「忘れ物した」

 

少し驚いたような表情のユジョンを

隠すようにエレベーターの扉が閉まる。

 

電光掲示板の矢印が動き出したのを確認して

ハルモニの病室へ戻った。

 

 

「ハルモニ」

 

俺の言葉に、

ゆっくり目を開ける。

 

「ユジョンイは?」

 

「先に下に行かせた」

 

「そう・・。先生なんて?」

 

「・・・。」

 

「スホヤ、あなたのいい所は、

正直な所よ」

 

 

ベッドサイドの丸椅子に腰かけて、

ハルモニの左手を握った。

 

冷たい・・。

 

 

「・・効果は出てないって。」

 

 

 

「そう、・・。そうね。

私の身体も、そう言ってるわ。」

 

「・・・治療、

続けるかって聞かれた。」

 

「やめる、家に帰るわ。」

 

即答だったから

言葉が出てこなかった。

 

 

 

「・・・でも、そんな事したら」

 

キュっと手に力が入る。

 

「ユジョンイ、見たでしょう?

ここでは、死ねないわ。」

 

「・・・」

 

「あの子は、ここに

来るだけでもリスクがあがる。

それがわかってるから、あなたも、

いつも一緒に来てるんでしょ。」

 

「・・・。ユジョンイには

・・なんて」

 

「正直に言うわ。

ちゃんと理由を伝えて

最期まで一緒にいる。」

 

「・・・わかった」

 

「スホヤ」

 

 

「何?」

 

「私は、あなたの事も大好きよ。」

 

・・・。

 

「何、急に・・。」

 

「あなたも忘れないで。」

 

 

「・・俺は、何も忘れないよ。」

 

「忘れてるわ。」

 

「何を?」

 

 

 

 

 

 

「あなたも愛されてることを。」

 

・・・。

 

「あなたの事、

大切に想ってる人がいる事を」

 

・・・。

 

「だれも、あなたの代わりはいない。

あなたに傷ついてほしくない。

笑っててほしい。

そう、願ってる人がいる事を。

だから、独りじゃない。

苦しい時はそう言っていいのよ。

怖い時にはそう言っていいの。」

 

・・・。

 

「・・ごめんね。」

 

「・・なんで謝るの・・」

 

唇が震えだして強く噛んだ。

 

「本当は、私が、ずっと傍で

言い続けてあげないといけないのに。」

 

「・・・」

 

「スホヤ。」

 

「ん・・。」

 

「退院の手続きをしてほしい。」

 

「・・オンニには」

 

「あなたから話を聞くように

言っておくわ。反対はしないでしょ。」

 

「・・わかった。今夜、話すよ。

それから、ユジョンイにも。」

 

「・・お願いね。

・・でも、楽しみだわ。

これで、やっとあなた達と

ゴハンが食べられる。

何か作ろうかしら。」

 

「・・急に元気になったね。」

 

「・・やっぱり、あなた達が

一番の薬なのね。」

 

「・・じゃあ、・・ずっと

一緒にいればよかったね。」

 

「本当ね・・でも、離れてみたから、

わかる事だったのよ。・・さっ、早く、

戻らないとユジョンイが心配するわ。」

 

「・・うん。わかった。

・・愛してるよ、」

 

「こんなイケメンの孫から

愛してるって言ってもらえるなんて

私は宇宙一幸せなハルモニね。

・・私も愛してるわ。じゃあね。」

 

 

病室を出て、大きく息をついた。

 

 

俺は独りじゃない。

 

独りじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレベーターが開く。

 

大学病院の広いロビー。

どこかで待ってる1人を

探すのは、難しい。

 

 

 

どこだ?

 

 

少し、足を進めながら周囲を見回す。

 

電話かけるかな・・

 

 

 

あっ、

 

 

受付カウンターの近くに座る

ユジョンを見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

なんとなく、様子がおかしい。

 

前を向いたまま、動かない。

 

 

!!

 

 

次の瞬間、

急に喉元を押さえ始めた。

身体が前に倒れて行く。

 

ユジョンア、

 

ユジョンアっっ

 

 

俺の言葉に、周囲の視線が

一気に集まったのがわかった。

 

 

床に倒れ込む直前で受け止めた。

腕の中で、短い呼吸を繰り返す。

 

過呼吸状態だった。

 

さっきのか・・

 

できるだけ、

ゆっくり声を落とす。

 

「ユジョンア、大丈夫だ。

ただの過呼吸だから。

ゆっくり、呼吸をするんだ。

すぐ、よくなるから」

 

「・・ホ・・ヤ、」

 

「大丈夫だから。俺がいるから。

吸ったら、ゆっくり吐くんだ。

吐くほうに集中しろ。」

 

 

「今、看護師が来ます」

 

受付から聞こえた言葉に頷いて、

 

「ユジョンア、聞こえてるか?

もう、大丈夫だ」

 

少し、呼吸が落ち着いてきていた。

 

「そのまま、そのまま、ゆっくり、

長く吐くんだ。俺の声だけに集中しろ。

聞こえる、」

 

・・・。

 

 

呼吸は、落ち着いてきたはずなのに、

俺を見るユジョンの目が・・

 

「あの時」と同じ目になってきていた。

 

「・・だめだ、ユジョンア、ユジョンア、

俺の声を聞くんだ。」

 

「ス・・ホ・・」

 

「そう、そのまま、俺を見て。

声を聞いて。ユジョンア、

目を閉じるな。」

 

「・・ス・・ホヤ・・こわ・・い。

たす・・けて」

 

ゆっくり、目を閉じ始めた彼女。

その目尻から、耳まで

まっすぐ涙が伝う。

 

 

・・だめだ、だめだ、

 

ダメだ、目を閉じるな。

ユジョンア、眠るな・・・

行くな、どこにも行くな

ユジョンアっっ

 

 

 

 

 

 

 

 

ヌナ、

 

 

 

 

 

俺を独りにしないで・・