2012年

7月1日(日)

 

R.

 

ドサッ、ドサッ

 

ふぅ、

 

引きずるようにして

持ち出したゴミ袋を1度地面に置く。

業務用のダストボックスの蓋を開け、

もう1度深呼吸して、

両手で袋を持ち上げた。

 

最後の袋を入れ終わると、

両手を縁にかけ、大きく息をする。

 

縁にかけた手を上に伸ばし声を出す。

 

「つっかれたぁぁぁ」

 

 

 

このセリフまでが1セット。

 

 

そこに最近、追加された事。

 

視線は、道路を挟んだ

向かいのアパートへ移った。

 

 

・・やっぱりいた。

 

2週間ぐらい前から、

見かけるようになった。

アパートの入り口の階段に

腰掛ける“男の子”。

 

いくつぐらいだろう?

 

 

階段横の外灯に照らされている顔は、

 

ん~・・日本人?かな。

 

どっちにしても、この辺で

見かける顔ではなかった。

 

気づいてから、2週間、

勝手にわいた親近感。

 

いつもこの時間、

彼は階段に座って、

空を見上げたり、

ふいに立ち上がってステップを踏んだり

ぼーっと立ったままの時もあった。

階段を上ったり、

降りたりしている時もあった。

 

今日は、膝を抱えて座ったまま

しばらく動かない。

 

あとは、片付けと施錠だけ。

 

よしっ

 

持っていた鍵で1度裏口を閉め、

彼の方に向き直った。

 

「Hi」

 

シンっと静まる夜、

外壁に思ったより声が跳ねた。

 

「What are you doing there?

(そこで、何してるの?)

 

私の声に、顔を上げた彼は

周りを見渡し、

誰もいない事がわかったのか

人指し指で自分の顔をさした。

 

私が頷くと、

少し、考えた様子の彼は両手を

おでこの上でクロスした。

 

 

「What?」

 

すごい勢いで首をふっている。

 

・・・。

 

とりあえず、

道を渡って、彼の前に行った。

 

階段の上に立ち上がった彼は、

幅もない段差に

逃げられないとわかったのか

一段上に片足を乗せていた。

 

階段を考えたとしても、

身長は私より明らかに高いけど・・

 

大きな瞳。

口を横にキュッと結ぶ。

まだ幼い印象が残るその顔は、

緊張と警戒に満ちていた。

 

「Hi」

 

私の言葉に、視線を泳がせながら

軽く頷くように頭を下げる。

サラサラの黒髪が揺れる。

 

どこの子だろ

 

「Are you from ?」

 

視線はなぜか私の右横。

 

「あっ、あ~ 

あい、アム・・Korea」

 

消えそうな声で答えた国。

 

「おっ?本当?私も」

 

突然、私の口から出た韓国語に

大きな瞳がさらに大きくなった。

 

「ほ、本当?」

 

頷くと、

はぁっと息を吐いた

彼の表情が一変した。

 

嬉しそうに、笑った。

 

あまりに嬉しそうに笑うから、

今日の嫌な事を忘れてしまったほど。

 

「何してるの?」

 

韓国語に安心している。

 

もしかして、

英語、話せないって

ジェスチャーだったのかな?

 

さっきの大きな「×」を思い出して、

つい笑ってしまった。

 

「ぁ、ちょっと考え事。

色々、うまくいかなくて。

いつも、ここで反省会する・・

してるんです」

 

反省会?

 

「ふぅん。そっか。

ここに住んでるの?」

 

「いえ、ここは借りてるだけで

先生と一緒に。

最近、来たばっかり・・です」

 

「先生?」

 

「あっ、うん。

今、ダンスを習いに来てるんです」

 

ダンス?

 

「へぇ、すごいね」

 

 

 

ダンスの為にLAまで・・。

 

 

でも、次の瞬間、彼の表情が曇る。

 

 

「すごくなんてないです。だから、

僕だけここに来たんだ」

 

・・・。

 

「えっ・・と、よくわからないけど、

元気だしなよ」

 

「・・はい。あっ、あの、えっと」

 

私を上から下まで視線を流す。

 

ポケットの所が汚れた

白い制服に黒いパンツ

 

あぁ

 

私は、向かいの建物を指さす。

 

「そこの店で働いてるの」

 

道路を挟んで立つレンガの建物。

 

「えっ、じゃあ、コックさんなの?」

 

“コックさん”

思わず笑ってしまった。

 

「全然、下働きだよ。

でも、いつかはね」

 

「へぇ、女の人なのにすごいね」

 

“女の人”

 

・・。

 

「そんなの関係ないよ」

 

また、ちょっと嫌な事を

思い出してしまった。

 

「ご、ごめんなさい」

 

彼の言葉に自分の言い方が

きつくなった事に気づいて、

慌てて、言葉をかける。

 

「違う、違うの。

・・ごめんね。私も嫌な事があって」

 

頷いて黙った彼との間に、

少しだけ微妙な空気が流れた。

 

ん~・・。

なんか、ごめん・・・。

 

・・そういえば・・

 

下を向いたままの彼に

今更の言葉をかけた。

 

「名前、言ってなかったね。

私、パク・リアン。20才」

 

言葉と一緒に左手を伸ばす。

 

顔を上げた彼は、

私の手を見て、左手を出しかけたが

なぜかTシャツで1度手を拭いた。

 

どっちかと言うと、

私の手の方が汚い・・。

 

差し出された手が、

私の指先で止まる。

 

 

彼の手は

そっと、申し訳なさそうに

私の指先を握った。

 

今度は私の左横に視線が動く。

 

「チョン・ジョングク 

15才・・です」

 

・・顔、真っ赤だ。

 

思わず笑ってしまった。

 

彼の手をしっかりと握り直す。

思ったより大きな手だった。

 

「よろしくね、ジョングガ。

・・話し方、気にしなくていいよ」

 

 

視線はあわせなかったけど

顔は真っ赤なままだったけど

嬉しそうに笑ったのはわかった。

 

「・・うん。よろしく」