いってすごいな」って。
・・そう、彼はそういう事を
平気で言う人だった事を知った。
そして、その言葉に
私が顔を赤くするのを
楽しそうに見てくる・・。
ちょっと、悔しかったから
言い返した。
「ジン君も、下から見て
かっこいいってすごいよ」
「・・そんなの、知ってるよ」
冷静に答えたつもりなんだろうけど、
やっぱり耳を赤くした彼が可愛かった。
高校卒業して、
独り暮らしを始めた彼の部屋で
一緒に迎えた朝は、
薄いカーテン越しに入る光で
明るくなった部屋の中、
先に布団から出るのが恥ずかしくて
2人ともベッドから出れなくて、
だから・・キスを止める事も
できなかった。
・・結局、ジン君に目閉じて
もらったんだ。何度も確認して・・。
ケンカもした。
でも必ず、彼が先に謝ってくれた。
たまに・・
「俺が悪いわけじゃないのに・・」
って、文句言いながら。
社会人になってから、
彼との距離は遠くなって、
見れなくなった花火のかわりに
月を見ながら電話をした。
久しぶりに行った
はじまりの場所
ベンチに並んで座った。
次々に打ちあがる花火に
自然と笑顔になる。
「アキ」
呼ばれた名前に
返事はしたけど
視線は花火を追っていた。
「・・・しよう」
また、身体が音に包まれる。
「えっ?」
横を向くと、
両手で顔を覆っていた。
「・・・何?」
顔を覆ったまま、首を振る。
変なの
空が光る。
あっ・・
・・・・
ドンっという音の後に
パラパラと散る音の下
感じた温度を辿って
落とした視線の先、
私の左手、薬指にはめられたのは、
一緒に見たどんな花火よりも
小さくて、どんな花火よりも
綺麗なダイヤの指輪。
こっちをむかないまま
「・・返事は?」
花火の音に邪魔されないように、
1番、短い言葉で聞いて来た彼に
1番短い言葉で返事をした。
「・・はい。」
真っ赤な耳。
閉じられた瞼。
両手で口元を隠してるけど
大きく息をついたのがわかった。
夜空にキレイに咲く
光の花が連れてくる彼との想い出に
どうしても、口元が緩んでしまう。
「何、思い出したの?」
彼の声に振り向く。
優しい瞳、大きな手が私の頬に
かかる髪を耳へかけなおす。
「なんでもない」
ジン君、
私も幸せだよ。