6月25日(金)【22:48】 

 

 ◇ Blue

 

僕達は、はれて夫婦になった。

 

たくさんの祝福を受けて

彼女の笑顔にも嘘はなかった。

 

 

 

 

 

 

満月の夜。

ベッドで僕らは唇を重ねる。

 

長く深くなるキスに

時折短く息を吐く。

 

首筋から胸元へ唇を這わせながら

柔らかな身体を撫でると

彼女の口から浅い吐息が漏れた。

 

 

シャツのボタンに手をかけた時だった。

彼女の手が僕の動きを止める。

 

「・・ごめんなさい

 

呟くように小さく謝った彼女は

視線を合わせないまま

ベッドから降りて行った。

 

 

・・・・。

 

 

 

 

 

 

これで何度目になるだろう。

 

彼女が退院してから、

僕達は1度も肌を重ねていなかった。

 

もちろん、身体の状態もあったから

ちゃんと大丈夫になるまで待った。

 

最初は、まだ傷が痛むのかと思った。

 

次は彼女の気持ちが

追い付かないのだろうと。

 

 

 

 

でも、笑って話す彼女に

“サイン”は見えなかった。

 

正直、今までと変わらない彼女に

どう声をかけていいかわからなくて、

だから、余計に僕は体温を感じたかった。

 

彼女が手を止めるのは、

上着に手をかけた時。

 

以前1度だけ、この話をしたけど、

「ごめんね」というだけだった。

 

責めたい訳じゃない。でも、

 

 

 

やっぱりちゃんと話をしなきゃ。

 

 

 

 

彼女はカウチに座って、月を見ていた。

 

 

そう言えば、今夜は・・

 

「さてと・・、」

 

彼女の後ろに座り、抱きしめると

僕に体を預けてきた。

 

 

「そろそろ、聞いてもいい?」

 

 


 

 

「どう言っていいかわからない・・」

 


 

 

「わぁ、ベストセラー作家なのに?」

 

僕の大げさな言葉に、

フフっと笑った彼女は

1度大きく深呼吸して、

ゆっくり口を開いた。

 

   

 

「赤ちゃん・・、おなかの傷ね・・」

 

 

 

・・・。

 

・・・やっぱり、まだ辛いのか。

 

  

 

「・・傷、見たらテヒョンアが

淋しくなるでしょう。

会いたかったなって思うでしょう。

あなたを悲しませたくない」

 

 

・・・・。

 

どうして・・





 

 

どうして、君は、

僕の事ばかりなんだろう。

この体も心も

僕よりたくさん傷ついているのに、

どうして僕の心配をするの?

 

 

 

きつく結んだ唇を

彼女の右肩に当てて

間違っても、泣かないように

抱きしめる腕に力を込める。

 

 

 

深呼吸して、

声が震えないように気をつけた。

 

 

 

 

「ねぇ、ハナ。今日の月は、

ストロベリームーンって

言うんだって。知ってた?」

 

 

 

首を振った彼女は、

ゆっくりと視線を上げた。

 

同じ視線の先、

優しく広がる月の光。


「月の向こうにある

赤ちゃんの国の話…

話したでしょ?」


いつかハナが観てた映画。


きっと、そこに戻ったんだって。

忘れモノがあったんだよって。


言い聞かせるように

彼女を抱きしめて繰り返した。


「僕ね、大事な事思い出したんだ」


「大事な事?」


「うん、たぶん、赤ちゃん、

僕たちの顔までは覚えてないかも

しれないでしょ。そう考えたら

“目印”がいると思うんだ」


「…“目印”」


「ハナの傷は…“目印”だよ。だから、

それが消えたら、赤ちゃんも

帰ってこれないでしょ。だから」


僕を見あげた彼女に

ゆっくり言葉を落とした。



「消えないように僕がいっぱい

キスしてあげる。赤ちゃんが迷わず

僕らの所に戻ってこれるように。

だから、隠さないで。その“目印”を

見る度に僕は幸せになれるから」

 

  

レンズ越しの彼女の瞳に、

ゆらぐように

柔らかい光が入る。


 

「・・目印か・・。目印・・。

テヒョンアは本当に天使だね」

 

 

 

 

呟くように言った彼女が笑った。

 

 


よし、

 


彼女の前に回って左手を握る。

 

薬指に光る指輪。

 

 

 

「戻ろう。今日は、

僕が抱きしめて寝てあげるよ」

 

 

 

彼女は、しばらく僕を見つめて、

何故か眼鏡を外した。

そして、繋いだ手を左右に振って

口を開く。

 

「・・テヒョンア、今日は、もう

“目印”にキスはしてもらえない?」

 

 

・・・。

 

 

キスの余韻が残る柔らかい唇に

目がいく。

 

 

・・それって、もしかして

 

自分の顔が赤くなったのがわかった。

彼女から目をそらし、

左手で口の端をなぞる。

 


「ダメ?」

 

ダメってゆーか…

 

「・・その・・」

 

1度咳払いをする。

 

「んっと・・

結構我慢してきたから・・」

 

彼女は、立ち上がり

まだ顔の熱が引かない僕の首に

腕を回す。そらした僕の視線を

追うように覗き込みながら

楽しそうに笑った。

 

 

「優しくしてね」

 

・・・。

 

 

「・・・努力・・します」

 

 

 

ため息まじりに答えた僕に彼女が笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

満天の星の下、

優しく甘く照らす月の下、

僕らは唇を重ねる。

 

 

 

忘れ物を取ったら帰っておいで。

君の家はここだよ。

ずっと待ってるから。

会える日を楽しみに待ってるよ。