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11月9日(月)

 

R.

 

スケジュールを打ち込む。

新しく予約枠を作った。

 

ジョングクが

急に来る事がないように。

 

 

 

 

 

「リアナ、ありがとう。

“協力”してくれて」

 

予約の時間に現れた彼は、

優しい声で私の名前を呼んだ。

 

「・・ミンジェさん」

 

「ん?」

 

 

 

 

「レシピは渡さないわ」

 

彼の眼鏡の奥が光る。

 

「・・“協力”して

くれるんじゃないのか?彼の為に」

 

「“協力”はするわ。でも、それは、

あなたにレシピを渡す事じゃない」

 

 

ため息まじりで彼が言葉を返す。

 

「・・言っている意味が

わからないんだが」

 

「・・いつから」

 

 

 

私の言葉に顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつから、“味がわからない”の?」

 

 

 

 

 

 

 

「なんのことだ?」

 

 

ポケットから出した右手が

首の後ろを触る。

 

 

何かを隠したい時のサイン。

 

 

 

 

ある時、気づいたサインだった。

でも、彼が隠している事を

聞く勇気はなかったから

気付かないフリをしていた。

 

本当に、あの時の私は

どれだけ、

あなただけを見ていたんだろう。

どれだけ

あなたの事が好きだったんだろう。

 

「昔、私のレシピを欲しがったのは、

新しいモノを作りたかったから。

でも、今は、私の目から見ても

新しい料理が作れている」

 

彼が視線を外した。

 

「今、私のレシピが欲しいのは、

“分量”の為ね」

 

 

 

 

 

 

「・・座っていいか」

 

カウンターの椅子

3つあけて私も座った。

 

「・・隠しても、しょうがないな」

 

前を向いたまま、話す彼に

一瞬、LAの時の影が重なった。

 

 

 

「こっちに戻ってきてから、

前任の料理長のレシピを更新する事にした。

なぜか、セコンドやスタッフ達と

意見が分かれてね。最初は、俺の事が

気に入らないんだろうと思っていたんだが・・

少し、気になるところがあったから、

調べてもらった」

 

 

 

「・・味覚障害がでたのね」

 

 

 

「・・あぁ。愕然としたよ。

ようやく、ここまできたのに」

 

「他のスタッフには?」

 

「・・言う訳がないだろう。どうにかして、

俺を引きずり降ろそうとしている連中だぞ」

 

「・・そうじゃないかもしれないでしょ」

 

「・・俺は、誰も信用しない。

君以外は、信用した事がない」

 

 

 

「・・・。メールの話は本当なの?」

 

「あぁ、ちょうど診断を受けた頃にな」

 

「・・・。その時に、

私の広告を見つけたのね」

 

「タイミングが良すぎると思った。

俺が弱い所を見せたのは君しかいない」

 

「・・。私が、そんな事を

すると思ったの?」

 

「いや」

 

「・・じゃあ、なぜ?」

 

「このタイミングで、君を見つけたのは

天の助けだと思ったよ。神様が、まだ、

この世界に残っていい

と言ってくれていると」

 

私を見た彼の目は、

もう、私の知っている彼ではなかった。

 

「どんな方法でもよかった。

ただ、君が、素直に話を

聞いてくれないだろうから。

まあ、・・彼がついてきたのは、

嬉しい誤算ではあったが」

 

「話を戻すけど」

 

彼がまっすぐ私を見たけど

怖くはなかった。

 

「あなたのレシピを見せて。

私が分量を調整するわ。

それから、この目的を忘れないで。

彼には近づかないで」

 

「そんなに、大事か」

 

 

 

彼の笑顔が浮かぶ。

 

「私達“なんか”の事で彼の足を止める

わけにはいかないの。邪魔はさせない。

誰にも、傷つけさせない」

 

「・・・」

 

「何?」

 

「いや、やっぱり変わるもんだな」

 

「・・そう?あなたが

知ろうとしなかったんじゃない?」

 

「・・・。彼は、

そういう君も知っているのか?」

 

「彼に見せる必要はない。

全て知る必要はない。・・だから」

 

私の口元は緩んだ。

 

「だから、あなたも私には

全部見せなかったんでしょ」

 

 

 

ため息をついた彼が

 

「カードは俺が持ってる」

 

「いえ、」

 

ポケットから出したモノに

彼が天井を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

「・・録音してたのか」

 

 

 

 

 

「もう、あなたの事は全部見えたから。

カードは私も持ってる。忘れないで。

・・・12月12日までに

間に合わせるんでしょ」

 

少し、驚いたような顔をして

軽く頷きながら

 

「・・・本当に、俺は、

何もみてなかったんだな。

今更、自分のやった事を後悔してるよ」

 

 

 

彼の言動から、きっと何か

大きな仕事が待っているのはわかった。

返事を急かしてきた。

その仕事が近づいている。

 

12月12日、

大使館で外交会議が開かれる。

 

通常は、公邸料理人がいるが

でも、なぜか彼が関わると思った。

 

「公邸に呼ばれたの?」

 

「・・この俺がな」

 

「レシピはいつまで?」

 

「今月末までには固めたい」

 

「わかった。この時間は、空けておく。

連絡して」

 

「・・それだけか?」

 

「・・来週、私が彼に電話をするわ、

その後、私が言ったタイミングで

彼に連絡をいれて」

 

「・・わかった。また、連絡する」

 

「えぇ」

 

 

 

 

 

扉の前で立ち止まった彼は、

振り向かずに言葉を落とした。

 

「今更だが、・・全てが嘘じゃなかった。

君を愛して、君と歩いて行く未来を

みていた時間もあったんだ」

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、涙が流れるのか

わからなかったけど

我慢はしなくていいと思った。

 

泣くのは、これで最後にしたくて

 

その為に、泣く事にした。

 

 

 

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